辻堂ゆめ『君といた日の続き』のダメ押し展開がすごい!

文=酒井貞道

  • 不知火判事の比類なき被告人質問
  • 『不知火判事の比類なき被告人質問』
    矢樹 純
    双葉社
    1,815円(税込)
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  • 赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。
  • 『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』
    青柳 碧人
    双葉社
    1,540円(税込)
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《本の雑誌》読者の皆様、お久しぶりの方はお久しぶりです。今月から新刊国内ミステリのガイドを務める酒井貞道です。当ジャンルは今や百花繚乱、種類も豊富で、毎月目移り必至。一緒に楽しんでいきましょう。

 では早速、今月のイチオシから始めよう。辻堂ゆめ『君といた日の続き』(新潮社)は、八〇年代から二〇二一年にタイムスリップしてきた少女ちぃ子を、中年男性・友永譲が保護し一時同居する物語である。友永の一人称で進む本作のポイントは、友永が幼い娘を亡くして妻とも離婚し、引きこもり気味の孤独な生活を送っていることである。彼は明らかに、娘の死を契機に虚無感を抱えている。仕事はして日々の糧は得ているものの、妙に達観した一人称叙述には、隠遁や世捨ての雰囲気が色濃い。そんな彼の生活に、亡き娘と近い年頃の少女が加わるのだ。色褪せた暮らしが急に色鮮やかになったかのような空気の変化が見事に活写される。だがちぃ子は彼の娘ではない。それどころか、いずれ元の時間に戻る可能性も高い。楽しい生活の描写は、どうしようもない切なさや儚さを湛えていて素敵である。そして中盤で、ちぃ子と友永の意外な関係が判明し、物語は更に深化する。だが辻堂ゆめは終盤でさらにもう一段、ダメ押しの展開を用意している。相当量の伏線に支えられた《意外な真相》が提示された時、タイトルの真の意味が明らかにされ、ちぃ子のことが一層鮮烈に読者の記憶に刻まれる。詳細は語れないが、物語の余韻もとても美しい。

 水生大海『女の敵には向かない職業』(光文社)は、主役である漫画家志望者・彩華の印象が良い。彼女は勤務先が倒産したので上京し、憧れの漫画家・香蓮のアシスタントに就く。だがその職場では、香蓮の弟で漫画家の神薙によるハラスメントが横行していた。さらには、ネーム画流出、ストーカー騒動、挙句の果てには公園で人が血を流して倒れている事件など、事件が続発する。

 種々のトラブルは、ミステリらしく、必要十分な伏線やヒントを備えている。それ以上に物語の主軸を成すのは、女の敵たる神薙への対抗だ。神薙は、実質的上司、漫画家としての先達、そして年上で男性(しかも仕事場唯一の男性)であることに依存してマンスプレイニングをしてくる。神薙は、妹の香蓮ほどの才能も実績もないが、とてつもなく偉そうであり、プライドが高く自信過剰である。漫画家ではなくてもよくいますよね、こういうつまらない人間。そんな彼に、彩華は都度きっちり、鮮やかに反論し、神薙は彩華を扱いあぐねる。主役にストレスを与え続けて心を折る(あるいは折る寸前まで行く)ことで物語の緊張感を維持するタイプの小説では、これはない。十分に強靭な精神を宿した主人公が、理不尽にしっかり対抗する小説なのである。彼女のこの性格は、先述の続発するトラブルへの対処でも発揮される。題材はシリアスだが、終始快適に楽しく読める。これは大きい。

 続いては『不知火判事の比類なき被告人質問』(双葉社)である。これまで家庭を舞台にした作品を多く書いてきた矢樹純の新生面と言える連作であり、収録五篇いずれも、不知火という変わり者の裁判官が、刑事事件の公判で謎を解き、しかも毎回、被告人質問で予想外な裁判官質問をして、他の判事、被告、検察、弁護人、傍聴者の度肝を抜く、という形式をとる。ちょっとした気づきで事件の様相がぐるりと反転する。最初の「二人分の殺意」は推理がやや強引だが、続く四篇はクオリティが落ち着いているので、騙されたい人は是非。

 月村了衛『十三夜の焔』(集英社)は、江戸幕府の番方にして剣の達人・喬十郎と、闇社会で生き、後には両替商として表に出て来る千吉の、五十年以上にわたる因縁を抱いた時代小説である。喬十郎は男女が刺殺され倒れている場面に遭遇し、凶器を持って立っていた千吉を見咎めるが、逃げられてしまう。そこから事態は幕府の根幹、それも金勘定の実態に繋がっていく。闇は深い。

 半世紀もすったもんだするのだから、主人公を代替わりさせても良かったはずだが、作者は、あくまでダブル主人公同士の個対個の因縁劇を維持することに拘った。これは奏功しており、個人主義が進んだ現代の読者にとって、双方の執念はより理解しやすくなった。また、後続の世代の因縁からの解放は、明治維新のカウントダウンが始まった時代設定に即しており、幕府の支配体制の黄昏を予感させる。主人公組の家族の描写が丹念なのもポイントだろう。

 また、豪華ゲストが二人も主要人物として出て来るのが憎い。一人は章題に名が出ていますがここでは伏せます。時代小説や時代劇に暗い私でも知っている、超有名人ですよ。

 最後に挙げるのは、大評判をとったシリーズ先行作品に負けない内容にきっちり仕上げてきた、青柳碧人『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』(双葉社)である。第三弾に当たる本作も連作短篇集(四篇収録)であり、赤ずきんが主人公に復帰。連作を通したネタはピノキオの身体探しで、白雪姫、ハーメルンの笛吹き男、ブレーメンの音楽隊、三匹の子豚などが単発ネタとして扱われる。魔法等の非現実的な要素に一定のルールを設定して、ロジックが通用する状態に整地した後で、トリックを丁寧に仕掛ける。この点が最も上手いのは「女たちの毒リンゴ」だと思うが、これは好みの問題で、他の三篇もいずれ劣らぬ立派な出来栄え。ピノキオの鼻が嘘をつくと伸びることをアクションに利用(!)するなど、小ネタも決まっている。謎解きを愉快に楽しみたい人には、特にオススメします。

(本の雑誌 2023年1月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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