特殊設定とロジックがいっぱいの『透明人間は密室に潜む』に◎!

文=千街晶之

  • 殺人都市川崎 (ハルキ文庫 う 10-1)
  • 『殺人都市川崎 (ハルキ文庫 う 10-1)』
    浦賀和宏
    角川春樹事務所
    704円(税込)
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  • 死んでもいい (ハヤカワ文庫JA)
  • 『死んでもいい (ハヤカワ文庫JA)』
    櫛木理宇
    早川書房
    814円(税込)
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  • 御城の事件 〈東日本篇〉 (光文社時代小説文庫)
  • 『御城の事件 〈東日本篇〉 (光文社時代小説文庫)』
    黎人, 二階堂,流一, 霞,由太, 高橋,由美, 松尾,典之, 門前,彩人, 山田
    光文社
    968円(税込)
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  • 御城の事件 〈西日本篇〉 (光文社時代小説文庫)
  • 『御城の事件 〈西日本篇〉 (光文社時代小説文庫)』
    黎人, 二階堂,純一, 安萬,秀文, 岡田,研二, 黒田,明子, 森谷
    光文社
    968円(税込)
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  • ループ・ループ・ループ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『ループ・ループ・ループ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    桐山 徹也
    宝島社
    759円(税込)
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『名探偵は嘘をつかない』でデビューし、『星詠師の記憶』『紅蓮館の殺人』と一作ごとに評価をアップさせてきた本格ミステリ界の若き実力者・阿津川辰海。『透明人間は密室に潜む』(光文社)は、そんな著者の初短篇集だ。

 表題作は、細胞の変異により全身が透明になる「透明人間病」が蔓延した社会が舞台。主人公はこの病気を研究している学者を、自分が透明人間であることを利用して殺害しようとするが、完全犯罪計画は予想外の事態の続発によって狂ってゆく......という作品。特殊設定ミステリを得意とする著者ならではの仕上がりだ。「六人の熱狂する日本人」は、裁判官と裁判員たちによる評議が舞台のワンシチュエーション・コメディ。無作為に選ばれた筈の裁判員たちに共通点があったせいで、評議はとんでもない方向に暴走してゆく。『十二人の怒れる男』『12人の優しい日本人』系の裁判員(陪審員)ものの歴史上、最も笑える快作であり、筆致の乗りの良さも楽しい。「盗聴された殺人」は、超人的な聴覚を持つ探偵が登場するフーダニットの秀作。「第13号船室からの脱出」は、ミステリをモチーフにしたリアル脱出ゲームの場で監禁されてしまった少年が主人公の船上ミステリで、監禁からの脱出とゲームの謎解きが複雑に絡み合い、最後の最後まで油断ならない展開に翻弄されること必定である。いずれも奇抜なシチュエーションと緻密なロジックを特色とする、本格ミステリのお手本のような作品ばかりであり、著者の入門篇としてもお薦めできる。

 浦賀和宏『殺人都市川崎』(ハルキ文庫)は、今年二月に急逝した鬼才の、正真正銘の最後の長篇。タイトルに度肝を抜かれる読者も多いと思うが、物語の主人公は、「地獄みたいに治安が悪い」と形容される神奈川県川崎市から出たことがない不良少年・赤星と、同じ川崎でも高級住宅地である武蔵小杉へと転居した少女・愛。二十年前に殺人を犯して失踪した奈良邦彦らしき男が再び凶行に及んだのを機に、二人の運命は交錯する。

 昨年映画化された魔夜峰央の漫画『翔んで埼玉』の川崎版とも言うべき、御当地ディスり大会が繰り広げられる作品だ。しかし、いくら何でもこの設定は無茶すぎはしないだろうか......と思いながら読み進めると、それらの違和感すらすべて伏線として回収してのける大どんでん返しが待ち受けている。悲痛な心情描写といい幕切れの余韻といい、浦賀和宏は最後まで浦賀和宏だった......という深い感慨に浸れる一作だ。

 これまで、どちらかというと長篇作家のイメージが強かった櫛木理宇だが、『死んでもいい』(ハヤカワ文庫JA)を読むと、短篇においてもただならぬ実力の持ち主だということがわかる。

 著者はポップなホラーとイヤミスの双方で活躍しているけれども、本書は後者。よくぞここまでと言いたくなるくらい嫌なシチュエーションのもとで話を展開させ、思いがけない地点にフィニッシュを決めてみせる。特に、「彼女は死んだ」で使われる「いい人」「やさしい人」といった言葉のニュアンスが印象的だ。なお、収録作はそれぞれ独立した内容ながら、竹本健治の「ウロボロス」シリーズや澤村伊智の『恐怖小説キリカ』を想起させる巻末の「タイトル未定」だけは最後に読んでいただきたい。

 かつて日本にいくつの城があったのかは不明だが(どこまでを城と見なすかの定義にもよるだろう)、膨大な数が存在したことは間違いなく、そのひとつひとつに人間たちの営みがあった筈だ。二階堂黎人・編『御城の事件〈東日本篇〉』『御城の事件〈西日本篇〉』(二冊とも光文社時代小説文庫)は十人の作家による、城を舞台にした歴史小説の競作集だ。

 参加者の顔ぶれを見ると本格ミステリ系の作家で揃えられており、中には歴史小説に初挑戦と思われる作家もいる。テーマがテーマだけに、忍者が登場する作品が多いのも特色だ。粒揃いの収録作から、特に印象的な作品を三篇選ぶなら、岡田秀文「小谷の火影」(西日本篇)は浅井氏滅亡という戦国の悲劇の背後で進行していた事態を描いた作品で、意外でありながら史実と矛盾しない真相に慄然とさせられる。二人の伊賀者に課せられた困難なミッションを描く二階堂黎人「帰雲城の仙人 伊賀の忍び 風鬼/雷神」(西日本篇)は、短篇なのにここまで大風呂敷を拡げて大丈夫かと思いきや(なにしろ邪馬台国まで登場する!)、きっちり畳んでくれる上にエンタテインメントとして一流の面白さ。霞流一「富士に射す影」(東日本篇)の、いかにも著者らしいトリックの連打と意表を衝く動機にも驚かされた。

 タイムループものといえば、何らかの出来事や世界の法則そのものを解き明かしたり、使命を果たしたりするまではループから脱出できない......というパターンが多い。桐山徹也の『ループ・ループ・ループ』(宝島社文庫)も基本的にはその種の設定なのだが、ちょっと風変わりなのは、同じ十一月二十四日を何度も繰り返す羽目に陥った少年・郁郎が、そんなことになった理由がどうしても思い当たらず、自分はループを繰り返す「主人公」の物語に巻き込まれた「モブキャラ」だと自己規定する点である。

 物語が進むにつれて、タイムループに巻き込まれたことを自覚した関係者がどんどん増え、「主人公探し」の難度は高くなってゆく。一年前の飛び降り自殺や現在進行形の連続殺人も絡んでかなり複雑なプロットながら、ポップな雰囲気ですいすいと読ませてくれるし、登場人物たちが意外な側面を見せた果てに浮上する結末の納得度も高い。

(本の雑誌 2020年7月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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