最高に笑えるロボットSFコメディ誕生!

文=大森望

  • マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)
  • 『マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)』
    マーサ・ウェルズ,安倍 吉俊,渡邊 利道,中原 尚哉
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • マーダーボット・ダイアリー 下 (創元SF文庫)
  • 『マーダーボット・ダイアリー 下 (創元SF文庫)』
    マーサ・ウェルズ,安倍 吉俊,渡邊 利道,中原 尚哉
    東京創元社
    1,144円(税込)
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  • 茶匠と探偵
  • 『茶匠と探偵』
    de Bodard,Aliette,ド・ボダール,アリエット,豊, 大島
    竹書房
    3,190円(税込)
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  • 戦争獣戦争 (創元日本SF叢書)
  • 『戦争獣戦争 (創元日本SF叢書)』
    山田 正紀
    東京創元社
    2,420円(税込)
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 12月は注目の海外SFが目白押し。マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』(中原尚哉訳/創元SF文庫)★★★★½は、同名シリーズの中篇4篇をまとめた日本オリジナルの連作集(4部構成の長篇のようにも読める)。

 語り手は、57人の人間を殺した過去ゆえに〝マーダーボット〟と自称する人型警備ユニット。実はものすごく優秀だが大変こじれた性格で、(現実の人間に対しては)コミュ障気味。なのに連続ドラマに目がなくて、暇さえあれば娯楽フィードにアクセスしている。その一人称に〝弊機〟を採用、〝ですます〟調で訳した結果、たぶん原書以上にユニークな、最高に笑えるロボットSFコメディが誕生した。

 主要SF賞3冠に輝く第1話は、ある仕事を通じて弊機が人間の仲間と深い絆で結ばれ、その事実に激しく動揺する話。2冠獲得の2話では超強力な調査船(弊機は彼女を不愉快千万な調査船、略してARTと呼びつづける)とタッグを組み、新たな旅に出る。この両者の掛け合いがまた抜群に楽しい。3話では、1話の事件の真相が明らかになり、4話では仲間たちと再会、壮絶なアクションを経て大団円に雪崩れ込む。娯楽SFとしては年間ベスト級。『銀河ヒッチハイク・ガイド』の鬱病ロボット、マーヴィンが好きな人はとくに必読です。

 対するアリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』(大島豊編訳/竹書房)★★★★は、《シュヤ宇宙》に属する短篇シリーズ31篇('07年〜)から、各賞受賞作(ネビュラ賞が3篇、英国SF協会賞が2篇など)や年刊傑作選収録作を中心に9篇を蒐める、これまた日本オリジナルの作品集。著者はフランス人の父とベトナム人の母を持つパリ育ちの女性作家で(執筆は英語)、これが初の邦訳書となる。シリーズの背景は、〝アメリカ大陸発見〟が中国人によってなされた改変歴史世界の遥か未来。人類は超空間を航行する有魂船(人間の子宮から生まれ育つ半機械生命・胆魂が制御する)によって宇宙に広がっている。美しいカバー画や書名からもわかるとおり、文化的社会的にアジア(とくに中国とベトナム)の影響が色濃いのが特徴。もっとも、各篇はほぼ完全に独立しているので、いちいち背景設定が説明されることはなく、何篇か読むうち、ぼんやり《シュヤ宇宙》が見えてくる感じ。その意味ではプリースト《夢幻諸島》シリーズの宇宙版か。表題作は、傲岸不遜な探偵(捜査コンサルタント)竜珠と、戦争でトラウマを負った有魂船がタッグを組み、難破船で見つかった死体の謎を追うSFミステリ──だが、ジャンル小説の文法に従わないため、注意深く読まないと話がわかりにくい作風は全作品に共通する。その点、『マーダーボット...』とは正反対だが、それだけの労力を傾けて読むだけの価値はある。

 もっとも、12月に出た翻訳SF短篇集では、訳者の手前ミソながら、テッド・チャンの17年ぶり2冊目の著書『息吹』(大森望訳/早川書房)★★★★★が最大の話題作だろう。ローカス誌の21世紀ベストSF投票で短篇部門1位に輝く表題作はじめ、SF賞総ナメの既訳4篇に、書き下ろし2篇を含む初訳作5篇を加え、著者の全作品(18篇)の半分を収録する。『あなたの人生の物語』に比べて、派手なアイデアと華麗なテクニックを見せつける作品は少ないが(人間がひとりも出てこない表題作と、今から9千年ほど前に神様によってこの宇宙がつくられたことが科学的に証明されている世界を描く「オムファロス」くらいか)、その筆致はぐっと円熟味を増し、人間について、人生についていろいろ考えさせられる。若いころ読んだら反発しそうだが、いまは巻末の中篇「不安は自由のめまい」とか胸に染みますね。チャンも年をとったが、オレも年をとったなあ......と実感させてくれる、深く静かな短篇集。

 おお、もう行数がない。山田正紀『戦争獣戦争』(創元日本SF叢書)★★★½は、モスラ的な(あるいは南海奇皇的な)怪獣譚と現代史をくっつけてSF化した超絶スペクタクル。戦争獣とは四次元高時空域座標=マレヨに死息し、死鰓を通じて死を吸収する死命動物の最優勢種。広島と長崎の原爆投下で生まれた2匹、蚩尤と黄帝は、30年余に及ぶ滞時空能力を獲得するが、彼らを守護神とする漂泊叛族の異人たちは死態系の崩壊に直面していた──と山田節全開です。いやはや。

 北上ページで紹介されている穂波了『月の落とし子』★★★★は、月面探査計画(シャクルトン・クレーターの土壌採取ミッション)から帰還した宇宙船が千葉県船橋市に落っこちてくる、思いきり無茶な和製『アンドロメダ病原体』。ツッコミどころ満載だが、耳キーンてなりそうな高低差がすばらしい。

 佐々木譲『抵抗都市』(集英社)★★★★は、日本が日露戦争に敗北した大正時代の東京を舞台とする改変歴史警察小説。ロシア化で変貌した東京が実に魅力的に描かれる。デイトン『SS−GB』にインスパイアされたそうだが、豊かなディテールは、シェイボン『ユダヤ警官同盟』やウォルトン『英雄たちの朝』にも重なる。

 今月最後の1冊、『答え合わせは、未来で。』(日産未来文庫)★★★は、〝自動運転社会の未来〟をテーマにしたショートショート19篇を集める日産史上初のSFアンソロジー(電子書籍のみ)。うち9篇が「編集部」名義というレアなクレジットだが、長谷敏司、藤井太洋、宮内悠介、田丸雅智、小川哲らも寄稿。この手の企画ものとしては意外と面白く読める──というか、テーマのせいか妙に懐かしいテイスト(星新一風)になるのが面白い。と、大量に積み残したまま以下次号。

(本の雑誌 2020年2月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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