魔法使いの少女と科学少年のボーイ・ミーツ・ガール小説

文=大森望

  • 空のあらゆる鳥を (創元海外SF叢書)
  • 『空のあらゆる鳥を (創元海外SF叢書)』
    チャーリー・ジェーン・アンダーズ,市田 泉
    東京創元社
    2,640円(税込)
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  • 不可視都市 (星海社FICTIONS)
  • 『不可視都市 (星海社FICTIONS)』
    高島 雄哉,焦茶
    講談社
    1,540円(税込)
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  • キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫)
  • 『キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫)』
    アレン・スティール,中村 融
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • 人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)』
    柞刈 湯葉,あらゐけいいち
    早川書房
    814円(税込)
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  • 未知の鳥類がやってくるまで (単行本)
  • 『未知の鳥類がやってくるまで (単行本)』
    西崎 憲
    筑摩書房
    1,870円(税込)
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 今月のイチ押しは、2017年のネビュラ賞長編部門とローカス賞ファンタジー長編部門を射止めたチャーリー・ジェーン・アンダーズ『空のあらゆる鳥を』(市田泉訳/創元海外SF叢書)★★★★½。SFとファンタジーを小説の中でうまく融合させるのはむずかしいが、二つのジャンルの出会いをボーイ・ミーツ・ガールに置き換えるという手でこの難題を鮮やかにクリアしてみせた。

 少女は、6歳のときに鳥の言葉を聞いて、森の中で〈鳥の議会〉に参加し、心ならずも魔法使いとなったパトリシア。少年は、同じ頃、ネットで見つけた回路図を頼りに"2秒タイムマシン"を作り、ロケットオタクの大人たちと知り合ったロレンス。ボストン近郊の同じ中学校に通うことになった二人は、ともにスクールカーストの底辺で孤立し、ひどいいじめに遭いながらも、たがいの存在を支えにサバイブしていく。だが、10年後、サンフランシスコで再会した二人は、人類滅亡の危機を前に、敵味方に分かれて戦う運命だった......。

 ある意味、小川哲『ゲームの王国』とよく似た構図だが、こちらのほうがもっと寓話的──というかマーヴェル映画的。にもかかわらず、身につまされる生々しいエピソードやリアルな技術的ディテールのおかげで、現代小説としての魅力を失わない。どうもぴんと来ないんだけど......という人は、少女と魔法の出会い、少年と科学の出会いをプロローグ的に語る1章と2章(各13ページ)を試しに読んでみてほしい。これが初の邦訳書となる著者は、コネチカット州生まれのトランスジェンダー女性。ケンブリッジ大学に学び、香港やボストンでの生活を経て、いまはサンフランシスコ在住とのこと。

 それとはまた別の意味の"ボーイ・ミーツ・ガール"を軸にした長編が、高島雄哉『不可視都市』(星海社)★★★。帯の謳い文句は"超遠距離恋愛SF"だが、「ほしのこえ」と違って距離が離れていくわけではなく、38万キロ彼方の月にいる恋人の紅介(AI研究者)に会うため、数学者の青夏(専門は圏論)が北京を出るところから始まる。時は2109年。人類の97%が住む12の〈超重層化都市〉は、〈不可視都市〉と呼ばれる正体不明の存在が操るハッキング用ウイルス〈不可視理論〉によって封鎖され、宇宙空間を含めあらゆる交通が遮断されていた......。

 いま読むと、ロックダウンを解除して恋人に会えるようにするためワクチン開発に邁進する研究者の話みたいですが、SF的には、1944年にまで遡って語られる〈不可視理論〉のアイデアがキモになる。理論をひとつの状態ベクトルと見なし、行列を作用させて操作する──みたいなアイデアは面白いものの、ストーリーとうまく馴染んでいるかどうかは微妙。

 アレン・スティール初の邦訳書『キャプテン・フューチャー最初の事件』(中村融訳/創元SF文庫)★★★½は、エドモンド・ハミルトンの古典的スペースオペラをリブートした《新キャプテン・フューチャー》シリーズの第一弾。まだ初々しい紅顔のカーティス・ニュートンが、サイモン・ライト、グラッグ、オットーの3人と冒険の旅に出て、惑星警察機構のジョオン・ランドールやエズラ・ガーニーと巡り会い、キャプテン・フューチャー(およびフューチャーメン)として一本立ちするまでがテンポよく描かれる。キャラクターや基本設定はオリジナルのままだが、ディテールや背景は大幅にアップデートされ、原典を知らなくても楽しめる、21世紀型のモダンスペースオペラに変貌している。それにしても、ついこのあいだ出たような気がする創元版《キャプテン・フューチャー全集》がもう品切とは......。

 つづいて、3月に出たのに紹介し損ねていた国内短編集を3冊。柞刈湯葉『人間たちの話』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、全6編収録のSF作品集。カイパーベルトのエキチカ(?)に開店したラーメン屋が異星人の客の無茶な注文に応じまくる「宇宙ラーメン重油味」とか、『1984年』的な世界にすんなり適応して暮らしている学生を描く「たのしい超監視社会」(ともにSFマガジン初出)、マグリットの同名絵画をネタにした理系的不条理小説「記念日」(小説すばる初出)とか、コミカルな小品も楽しいが、白眉は書き下ろしの表題作。地球外生命の発見という書き尽くされたテーマにいまだかつてない角度から新しい光を当てつつ、テッド・チャン的な手腕でそこに人間ドラマを重ね、ことのついでに、人間たちの都合で準惑星に降格された冥王星の仇までとってしまう(私見)という離れ業に舌を巻く。年間ベスト級の快作だ。

 石川宗生『ホテル・アルカディア』(集英社)★★★½は、小説すばる連載の掌編19編に書き下ろしを加え、新たに外枠をつくって再配列し、『火星年代記』式に長編ぽくまとめたもの。光り輝く女神が転校してくる「転校生・女神」や、ある日突然、小都市に〈A♯〉の音が鳴り出して止まらなくなる「A♯」など、軽めのアイデア・ストーリーが多い中で、思いきりダークなノアの方舟異聞「恥辱」がすばらしい。

 西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』(筑摩書房)★★★★は、SFマガジン、《NOVA》、〈たべるのがおそい〉などに掲載された奇想小説を中心に全10編を収録する、著者8年ぶりの短編集。書き下ろしの表題作は、出版社勤務の校閲者が同僚からうっかり預かった著者赤字入りの校正刷りを紛失してしまい......という身の毛もよだつトラブルから始まって予想外の展開を遂げる不条理冒険小説の逸品。巻末の「一生に二度」も印象に残る。

(本の雑誌 2020年7月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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