山田正紀の時代小説が圧倒的に面白い!

文=千街晶之

  • 大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ (講談社文庫)
  • 『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ (講談社文庫)』
    山田 正紀
    講談社
    770円(税込)
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  • ノッキンオン・ロックドドア2 (文芸書)
  • 『ノッキンオン・ロックドドア2 (文芸書)』
    青崎有吾
    徳間書店
    1,760円(税込)
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  • それ以上でも、それ以下でもない
  • 『それ以上でも、それ以下でもない』
    折輝真透,yoco
    早川書房
    1,870円(税込)
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 山田正紀の時代小説というだけで面白いことは保証されている。だが、『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』(講談社文庫)は、その期待すらも軽々と上回る、圧倒的に面白い小説だ。主人公の川瀬若菜は、南町奉行所の最底辺である牢屋見廻り同心と、泥棒寄合・川衆の若き棟梁という二つの顔を持っている。そんな彼が、吉原の花魁・姫雪太夫にある相談を持ちかけられた時から、恐るべき事件が川衆を巻き込んでゆく。

 花魁の依頼をめぐる謎解き、川衆とその宿敵・陸衆の江戸の闇を二分する闘争、そして吉原の楼主・茂平という巨悪との対決──と、展開はとにかく盛り沢山。「かわせみ」という必殺技を持つ若菜をはじめ、変装の名人・七化けのおこう、若菜も持て余す殺しの達人・かまなど、川衆の面々も個性的だが、ラスボスの茂平ら相手方も一筋縄では行かない強者揃い。絶体絶命のピンチからどう逆転するか、ラストぎりぎりまで展開が予想できない。幾重もの難関に阻まれた強敵をどうやって倒すのか──という興味は、TV時代劇「必殺シリーズ」とも共通するものであり、オマージュと思える趣向も散見される。例えば影武者がいる巨悪との闘いは、『必殺仕置屋稼業』の第二話「一筆啓上 罠が見えた」や映画『必殺! THE HISSATSU』など幾つもの例があるし、クライマックスが花魁道中なのは『必殺仕事人』の第十八話「武器なしであの花魁を殺れるのか?」を想起させる......といった具合に、「必殺」ファンにとっては原典探しという楽しみ方も出来る。ひとつ気になったのは、歴史上実在の人物である矢部定謙が「定鎌」と表記されていること。名前を変えた意図は何だろうか。

 大沢在昌『暗約領域 新宿鮫Ⅺ』(光文社)は、シリーズの八年ぶりの新作だ。新宿署生活安全課の警部・鮫島は、密告者の情報から北新宿のヤミ民泊で違法薬物の取り引きが行われているらしいと知り、鑑識の藪とともに監視していたが、部屋を撮影していたカメラに殺人の映像が写っており、藪と一緒に駆けつけたところ、男の射殺死体が転がっていた。

 違法薬物の取り引きという地味な発端が、あれよあれよという間に殺人へと発展し、暴力団、外国人犯罪組織、工作員、公安部などの思惑が入り乱れる一大事件にまで拡大する展開は読者を飽きさせない。元公安の香田をはじめ、鮫島と因縁浅からぬ連中が暗躍するのも事態の剣呑さを倍増させるし、新しい上司・阿坂景子と鮫島の緊迫感を帯びた間柄も読みどころ。利害が複雑に入り乱れる人間関係を混乱させず捌ききるストーリーテリングは流石である。

 青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア2』(徳間書店)は、得意分野を異にする二人の探偵が活躍する『ノッキンオン・ロックドドア』の続篇。HOW=不可能な謎を専門とする御殿場倒理と、WHY=不可解な謎を専門とする片無氷雨。このコンビが共同で経営する探偵社「ノッキンオン・ロックドドア」に、今日も奇妙な依頼が持ち込まれる。

 密室に見えた殺人現場の壁に巨大な穴が開けられている第一話「穴の開いた密室」をはじめ、扱われている事件はいずれもユニーク。二人の探偵の漫才みたいな会話も相変わらず楽しい。そして今回は、最終話「ドアの鍵をあけるとき」で倒理と氷雨がコンビを組むようになったきっかけが描かれていることに注目。彼ら二人と、後に警察官になる穿地決、そして二人と対立する立場になる糸切美影の四人は、ゼミの天川教授から実際の犯罪解決を課題として出されたが、それを解いたことが彼らの運命を狂わせる。一見能天気なコンビの倒理と氷雨に、まさかこんな過去があったとはと驚かされた。シリーズ探偵の過去エピソードとして、このパターンは前例がないだろう。

 木原音瀬『コゴロシムラ』(講談社)は、いかにもおどろおどろしい土俗ホラー風に幕を開ける。カメラマンの仁科とライターの原田は、雑誌の取材のため山奥にある神社を訪れたが、道に迷ってしまい、老婆が独りで暮らしている民家に泊めてもらうことに。その夜、仁科は家の庭で、両腕のない裸の人間を目撃する。

 澤村伊智か三津田信三かといった雰囲気で始まるものの、その後は思わぬ方向へ転がるので、あらすじを書けるのはここまで。冒頭で感じた恐怖とは全く違う意味での怖さが隠されているが、ホラーファンよりはミステリファンにお薦めしたい。ある主要登場人物(どんな人物かは説明しないが、大変な美形ということは書いてもいいだろう)と仁科のあいだに生まれてゆく絆が読みどころだ。

 第九回アガサ・クリスティー賞は、史上初の二作同時受賞となった。そのうち穂波了『月の落とし子』は別ページで紹介されるようなので、ここでは折輝真透『それ以上でも、それ以下でもない』(早川書房)を取り上げたい。一九四四年、ナチス占領下のフランス。田舎町の神父であるステファンは、村が混乱に陥ることを恐れて、モーリスというレジスタンスの男が殺害された事件を隠蔽してしまう。更に、モーリスの身代わりとして別の男を匿うことになったが......。

 ミステリとしての構成は比較的シンプル。物語の軸は、誰にも打ち明けられない秘密を抱え込み、しかも良かれと思ってしたことが生んだ悲惨な結果を見届けなければならない神父の苦悩だ。ナチスに虐げられていた人々が、いざ戦争に勝つや今度は自分たちがナチス協力者に残酷な仕打ちをするなど、人間のどうしようもなさを描きつつ、登場人物たちの行為を善悪で裁けるかを読者に静かに問いかけるような小説になっている。

(本の雑誌 2020年2月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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