芦沢央の連作ミステリー『僕の神さま』にお見事!

文=千街晶之

  • うるはしみにくし あなたのともだち
  • 『うるはしみにくし あなたのともだち』
    澤村 伊智
    双葉社
    1,760円(税込)
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  • 楽園とは探偵の不在なり
  • 『楽園とは探偵の不在なり』
    斜線堂 有紀,影山徹
    早川書房
    1,870円(税込)
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「神さま」と呼ばれている小学生が探偵役──と記すと、ミステリファンは麻耶雄嵩の『神様ゲーム』『さよなら神様』を想起するかも知れない。しかし、神託のように百パーセント無謬の答えを出し、犯人に非情な天誅を下す麻耶作品の探偵役・鈴木太郎と、芦沢央『僕の神さま』(KADOKAWA)に登場する小学生の水谷くんは、対極に位置する存在ではないだろうか。

 水谷くんは洞察力・推理力に秀でており、同級生の「僕」をはじめ、クラスの皆が問題が起こると彼に相談する。例えば第一話「春の作り方」では、亡くなった祖母が作った桜の塩漬けの瓶を割ってしまった「僕」が水谷くんに相談することで事態の収拾に成功する。しかし、いかに明敏な頭脳の持ち主とはいえ小学生でしかない水谷くんは、大人の世界での出来事には基本的に無力なのだ。そして、彼を「神さま」と持ち上げる周囲の期待が、水谷くん自身にとっていかに残酷であったかも描かれる。そんな彼は、最後の事件でいかに真実と向き合ったのか......。心温まる第一話からどんどんヘヴィーな展開になってゆく連作としての構成が、考え抜かれていて見事である。

 ある高校の三年二組で、クラス一の美少女だった羽村更紗が自殺し、続いてナンバー2の野島夕菜が授業中に顔から血膿を噴き出す......という凄まじい異変の連続から、澤村伊智『うるはしみにくし あなたのともだち』(双葉社)は始まる。どうやら、人の顔を美しくも醜くも出来る「ユアフレンド」なる呪いを何者かがかけているらしく、更紗もそのせいで顔が老婆のようになったのを悲観して自殺したようだった。

 著者のミステリ+ホラーのハイブリッド路線の長篇としては前作にあたる『予言の島』は、オーソドックスな孤島ものの体裁を取りつつ大胆な試みを取り入れていたが、本書もいかにも楳図かずお風の、少女たちの美醜が惨劇を引き起こすホラーの伝統を踏まえながら、そこに現代的な批評性を加えている。それは、女性が男性から顔の美醜で格付けされたり、女性自身がそれに基づいてスクールカーストを形成したりするようなルッキズムの呪縛に対しての批判である。呪いの法則を解き明かすミステリ的興味の果てに浮かび上がる真犯人の像は、あまりにも悲哀に満ちていて切実だ。『予言の島』にも見られた本格ミステリファンへの痛烈な皮肉も著者らしい。

『うるはしみにくし あなたのともだち』のある章ではテッド・チャンの小説が引用されていたが、奇しくも、ほぼ同時期に刊行された斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)のタイトルもテッド・チャンの短篇「地獄とは神の不在なり」を踏まえている。作中の世界では、人を一人殺しても無事だが、二人殺せばいかなる理由があろうとも「天使」の裁きによって即刻地獄に堕とされるようになっている。そのせいで人間社会の倫理は激変し、正義を追求すべき探偵の存在意義も危ういものとなりつつある。大富豪に招かれ、天使の群れる常世島を訪れた探偵・青岸焦が見たものとは。

 二人殺せばその瞬間に地獄行きになるから連続殺人は不可能な筈なのに、犯人はいかにして犯行を重ね続けられるのかというハウダニットの興味をはじめ、ミステリ的な読みどころは数多い。また、阿津川辰海らの小説にしばしば見られる「探偵の存在意義」というテーマにも目配りがされており、最近の本格ミステリのトレンドに則った出来となっている。冒頭一行目から読者の度肝を抜く、異様極まりない「天使」の造型も、パトリック・マグラア「天使」(『血のささやき、水のつぶやき』所収)や山尾悠子『夢の棲む街』などに出てくる禍々しい天使を想起させて印象的だ。

 藤本ひとみ『数学者の夏』(講談社)は、著者が初期のライトノベル時代から書き継いできたジュヴナイル・シリーズのスピンオフ的小説。高校二年生の上杉和典は長野県伊那谷に開設された学生村で、数学者を志してリーマン予想の解決に没頭する筈だった。ところが、資料館が何者かに荒されるなど、相次いで村を騒がせる出来事に興味を引かれてゆく。

 数学の抽象的な世界に没頭するあまり、世間知らずでどこか大人の社会を斜に構えて眺めているような和典の前に、さまざまな事情や悩みを抱えた人物が次々と登場し、太平洋戦争の時代からつながる地域の歴史も関わってくる。著者の歴史小説や恋愛小説の華麗さとは趣を異にする、ストレートな印象の青春ミステリだ。それにしても、著者が長野県出身ということもあってか、これほど信州弁が溢れんばかりに繰り広げられる小説というのも珍しい。

 最後に紹介する一冊も青春ミステリだ。逸木裕『空想クラブ』(KADOKAWA)の主人公・吉見駿は、祖父から特殊な能力を授けられた中学生。ある日、「空想クラブ」というグループを作った仲間たちのひとりである真夜が溺死した。だが葬儀の帰り、駿は河川敷で真夜の姿を目撃する。彼女は死の瞬間にある謎が気にかかったせいで成仏できず、その場にとどまっているらしい。

 駿は「空想クラブ」の元仲間たちに声をかけ、真夜のために謎を解こうとするのだが、彼らにもそれぞれ事情があり、非協力的な態度を示す者もいる。また駿も、自分が果たして真夜の成仏を望んでいるのか、自身に問いかけざるを得なくなる局面に突き当たるが、それらの障壁は、登場人物ひとりひとりが救いに到達するプロセスでもある。ファンタジー性の強い異色作だが、テーマ性とストーリー性の融合という点で、今までの著者の作品で最も高い完成度に到達したと言える。

(本の雑誌 2020年11月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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