22本の『異常論文』にSFの真髄を見た!

文=大森望

  • 異常論文 (ハヤカワ文庫 JA ヒ)
  • 『異常論文 (ハヤカワ文庫 JA ヒ)』
    樋口 恭介
    早川書房
    1,364円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 再着装(リスリーヴ)の記憶――〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー (TH Literature Series)
  • 『再着装(リスリーヴ)の記憶――〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー (TH Literature Series)』
    ケン・リュウ,マデリン・アシュビー,図子 慧,石神 茉莉,伏見 健二,岡和田 晃
    書苑新社
    2,970円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 町かどの穴 ラファティ・ベスト・コレクション1 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『町かどの穴 ラファティ・ベスト・コレクション1 (ハヤカワ文庫SF)』
    R A ラファティ,牧 眞司,伊藤 典夫,浅倉 久志
    早川書房
    1,540円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ネットワーク・エフェクト: マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫 ウ 15-3)
  • 『ネットワーク・エフェクト: マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫 ウ 15-3)』
    マーサ・ウェルズ,中原 尚哉
    東京創元社
    1,430円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ペッパーズ・ゴースト
  • 『ペッパーズ・ゴースト』
    伊坂幸太郎
    朝日新聞出版
    1,870円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 大正浪漫 YOASOBI『大正浪漫』原作小説
  • 『大正浪漫 YOASOBI『大正浪漫』原作小説』
    NATSUMI
    双葉社
    1,485円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 今年の日本SF界隈の話題を席捲したあの〝異常論文〟企画が(SFマガジン6月号の特集を経て)ついに書籍化。ハヤカワ文庫JAの記念すべき1500番を飾った。その名も『異常論文』(樋口恭介編)★★★★½。雑誌掲載の10篇に、新作12篇(うち2篇は公募枠)を加えた680ページ超の大冊だが、発売前から重版がかかるなど、今なお激アツだ。

 くだんの〝異常論文〟とは、要は論文形式のSFのこと。アシモフ「再昇華チオチモリンの吸時性」(1948年)の昔からあるスタイルが今さらなぜ脚光を浴びるのかと言えば、SFの醍醐味(=アイデア)をもっとも凝縮して提供できる形式だからか。全22篇のベスト1は、鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)の「無断と土」。開発者不明の架空のVRホラーゲーム「Without Permission and soil」を軸に、虚実を絶妙にブレンドして、詩と怪談、天皇制と慰霊について語りつつ、じわじわと恐怖を喚起する。アイデアはSFだが、テイストは論文怪談か。酉島伝法「四海文書注解抄」も怪談実話寄りで、こちらは古本市で買った奇妙なスクラップブックの注釈スタイル。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト完全調書』(または『紙葉の家』)をちょっと思い出した。

 論文形式のSFとしての模範回答は、柞刈湯葉「裏アカシック・レコード」。ラファティ的なアイデアを鮮やかに論文化する。みずから〝解説〟と名乗る反則でトリを奪った伴名練「解説──最後のレナディアン語通訳」は、他のいくつかの収録作とも共通する言語ネタ。よく考えるとSFでもホラーでもなく一種の犯罪小説だが、意表をつく着地が冴える。同じく架空作品の紹介スタイルをとる飛浩隆「第一四五九五期〈異常SF創作講座〉最終課題講評」との同門対決は白熱の好勝負だ。

 思いきりファニッシュな小川哲「SF作家の倒し方」とか、例によって融通無碍な保坂和志「ベケット講解」とか、およそ論文らしくない作品も交じるが、その振り幅が楽しい。他に、円城塔、松崎有理、草野原々、陸秋槎、高野史緒、柴田勝家、倉数茂、大滝瓶太、麦原遼などが参加している。

 対する岡和田晃編『再着装の記憶』(発行アトリエサード/発売書苑新社)★★★½は、TRPG〈エクリプス・フェイズ〉の世界観を共有するシェアードワールド・アンソロジー。AIがシンギュラリティに達した23世紀、トランスヒューマン化した人類は義体を自在に再着装しながら太陽系の各所で暮らしている──という設定で、ブルース・スターリング色が濃い。蛇型機械義体で金星のマクスウェル山に登る巻頭のケン・リュウ「しろたへの袖──拝啓、紀貫之どの」(待兼音二郎訳)のほか、マデリン・アシュビーやカリン・ロワチーの初訳作も収録されているが、単体で面白く読める双璧は、アンドリュー・ペン・ロマインのグルメ小説「宇宙の片隅、天才シェフのフルコース」と、雇われ令嬢の社交界デビューを描く図子慧「恋する舞踏会」か。日本作家では他に、伊野隆之、吉川良太郎、片理誠、伏見健二、石神茉莉らが参加。元のゲームに興味がなくても、ポストサイバーパンク・トランスヒューマン競作集として楽しめる。

 R・A・ラファティ『町かどの穴』(伊藤典夫・浅倉久志他訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★★は、12月に出る『ファニーフィンガーズ』(カワイイ篇)と2冊組になる牧眞司編〈ラファティ・ベスト・コレクション〉の1冊目(アヤシイ篇)。全19篇のうち、版元品切になっているハヤカワ文庫既刊短篇集3冊からの再録が13篇(5+5+3篇)、ここ数年のSFマガジンに訳載された4篇を含む6篇が短篇集初収録。表題作は、今から49年前に大森が初めて買ったSFマガジンのラファティ特集で読み、ドハマリした逸品で、ラファティ節のみならず浅倉節も冴え渡る。初収録組では「苺ヶ丘」と「カブリート」の無邪気な残酷さがすさまじい。重度ラファティ愛好者には、後半の「その曲しか吹けない」「完全無欠な貴橄欖石」「《偉大な日》明ける」の三連打がお薦め。なお、来年3月には井上央編訳のオール初訳ラファティ短篇集も刊行予定とのこと。

 マーサ・ウェルズ『ネットワーク・エフェクト』(中原尚哉訳/創元SF文庫)★★★★は、日本翻訳大賞を受賞するなど各所で絶賛を博した『マーダーボット・ダイアリー』に続くシリーズ2冊目。〈弊機〉と調査船のツンデレ漫才みたいな掛け合いが楽しいが、中篇4話の合本だった前作に対し、今回はシリーズ初の長編とあって、やや間延びした印象も。まあ、それでもじゅうぶん面白いんだけど。

 伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』(朝日新聞出版)★★★½は、他人のくしゃみなどから〝感染〟することで、相手が翌日見る〝未来〟が見えてしまうという特異体質の持ち主(中学校の国語教師、35歳)が主人公。彼が巻き込まれる事件の話と、猫を虐待する配信者に加担したネコジゴ(〈猫を地獄に送る会〉メンバー)たちに復讐する仕事を請け負った奇妙な二人組の話がからみあい、あいかわらずテンポのいい伊坂流アクションが展開される。

 NATUMI『大正浪漫』(双葉社)★★は、monogatary.comの「夜遊びコンテストvol.2」を勝ち抜きYOASOBIの原作に採用された短編「大正ロマンス」(4000字少々)に大幅加筆して200頁に増量した単行本。というか、「大正浪漫」MVのノベライズにも見える。話はフィニイ「愛の手紙」(別題「机の中のラブレター」)を現代/大正時代の東京に置き換えた時代間文通ものだが、元ネタとは違うオチがそれなりにハマっている。

(本の雑誌 2021年12月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

大森望 記事一覧 »