辻堂ゆめ『ダブルマザー』は素晴らしいバディものである!
文=酒井貞道
辻堂ゆめ『ダブルマザー』(幻冬舎)は、変則的なバディものである。二十一歳の娘・鈴が電車に飛び込んで亡くなった馬淵温子が、鈴の遺品として警察から受け取った品には、なぜか柳島詩音という同い年の女性の私物が含まれていた。柳島家に連絡すると、詩音の母の由里枝から、詩音が一週間前から姿を消していることを聞かされる。鈴と詩音が高校の同級生であったことも判明する。そして温子が飾った馬淵鈴の遺影を見た由里枝は、それが詩音だと言うのだ。あまりの事態に動転した二人の母親は、娘に何があったのかを調べ始める。
馬淵家と柳島家では全く家庭環境が違う。柳島家は富裕層である。一方の馬淵家は、そもそも「馬淵家」が存在しない。馬淵母子の住居は、温子と恋人がパートナーを一人に決め切れずズルズル同居者を増やした果てに結果的に成立した、複数の中年男女から成るシェアハウスである。そして、柳島も馬淵も家庭内のコミュニケーションに問題がある。他人からどう見えようとも、構成メンバーがお互いに家族だと認識できていればそれは真っ当な家族である。しかしどうも違うのだ。温子はあまりにも優柔不断で、娘に対する態度も中途半端であった。由里枝は若干独善的な性格であり、娘への干渉もしていた。しかし本人に肝心なことは伝えていない。つまり二人の母いずれも、娘としっかり向き合っていないのである。おまけに、いずれも父親は娘への興味が薄く、物語のどの段階でも何もしようとはしない。存在感が希薄な父親と、子を本当には見ていなかった母親は、両家庭の問題の表れだ。
二人の母親、温子と由里枝は、境遇の違いもあって、最初はお互いに反発する。しかし徐々に自らと家庭の問題に気付いていき、娘に対する懺悔の念を強めるのだ。それに伴って二人の母親は、現代の多様化した家庭像に立脚した、素晴らしいバディに変容していくのである。
本書の特徴は結末にもある。読後感を極端に「ミステリ」に振っており、その人工的なまでの味と匂いは、機械仕掛けの神をすら思わせる挑発的なものだ。
そして本書は、この期に及んでもバディものなのである、そう来たかと唸りました。
鮎川哲也賞優秀賞受賞作の小松立人『そして誰もいなくなるのか』(東京創元社)は、まとめて事故死した若者たちが死神めいた存在から一週間限定で蘇生される。彼らには、殺害者に殺した相手の残り寿命を加算するルールが課される。ならばデスゲーム小説になるのかというと、全く異なる方向に話が進む。終わってみれば伏線も推理もばっちり本格ミステリになっているのである。
芦辺拓『明治殺人法廷』(東京創元社)は、明治二十一年を舞台に、推理小説的な常識や、警察の科学的捜査どころか、司法制度すら曖昧な当時の状況で、いかにして論理的な推理をベースとしたリーガルミステリを描き切るかに挑戦している。綿密な取材で当時の人間のリアルな反応を活き活きと再現している。加えて、現代の諸問題にもそのまま適用できるような、鋭い社会的課題への希求も熱い。本格ミステリとしての結構にも遺漏はない。芦辺拓らしさが詰まった力作だ。
最後にご紹介したいのは、逸木裕『彼女が探偵でなければ』(KADOKAWA)である。五篇から成る連作短篇集で、探偵役は私立探偵の森田みどりである。同じく五篇から成る連作短篇集『五つの季節に探偵は』と関連性がある。みどりは謎を解き明かす衝動に突き動かされている。こういう探偵役は沢山いるが、彼女は、より正確に言えば、人の本性を暴くことを追求してしまう。彼女は一個人としてはとても誠実であり、暴いた真相が、彼女を傷付け、苦しめることすらある。でも暴く。必ずや。
そしてこの、事件で暴かれる人間の本性、即ち描かれる人間心理があまりにも痛烈なのである。最初の「時の子」からそれは明らかで、時計店主だった亡父と同じく、時計に異様な執着を見せる高校生の主人公が、過去と父の心に向き合う。シビアながら不思議な安らぎの感じられる幕切れが印象的である。
続く「縞馬のコード」は、みどり自身が視点人物を務め、千里眼を持つと嘯く少年と対峙する。凡百なミステリであれば、千里眼のトリックと目的を解いたところで終わるだろうが、物語は更に一歩進めて、少年の内面に仮借なく踏み込んでいく。言葉も荒げず正義ぶったりもせず、推理によってここまで《その人物の甘さ》を詰めた小説があっただろうか。
三本目の「陸橋の向こう側」もみどり視点で、父親を殺したいと漏らす少年の心を解きほぐしていく物語である。少年の核心を突く様が鋭利で震える。
その次の「太陽は引き裂かれて」は本短編集の白眉である。日本に形成されたクルド人コミュニティで、差別的な事件が発生する。みどりの部下である若手女性探偵の要を主人公に据え、彼女の視点を上手く使い、社会問題を血と肉を備えたものとして活写し、他文化との共生の難しさを正面から描き切る。そしてここに、本連作の特徴である《人間心理》を垂らすのである。これがどのような化学反応を生んでいるかは、是非ご自身で読んでいただきたい。人間模様の交錯が、ミステリでしか採り得ない手法で描写された上で、ある人物の意思がラストの情景に鮮やかに託される。小説家としての上手さが際立つ。
掉尾を飾る「探偵の子」では、再びみどり視点に戻り、彼女が抱く我が子への不安が、他の人物の本性と絶妙に共鳴する。
総じて「動機」に小説としての焦点が合わされており、そこから人間性が垣間見える。事によると逸木裕の最高傑作かもしれない素晴らしい短篇集だ。
(本の雑誌 2024年12月号)
- ●書評担当者● 酒井貞道
書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。
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