ダントツに面白い韓国SF『極めて私的な超能力』に注目!

文=大森望

  • 極めて私的な超能力 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『極めて私的な超能力 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    チャン ガンミョン,吉良 佳奈江
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • デスパーク (ハヤカワ文庫SF)
  • 『デスパーク (ハヤカワ文庫SF)』
    ガイ・モーパス,田辺 千幸
    早川書房
    1,430円(税込)
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  • 神々の歩法 (創元日本SF叢書)
  • 『神々の歩法 (創元日本SF叢書)』
    宮澤 伊織
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • 三体X 観想之宙
  • 『三体X 観想之宙』
    宝樹,大森 望,光吉 さくら,ワン チャイ
    早川書房
    2,090円(税込)
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 中国SFに続いて韓国SFの邦訳も増えているが、SF的な面白さでは、《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》から出たチャン・ガンミョンの短篇集『極めて私的な超能力』(吉良佳奈江訳)★★★★★がダントツ1位。10篇の収録作の中では、ハンナ・アーレントの大著『エルサレムのアイヒマン』をSF的に語り直す「アラスカのアイヒマン」がとりわけ凄まじい。戦後、アラスカにユダヤ人自治区が建設された改変歴史世界(シェイボン『ユダヤ警官同盟』の本歌取り)で、アイヒマン裁判が結審し、史実どおり死刑判決が下る。折しも、他人の〈情緒−記憶〉を移植できる〈体験機械〉が誕生。被害者の苦しみを味わわせるため、アイヒマンはアウシュビッツを生き延びたユダヤ人の記憶を体験することになる。アイヒマン側の条件は、自分の記憶をユダヤ人被験者に移植すること。前代未聞の"記憶交換"の結果、いったい何が起きるのか?

 どう書いても差し障りがありそうだが、著者は意外なツイストをはさみ、考え抜かれた着地を決める。731部隊を扱ったケン・リュウ「歴史を終わらせた男──ドキュメンタリー」や小川哲『地図と拳』(後述)と一緒に読みたい。

 かと思うと、100ページ近い中篇「アスタチン」は超人たちの跡目争いを描く超かっこいいスーパーヒーロー活劇。マーヴェル映画(ソー/ロキ)風かと思ったら、発想の原点はなんと劇場版『超人ロック』(!)だとか(SFマガジン8月号の著者インタビューより)。表題作は〈千里眼〉と〈記憶除去者〉の恋を描く洒落た異能ロマンス掌篇。「センサス・コムニス」は東浩紀『一般意志2.0』への回答みたいな政治SF。「データの時代の愛」は、テクノロジーによる人間社会の変化を描くテッド・チャン風の短篇。著者(1975年、ソウル生まれ)は社会派寄りの一般文芸がホームグラウンドらしいが、SFを専門としない作家とは思えないほど現代SFの文法とSF読者のツボを押さえている。

 小川哲ひさびさの長篇『地図と拳』★★★★★は、5年待った甲斐のある空想歴史小説巨篇。狭義のSFではないので(とはいえ『ゲームの王国』上巻くらいのSF性はある)、詳細は古山ページに譲るが、戦前戦中の満州で『百年の孤独』をやり抜く(マコンド的な架空の街を建設する)勇気と筆力には茫然とするしかない。今年の日本SFベスト1有力候補。

 ガイ・モーパスのデビュー作『デスパーク』(田辺千幸訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★は、一つの体を5人で共有する"コミューン"から人格の一つが忽然と消えた殺人格事件を巡るSFミステリ。舞台は、様々なVRゲームで寿命をやりとりするデスパーク。SFというより特殊設定ミステリだが、可読性は抜群。パズラー的な謎解きより、どんでん返しと怒濤の伏線回収に主眼がある。

 宮澤伊織『神々の歩法』(創元日本SF叢書)★★★★は、第6回創元SF短編賞を受賞した表題作に続篇3篇を加え、7年がかりで長篇化した派手なスーパーヒーロー活劇。超新星爆発で吹き飛ばされた高次元の知性体の一部が地球に落下。人間と融合し、巨大なパワーを持つ"憑依体"となって暴走する。憑依体を止められるのは憑依体だけ。人類の命運は、チェコ人の少女ニーナと、その体内にいる気鬱の高次元知性体〈船長〉に託された......。

 ニーナのサポート役(子守役)の米軍戦争サイボーグ部隊はさながら科特隊で、まるで『シン・ウルトラマン』の先取りみたいだが、次々に現れる憑依体(≒怪獣)と戦う一話完結フォーマットを守りつつ、最終話では映像的な見せ場に活字SFならではの理屈をプラスし、壮大な本格SFに変貌させる。これぞ空想科学特撮小説の神髄。

 斧田小夜『ギークに銃はいらない』(破滅派)★★★★は、「飲鴆止渇」で2019年の第10回創元SF短編賞優秀賞を受賞した著者のデビュー単行本となる全4篇のSF作品集。第3回ゲンロンSF新人賞優秀賞受賞作を改題改稿した「眠れぬ夜のバックファイア」は顧客に夢を見せることで睡眠を改善するデバイスを媒介に、機能不全家族からの脱出を試みる、テッド・チャン的なテクノロジー小説。表題作はベイエリアのダメ高校生がコードと社会に目覚める、泣けるギーク青春小説の名作。書き下ろしの「冬を牽く」は、異世界ファンタジー風の中篇「春を負う」を受けて、意外な裏側を見せる。

 藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』(新潮社)★★★★½は日本ファンタジーノベル大賞2021大賞受賞作。主人公の孫一郎は、父親の死後、家業の呉服屋を弟に譲り、28歳の若さで楽隠居。父親が遺した屋敷で暮らしはじめたところ、池に棲む人魚おたつに見初められ、「ね、おたつね、孫一郎と夫婦になってあげようと思うの。嬉しいでしょう」と上から目線で求婚される。困った孫一郎は、おたつにせがまれるまま、"人と人じゃないもの"の恋が悲劇に終わる物語(「猿婿」や「つらら女」や「蛇女房」)を独自バージョンで語って聞かせるが......。これら異類婚姻譚はそれぞれが独特の残酷さとグロテスクさと美しさを持ち、強烈な印象を与える。孫一郎の語りがくりかえされるうちに季節は移ろい、二人の関係も少しずつ変化し、やがて"これしかないという結末"(恩田陸)へと向かう。

 最後に宝樹『三体X 観想之宙』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/早川書房)は、熱烈な《三体》ファンだったアマチュア時代の著者によるネット上の(主に『死神永生』の)二次創作が劉慈欣の許諾を得て本家版元から刊行された公式スピンオフ。オタクの妄想もこれだけ極めれば立派。

(本の雑誌 2022年9月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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