量子論SFな幻想小説『貝に続く場所にて』にビックリ

文=大森望

  • 猫の街から世界を夢見る (創元SF文庫)
  • 『猫の街から世界を夢見る (創元SF文庫)』
    キジ・ジョンスン,三角 和代
    東京創元社
    968円(税込)
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  • 火星へ 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『火星へ 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    メアリ・ロビネット・コワル,酒井 昭伸
    早川書房
    1,144円(税込)
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  • 火星へ 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『火星へ 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    メアリ・ロビネット・コワル,酒井 昭伸
    早川書房
    1,144円(税込)
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  • ナインフォックスの覚醒 (創元SF文庫)
  • 『ナインフォックスの覚醒 (創元SF文庫)』
    ユーン・ハ・リー,赤尾 秀子
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • パラゴンとレインボーマシン
  • 『パラゴンとレインボーマシン』
    ジラ・ベセル,三辺 律子
    小学館
    1,760円(税込)
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  • フェイス・ゼロ (竹書房文庫 や 8-1)
  • 『フェイス・ゼロ (竹書房文庫 や 8-1)』
    山田 正紀,日下 三蔵
    竹書房
    1,430円(税込)
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  • 日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人 (ハヤカワ文庫 JA ハ 11-4)
  • 『日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人 (ハヤカワ文庫 JA ハ 11-4)』
    新城 カズマ,伴名 練
    早川書房
    1,144円(税込)
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  • 眉村卓の異世界通信
  • 『眉村卓の異世界通信』
    「眉村卓の異世界通信」刊行委員会
    NextPublishing Authors Press
    1,980円(税込)
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 芥川賞・直木賞の候補作を全作読むという難行苦行をかれこれ20年近く続けてるんですが、そのおかげで、たまにビックリするような小説に出会うことがある。第165回芥川賞に輝く石沢麻依のデビュー作『貝に続く場所にて』(講談社)★★★★½もそのひとつ。語り手は、美術史の博士論文を書くためドイツのゲッティンゲンに留学中の"私"。ある日、彼女の前に、3・11の津波で行方不明になった友人の野宮が何事もなかったかのように現れる......。

 内田百閒風の怪異譚のようだが、作中には実在の"惑星の小径"(太陽と8惑星を20億分の1スケールで配置した遊歩道)やマックス・プランク研究所が登場、生者とも死者とも決定できない存在を描く一種の量子論SFとも読める。実際、準惑星に降格されたせいで"小径"から撤去されたはずの冥王星モニュメントの再出現が噂されたり、トリュフ犬が次々に"過去"を掘り出したり、なぜか寺田寅彦が野宮と連れ立って現れたりと、不可思議な出来事が連続する。震災の記憶とコロナ禍の現在を軸にさまざまな事物と時間が重なり合う、独創的な幻想小説だ。

 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』(三角和代訳/創元SF文庫)★★★★½は、2017年の世界幻想文学大賞中編部門受賞作。舞台はラヴクラフトが〈ドリームサイクル〉連作で描いた"夢の国"にある猫の街ウルタール。ある日、女子カレッジの優秀な学生が、"覚醒する世界"からやってきた男と駆け落ちするという一大事が発生。彼女の祖父にあたる眠れる神がその事実を知れば、街ごと滅ぼされかねない。かつて"遠の旅人"だった数学教授ヴェリット(55歳の女性)は、彼女を連れ戻すため、"覚醒する世界"を目指す長い旅に出る。鮮やかな筆さばきで描かれる異境の道中はたいそう魅惑的で、元ネタを知らなくても思わず引き込まれる。旅の道連れになる黒猫の描写も絶妙。

 万城目学『ヒトコブラクダ層ぜっと』(幻冬舎)★★★★は、上下巻合計930ページの冒険小説巨編。それぞれ奇妙な特殊能力を持つ26歳の三つ子・榎土兄弟が、ライオンを連れた謎の女に振りまわされ、海を渡ってとんでもないミッションに挑む羽目になる。キーワードは、ティラノサウルス、自衛隊のイラク派遣、メソポタミア神話。おそろしく行き当たりばったりでデタラメな話に見えるが、実はその背後で周到な伏線が張りめぐらされているのが特徴。半村良と諸星大二郎が合作したみたいな、超巨大スケールの伝奇SF大作だ。

 メアリ・ロビネット・コワル『火星へ』(酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½は、主要SF賞4冠を獲得した改変歴史SF『宇宙へ』の続編。今回は、予算獲得のための広告塔として有人火星探査計画に急遽参加することになった〈レディ・アストロノート〉ことエルマの苦闘が描かれる。巨大隕石落下により宇宙開発がブーストされたとはいえ、時はまだ1962年。火星船には、人間関係の軋轢、トイレの不具合など、生々しい問題が次々に襲いかかる......。

 対するユーン・ハ・リー『レイヴンの奸計』(赤尾秀子訳/創元SF文庫)★★★★は、『ナインフォックスの覚醒』に続く《六連合》三部作の第二作。戦略の天才にして史上最悪の犯罪者ジェダオの依り代となったチェリスは、隣国の侵攻を迎え撃つべく六連合政府が派遣した大艦隊の旗艦に乗り込み、たちまち指揮権を掌握する。ジェダオ/チェリスの真の目的とは? 設定の根幹をなす暦法力学とエキゾチック技術がらみの戦闘描写はあいかわらず読み応え充分だが、リーダビリティは前作より向上。エンタメ的にひと皮剥けた感じ。

 ジラ・ベセル『パラゴンとレインボーマシン』(三辺律子訳/小学館)★★★½は、水不足による戦争が続くディストピア的な未来を背景に、色覚異常の少年オーデンと、親友の少女ヴィヴィとの冒険を描くジュブナイルSF。天才科学者だった伯父が遺した暗号を解いて二人が発見したのは、やたら詩を引用する風変わりな博学のロボット、パラゴンだった......。ロボットの謎を解くことが世界の秘密の解明につながるオーソドックスな構成に、現代的な要素をうまく融合させている。

 続いて日本人作家の短編集が2冊。山田正紀『フェイス・ゼロ』(日下三蔵編/竹書房文庫)★★★½は、《異形コレクション》とSF雑誌の掲載作を中心にホラー系とSF系に分けて13編を収録する。文楽の人形に取材した表題作から、ジェミノイドを扱った「火星のコッペリア」、手塚治虫原作の「魔神ガロン」へと続く終盤が読みどころ。山田正紀節を濃縮パックしたような「一匹の奇妙な獣」もいい。

 新城カズマ『月を買った御婦人』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、伴名練編の短篇名作選《日本SFの臨界点》シリーズの(中井紀夫篇に続く)第二弾。表題作はかぐや姫を下敷きにした改変歴史SFの秀作。(世代的に)ど真ん中のストライクだったのは、SF同好会の男子高校生3人を主人公に"日本に「スター・ウォーズ」が来なかった年"の文化祭を描く青春小説「さよなら三角、また来てリープ」でした。今回も65ページに及ぶ編者解説つき。

 最後の1冊は、2019年11月に病没した眉村卓の追悼出版『眉村卓の異世界通信』(「眉村卓の異世界通信」刊行委員会編/オンデマンド版)。関西のSF関係者や創作講座受講生を中心に60人以上が追悼文を寄稿。詳細な作品案内(山岸真)や著作リスト(岡本俊弥)のほか、単行本未収録短篇および『日課・一日3枚以上』月報掲載のエッセイ「卓通信」などを収める。

(本の雑誌 2021年9月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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