前人未踏の三部作『第五の季節』開幕!

文=大森望

  • 第五の季節 (創元SF文庫)
  • 『第五の季節 (創元SF文庫)』
    N・K・ジェミシン,小野田 和子
    東京創元社
    1,650円(税込)
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  • 三体2 黒暗森林 上
  • 『三体2 黒暗森林 上』
    劉 慈欣,富安 健一郎,大森 望,立原 透耶,上原 かおり,泊 功
    早川書房
    1,870円(税込)
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  • 三体2 黒暗森林 下
  • 『三体2 黒暗森林 下』
    劉 慈欣,富安 健一郎,大森 望,立原透耶,上原 かおり,泊 功
    早川書房
    1,870円(税込)
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  • 時のきざはし 現代中華SF傑作選
  • 『時のきざはし 現代中華SF傑作選』
    江波,何夕,糖匪,昼温,陸秋槎,陳楸帆,王晋康,黄海,梁清散,凌晨,双翅目,韓松,吴霜,潘海天,飛氘,靚霊,滕野,立原 透耶
    新紀元社
    2,420円(税込)
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  • アンドロメダ病原体-変異- 上
  • 『アンドロメダ病原体-変異- 上』
    マイクル・クライトン,ダニエル・H・ウィルソン,酒井 昭伸
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • アンドロメダ病原体-変異- 下
  • 『アンドロメダ病原体-変異- 下』
    マイクル・クライトン,ダニエル・H・ウィルソン,酒井 昭伸
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • 100文字SF (ハヤカワ文庫 JA キ 6-9)
  • 『100文字SF (ハヤカワ文庫 JA キ 6-9)』
    北野 勇作
    早川書房
    638円(税込)
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 今月は話題作がばかすか出ている。その一番手、N・K・ジェミシン『第五の季節』(小野田和子訳/創元SF文庫)★★★★は、2016年から3年連続でヒューゴー賞長篇部門制覇という前人未踏の快挙をなしとげた《破壊された地球》3部作の第1作。舞台は、数百年ごとに〈第五の季節〉と呼ばれる天変地異が起き、(三体世界みたいに)文明が滅亡の危機にさらされる巨大大陸。大地と通じ合って熱や運動エネルギーを操る造山能力者が各地で地震を抑え、防災に貢献しているものの、強すぎる力ゆえに人々から恐れられ、ロガと呼ばれて差別されている。主役は三人の女性オロジェン。息子を殺し、娘を連れ去った夫を追う40代のエッスン。ロガだと発覚して〈守護者〉にひきとられた幼い少女ダマヤ。オロジェン訓練組織フルクラムで教育された若い女性・閃長石。三つのパートがやがて交わり、小説の全体像が見えてくる。さしずめこれは、社会的・政治的にアップデートした21世紀版《ゲド戦記》か(設定は佐藤さくら『魔導の系譜』にもよく似ている)。パワフルなストーリーテリングに、若干のSF味を加えてスケールアップしているが、まだ明かされていない謎が多すぎるので、評価は残り2冊を待ちたい。

 同書の前年のヒューゴー賞長篇部門を受賞したのはごぞんじ劉慈欣『三体』。その続篇にあたる『三体Ⅱ 黒暗森林』(大森望、立原透耶、上原かおり、泊功訳/早川書房)も出ている。前作で地球とコンタクトした三体文明は、11次元の陽子を改造した智子を送り込んで人類を監視する一方、千隻の侵略艦隊を派遣する。このままでは、技術力で圧倒的に劣る地球の敗北は必定。国連惑星防衛会議は、起死回生の策として4人の面壁者を選び、彼らに世界の命運を託す。智子にも覗くことのできない彼らの脳内が人類最後の砦だった......。

 軟派な主人公が脳内彼女とデートしたり、護衛役のタフガイ史強と死線をくぐったりする一方、後半ではド派手な宇宙戦闘シーンも描かれる。前作以上にやりたい放題で、現代SFとしてどうなのかと思う部分は大いにありますが、それも含めて《三体》の魅力か。『第五の季節』とはいろんな意味で対照的。

