独創的かつ圧倒的な小田雅久仁『残月記』に五つ星!

文=大森望

  • Genesis 時間飼ってみた: 創元日本SFアンソロジー (創元日本SFアンソロジー 4)
  • 『Genesis 時間飼ってみた: 創元日本SFアンソロジー (創元日本SFアンソロジー 4)』
    小川 一水ほか
    東京創元社
    2,200円(税込)
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  • 千個の青
  • 『千個の青』
    チョン・ソンラン,坂内拓,カン・バンファ
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • 世界を超えて私はあなたに会いに行く
  • 『世界を超えて私はあなたに会いに行く』
    イ・コンニム,矢島 暁子
    KADOKAWA
    1,760円(税込)
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  • 世界でいちばん弱い妖怪
  • 『世界でいちばん弱い妖怪』
    キム・ドンシク,吉川 凪
    小学館
    1,540円(税込)
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  • 円 劉慈欣短篇集
  • 『円 劉慈欣短篇集』
    劉 慈欣,富安 健一郎,大森 望,泊 功,齊藤 正高
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • ベストSF2021 (竹書房文庫, お6-2) (竹書房文庫 お 6-2)
  • 『ベストSF2021 (竹書房文庫, お6-2) (竹書房文庫 お 6-2)』
    大森 望,大森 望
    竹書房
    1,650円(税込)
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  • 星新一の思想 ――予見・冷笑・賢慮のひと (筑摩選書)
  • 『星新一の思想 ――予見・冷笑・賢慮のひと (筑摩選書)』
    浅羽 通明
    筑摩書房
    2,200円(税込)
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 永遠の名作『本にだって雄と雌があります』から9年。待望久しい小田雅久仁の新著『残月記』(双葉社)★★★★★がついに出た。月にまつわる3話の連作で、最初の2話も年間ベスト級だが、全体の半分強を占める200ページ超の表題作があまりに独創的かつ圧倒的なのでこれに絞って紹介する。

 物語の始まりは、"月昂"と呼ばれる感染症が広がる改変歴史世界の2048年。一党独裁政権が支配する日本では、すべての感染者を療養所に収容する徹底した隔離政策で月昂を抑え込んでいる。月昂者は毎月、満月の頃には超人的な体力を発揮するが、新月前後の昏冥期にはその3%が死亡する。主人公・宇野冬芽は、20代で月昂を発症するも、高校時代に剣道で全国3位に入った実力を買われ、剣闘技大会の闘士にスカウトされる。上級党員たちの前で披露される命がけの闘い。生きて30戦を終えれば、安楽な余生が約束されているというのだが......。

 この漫画的な設定に小田雅久仁は恐ろしく生真面目に取り組み、剣闘士たちの日常を硬質な文体で描きつつ、物語をありえない方向にシフトさせてゆく。これは迫真のディストピアSFであり、スリリングな格闘技アクションであり、切なすぎる恋愛文学であり、力強い歴史小説でもある。本書刊行を機に、小田雅久仁の中短編群が単行本にまとまることに期待したい。

 シリーズ4冊目となる『GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅣ 時間飼ってみた』(東京創元社)★★★½には、その小田雅久仁も200枚近い中編「ラムディアンズ・キューブ」を寄稿している。地方都市がある日とつぜん巨大キューブに閉じ込められるという「物体O」「アンダー・ザ・ドーム」的な導入から、壮絶なアクションを経て、思い切って幻想的な(もしくはスピリチュアルな)方向にジャンプするのだが、正直そこがよくわからない。他に、宮澤伊織、小川一水、川野芽生、宮内悠介、高山羽根子が寄稿。巻末には第12回創元SF短編賞受賞作が掲載されている。優秀賞の溝渕久美子「神の豚」は、新型インフルエンザ対策のためにすべての家畜が消えた2040年の台湾が舞台。「兄貴が豚になった」と下の兄から連絡があり、台北在住の主人公が郷里の三峡に帰省すると、実家にはかわい子豚が......。物語の主軸は、肥育した豚の重さを競う三峡伝統の神豚祭り。兄弟や友人たちとの関係含めめちゃくちゃ面白いが、面白いところはSFじゃないよね──という理由で優秀賞に留まった模様。高山羽根子「うどん キツネつきの」パターンか。正賞を受賞した松樹凛「射手座の香る夏」は人間の意識を動物の体に転送する違法技術を核にしたまっとうなSFだが、そのぶん粗も目立ち、面白いかどうかはまた別問題。両者を足して2で割るとちょうどいいかも。

 続いて韓国発のSF/ファンタジーを3冊。チョン・ソンラン『千個の青』(カン・バンファ訳/早川書房)★★★½は、ヒト型ロボットが競馬の騎手を務める近未来を背景にしたヤングアダルトSF。導入はカズオ・イシグロ『クララとお日さま』風だが、主役は壊れた騎手ロボット(コリーと命名される)を買いとって修理するヨンジェ(15歳)と、小児麻痺を患い車椅子で暮らすウネ(17歳)の姉妹。関節を痛めて走れなくなったトゥデイ(かつてコリーが騎乗して名を馳せた競走馬)をなんとか救うべく、姉妹はコリーとともに作戦を練る。コースを外れた者たちの再生の物語は感動的だが、SFとしては設定に穴が多すぎる気が。

"号泣度100%!!"と謳うイ・コンニム『世界を超えて私はあなたに会いに行く』(矢島暁子訳/KADOKAWA)★★½は、帯に"タイムリープ物語"とあるが、中身は手紙だけで構成された時代差通信もの。"ゆっくり届く郵便ポスト"(韓国に実在するらしい)に2016年のウニュ(15歳)が投函した自分宛ての手紙が1982年の同名の別人(9歳)に届き、文通が始まるが、なぜか過去側のウニュのほうが時間の進行が速く、どんどん成長してゆく。未来のウニュは母親を知らず、過去のウニュが母親探しに協力するが......。こちらは展開が読めすぎてつらい。

 キム・ドンシク『世界でいちばん弱い妖怪』(吉川凪訳/小学館)★★★はある日とつぜん妖怪/宇宙人/悪魔その他が現れるところから始まる星新一風ショートショート集。所有する資産に応じて人間の体が巨大化する「財産を隠せない世界」とか、妖怪の鍋に浸かると健康になるので志願者が殺到する「ダシを取る妖怪」とか、男子小学生的な楽しさ満載。

 カクヨム発の橋本ツカサ『人間レベル』(KADOKAWA)★★★も、とつぜん現れた神様が無茶をする話。全人類に人間レベルが設定され、死後に天国に行くか地獄に行くかはポイントで決まることになり、人々は点数稼ぎの善行に血道をあげる。特殊設定の導入で哲学的な問題にわかりやすくアプローチする寓話だが、ある意味これは、内申点で合否が決まる高校受験のメタファーかも。

『円 劉慈欣短篇集』(大森望・泊功・齊藤正高訳/早川書房)は、全13編を収める初の邦訳作品集。「郷村教師」に唖然、「詩雲」に茫然、「栄光と夢」に戦慄。『ベストSF2021』(大森望編)は、竹書房文庫に移って2冊目の年刊SF傑作選。全11篇収録。

 最後に、浅羽通明『星新一の思想 予見・冷笑・賢慮のひと』(筑摩選書)は、ひたすら作品を読み込んで分析し、最相葉月の評伝とは逆方向から星新一にアプローチする。感情や人物をほとんど描かない理由をASD(アスペルガー症候群)的な気質に求めるなど、独自の視点が刺激的だ。

(本の雑誌 2022年1月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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