高瀬隼子『新しい恋愛』の切れ味に唸る!

文=松井ゆかり

  • 新しい恋愛
  • 『新しい恋愛』
    高瀬 隼子
    講談社
    1,760円(税込)
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  • 猛獣ども
  • 『猛獣ども』
    井上荒野
    春陽堂書店
    1,980円(税込)
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  • スターゲイザー
  • 『スターゲイザー』
    佐原 ひかり
    集英社
    1,925円(税込)
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  • あのころの僕は
  • 『あのころの僕は』
    小池 水音
    集英社
    1,760円(税込)
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 高瀬隼子『新しい恋愛』(講談社)はタイトルから予想される通り、恋愛にまつわる短編集だ。五編いずれも切れ味が鋭く、一筋縄ではいかない内容となっている。

 個人的に印象的だったのは、「花束の夜」。倉岡は主人公で新人社員の水本の指導係だった。しかし、倉岡が夏には転職することを告げられ、親切で頼りになる先輩がいなくなることに心細さを覚え、水本は泣きそうになる。その日からふたりは男女の関係に。倉岡には彼女がいるらしいことに気づきながら、水本は期間限定の関係だと受けとめていた。そして送別会の夜、倉岡は自分がもらった大きな花束を「これいらねえから」と水本に押しつけて...。

 彼女がいるのに後輩に近づくというのもイヤだが、他の社員から倉岡の会社員としての力量を思い知らされるというのもキツいなと思った。そういうイヤさやキツさを描かせたときの著者の筆の冴えが素晴らしい。ラストもこれ以上はないという幕引きで唸らされた。

 新しかろうと古かろうと、恋愛にはある種の気持ち悪さ、身勝手さ、滑稽さといったものが、常につきまとう気がする。それでも表題作を読むと、「新しい恋愛」というものへの若者たちの感覚は確かにちょっと違っているようでもあり、世代間での相違に意識的になることは必要かもしれないと感じた。いずれにせよ、高瀬作品のおもしろさや興味深さからは今後も目が離せない。

 別荘地で熊に襲われたふたりの男女が命を落とす。昨今、熊が住宅地に出没して被害が発生する事例が増加しているというのは憂うべきことではあるが、人間が死亡する要因としてはかなり希少といっていいだろう。この非日常的な状況に不思議な説得力を持たせているのは、井上荒野という作家の筆さばきによるものだ。

 井上荒野『猛獣ども』(春陽堂書店)では、語り手たちがそれぞれの受け止め方で、"姦通していた男女が熊に殺された"事件について言及する。さらにはその事件にとどまらず、各々の配偶者や周囲の人々への率直な本音を語っていく。中心人物となるのは、別荘地の管理人である小松原慎一と、別荘地を運営する不動産会社から転任した小林七帆。小松原は七帆に対してこんなに有能な人材が東京の本社から飛ばされてくるのは何かトラブルを起こしたからだとにらみ、七帆の方では初日からこのような事件が起きたことへの驚きはあったもののそのうち退屈さがやってくるだろうと考える。その他の登場人物たちのほとんどは自己主張の強いタイプで、どんなに上品に見えてもクリエイティブな仕事をしていても、内面には不穏な感情が渦巻いていて毒気に当てられた。

「猛獣ども」という単語が何を示すのか明らかになったときには意外だったが、人間は時に熊よりも獣だものなと腑に落ちたりして。

 デビュー前の男性アイドルである「リトル」たちが主人公の連作短編集。設定を聞いただけで「自分には縁のない分野だ」と思われたそこのあなた。そんな方にこそ手に取っていただきたいのが、佐原ひかり『スターゲイザー』(集英社)なのである。

 舞台となるのは、男性アイドルたちが多数所属する芸能事務所・ユニバース。一話目の「サマーマジック」の主役である加地透と同じグループに所属する大地さんは、左右対称の立ち位置となるシンメトリーの関係。事務所に入ってから十年以内にデビューできなかった場合はリトルは卒業となり、アイドルとして活動することが事実上不可能となる。入所して八年目の大地さんの「余命」は二年だ。デビューして上に行きたいという気持ちが薄くファンが求めるものを不足なく提供できればいいと思う透。同じリトルであっても、大地さんとは微妙に心の持ちようが違うという自覚があった。そんなとき、デビュー間近の他グループに大地さんが移籍するという噂が流れ...。

 アイドルは特殊な職業だし、芸能人ならではの苦労に関しても書かれている。それでもステージを降りれば、彼らはまた人間関係や仕事や家族への向き合い方に悩むひとりの若者でもある。六人のリトルたちが心情を語る本書を普遍的な物語として受け止められれば、より共感を寄せながら読むことができるのではないか。

 もちろん個人差はあるだろうし、語り手で物語の冒頭では五歳の幼稚園児だった天があまりにも大人びていると指摘する読者もいるに違いないが、実際のところ私自身もこんな感じの子どもだった。小池水音『あのころの僕は』(集英社)は、周囲の同年代よりも一足早く大人に近づいていたかつての子どもたちの心に響く小説だと思う。

 母を亡くし、父とふたり残された天は、自宅、父の妹のえり叔母さんの家、父方の祖父母の家、母方の祖母の家を行ったり来たりする日々を送っていた。みんなが天を大切にしてくれている、父はまだ憔悴した様子を隠しきれずにいるにしても。そんな天の前にあらわれたのが、イギリスからおかあさんとふたりで日本に帰ってきたさりかちゃんだった。天はさりかちゃんに対して自分と似たような境遇だと感じていた。向けられるたくさんの親切や関心に戸惑っているのではないかと。

 どんなに幼いときだったとしても、人生において忘れられないできごとは心に残ることもあるのだなと思った。傷ついた幼い子どもたちが心を通わせていく様子が胸に迫る。ラスト、成長した天が目指す場所ははっきりとは書かれていないけれども、読者の多くが期待している人のもとへと向かっているのであればいい。

(本の雑誌 2024年12月号)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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