『時のきざはし 現代中華SF傑作選』(新紀元社)★★★★½は、『三体Ⅱ』の共訳者でもある中国SF研究者・立原透耶編の華文SFアンソロジー。ベテランの王晋康、韓松、何夕、それに台湾SFの巨匠・黄海から、『荒潮』の陳楸帆、さらに90年代生まれの靚霊、昼温など総勢17人による、1997年以降に発表された17篇を収録する、ハードカバー480ページの大冊。滕野の表題作(林久之訳)は、階段を降りるにつれて時代が遡るという無茶な設定をみごとに書き切った時間SFの快作。『三体Ⅱ』の解説者でもある日本在住の陸秋槎が本書に書き下ろした「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」(大久保洋子訳)は、架空のダメ作家(1878年生まれ)の評伝という形式をとった(伴名練「ゼロ年代の臨界点」系の)偽文学史SF。ウソ成分のブレンド具合が絶妙で後半の飛躍がすばらしい。同じ架空歴史ものでは、清朝末期に起きた工場爆発事故に関する資料を調べるうち、ある振翼飛行機研究者が浮かび上がる梁清散「済南の大凧」(大恵和実訳)も◎。他に、嫁不足に悩む農村の一家が仲介業者を通じて異星人の嫁をとる凌晨「プラチナの結婚指輪」(立原透耶訳)、韓松の不条理SF「地下鉄の驚くべき変容」(上原かおり訳)、異星に墜落した宇宙船の乗客が謎の塔をひたすら登り続ける潘海天「餓塔」(梁淑珉訳)など、印象的な短篇多数。

 ダニエル・H・ウィルソン『アンドロメダ病原体 変異』(酒井昭伸訳/早川書房)★★★★は、『...病原体』刊行50周年にあたる昨年、クライトンの遺族の公認を得て出版されたオフィシャルな続篇。前作の内容を実在の報告書として作品にとりこみ、50年後にふたたび発生した第二次アンドロメダ事件のレポートという体裁をとる。主人公は、前作の主役ストーン博士の息子でロボット工学者のジェイムズ。最後に加えられた彼を含む調査チームが赴いたアマゾンの密林では、アンドロメダ因子が恐るべき変異を遂げていた......。前半はサスペンス風だが、後半は驚愕の本格SFに転調するので、企画ものだと思わずぜひ。意外にも、『三体Ⅱ』と同じく、"フェルミのパラドックス"に対する新たな回答が提示されます。

 北野勇作『100文字SF』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、すでに単行本が3冊出ている「ほぼ百字の小説」約2000篇から200篇を選んで収録する。「嵐の翌朝、海岸で神様を拾った。神様は蛸に似ている。というか、蛸そのもの。それでも自分は神様だ、と主張する。たとえ火あぶりにされようとも意見を最後まで曲げなかったその態度はなかなか立派だ。うまかったし。」とか、「紐だな。これが紐状機械なのか紐状生物なのか紐状宇宙なのか、あるいは単なる紐なのか。それによって結果は大きく違ってくるだろう。はたして引っ張るべきなのか、それともここは、えっ、もう引っ張っちゃったの?」とか。もう紙幅がない。酉島伝法の第一短篇集『オクトローグ 酉島伝法作品集成』は次号で。

 最後に、樋口恭介『すべて名もなき未来』(晶文社)は、第5回ハヤカワSFコンテスト受賞のデビュー作『構造素子』が文庫化されたばかりの(まだ2作目が出ていない)著者による評論・エッセイ集。神林長平、『息吹』、『虚航船団』その他に関するSF論や中国SF日記(あと、マキューアン『贖罪』をテーマにした卒論とか)を含む。SFと現実が重なり合う独特のエモさが特徴です。

(本の雑誌 2020年8月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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