"いま、そこにある未来"を描く『マシンフッド宣言』

文=大森望

  • マシンフッド宣言 上 (ハヤカワ文庫SF SFテ 12-1)
  • 『マシンフッド宣言 上 (ハヤカワ文庫SF SFテ 12-1)』
    S・B・ディヴィヤ,金子 浩
    早川書房
    1,320円(税込)
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  • マシンフッド宣言 下 (ハヤカワ文庫SF SFテ 12-2)
  • 『マシンフッド宣言 下 (ハヤカワ文庫SF SFテ 12-2)』
    S・B・ディヴィヤ,金子 浩
    早川書房
    1,320円(税込)
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  • フォワード 未来を視る6つのSF (ハヤカワ文庫SF)
  • 『フォワード 未来を視る6つのSF (ハヤカワ文庫SF)』
    ブレイク・クラウチ,ベロニカ・ロス,N・K・ジェミシン,エイモア・トールズ,ポール・トレンブレイ,アンディ・ウィアー,宇佐川 晶子,鳴庭 真人,小野田 和子,東野 さやか,幹 遙子,川野 靖子
    早川書房
    1,364円(税込)
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  • 惑う星
  • 『惑う星』
    リチャード・パワーズ,木原 善彦
    新潮社
    3,410円(税込)
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  • バイオスフィア不動産 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『バイオスフィア不動産 (ハヤカワ文庫JA)』
    周藤 蓮
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)
  • 『シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)』
    松崎 有理
    東京創元社
    946円(税込)
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  • 清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた
  • 『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』
    佐川 恭一
    集英社
    1,870円(税込)
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 AI、VR、身体改変、汎用3Dプリンタ、環境汚染、監視社会......"いま、そこにある未来"を描くのはSFの本流だが、今月はその種の作品が揃った。

 インド生まれの米国人女性作家、S・B・ディヴィヤの第一長篇『マシンフッド宣言』(金子浩訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★½は、2022年のネビュラ賞候補作。時は2095年、多くの職がAIやロボットに任され、高度専門職にあぶれた人間は低賃金の請け負い仕事で食いつないでいる。元海兵隊特殊部隊員のウェルガは加速錠や集中錠などの錠剤で能力を強化し、民間の警護要員としてチームを率いているが、〈機械は同胞〉と名乗る謎の勢力に対象者を暗殺されてしまう。彼らは機械知性の権利を認めて権力を委譲せよと人類に迫り、最後通告を突きつける。キャリアと経験を買われて政府系捜査機関にスカウトされたウェルガは、マシンフッドを追う。一方、ウェルガの義妹にあたる遺伝子工学者ニティヤは、家庭内の問題に悩みつつも、義姉を苦しめるピルの副作用について調べるうち、ある重大な不正に突き当たる......。

 ハリウッド的なアクションとアクチュアルな問題を掛け合わせ、壮大なサスペンスを紡ぐ野心的な大作。著者は信号処理と高速通信の修士号を持つエンジニアとあって、ディテールはリアル。大量のアイデアと情報をこれでもかと詰め込んでいる分、読むのに時間がかかるが、基本は王道のSFエンターテインメントで、あくまでポジティヴなラストが清々しい。

 ブレイク・クラウチ編『フォワード 未来を視る6つのSF』(東野さやか他訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½は、テクノロジーによる変化をテーマにしたAmazon発のオリジナルアンソロジー。全6篇のベストは120頁を超える編者自身の中篇「夏の霜」。ゲーム中のNPCが不可解な挙動を見せたため、ゲームから切り離して膨大な量のデータを与えたところ、どんどん学習して成長し、やがて......というAIもの。お決まりの展開かと思いきや、意外な結末が待ち受ける。N・K・ジェミシン「エマージェンシー・スキン」は古めかしいアイデアに新しい皮をかぶせた懐メロSF。巻末のアンディ・ウィアー「乱数ジェネレーター」はカジノに量子コンピュータを導入して大儲け──みたいな話に鮮やかなオチをつける洒落たコンゲーム小説。他に、ベロニカ・ロス、エイモア・トールズ、ポール・トレンブレイが参加している。

 リチャード・パワーズ『惑う星』(木原善彦訳/新潮社)★★★★½は、シンプルで力強い父子小説。主人公のシーオは地球外生命を研究する生物学者。交通事故で母を亡くしてから情緒不安定に陥った9歳の息子ロビンの治療のため、妻の友人だった神経学者が研究しているAIを使った神経フィードバック実験に息子を参加させる。実験に使われるデータは生前の妻が被験者として提供した脳神経パターンだった。セッションを重ねるにつれ、ロビンの精神状態はみるみる安定。さらには驚くべき聡明さを発揮し、母親しか知らないはずの知識まで獲得しはじめる......。

「21世紀の"アルジャーノン"」という帯の惹句が思い切り先入観を与えそうだが、主眼はあくまで父と子の関係。さまざまな想像上の惑星の生態についてシーオが息子に語り聞かせるパートをはじめ、「これがパワーズの小説?」と思うほどのエモさにあふれ、みずからの子育てを省みてうなだれるしかない。ただし、SF的に見ると、あからさまにグレタ・トゥーンベリっぽいキャラがロビンのロールモデルになるとか、気候変動の扱いがストレートすぎる気が。

 周藤蓮『バイオスフィア不動産』(ハヤカワ文庫JA)★★★は、死ぬまで外に出ないで暮らせる住宅"バイオスフィアⅢ型建築"が全世界に普及した結果、生活様式が一変した未来が背景。全5話の連作形式で、住宅の管理を担当する後香不動産に勤めるアレイとユキオのコンビが顧客のさまざまなクレームに対応する。風変わりな連作ミステリとも言えるが、寓話的もしくは哲学漫画的な語り口がなんとも独特で、好き嫌いが分かれそう。

 松崎有理『シュレーディンガーの少女』(創元SF文庫)★★★½は、65歳になったら死ぬとか、太っているとクビになるとか、数学が禁止されているとか、サンマが絶滅したとか、いろんなタイプのディストピア(?)で闘う女性たちを描く全6篇の短篇集。量子自殺の思考実験を扱った書き下ろしの表題作が読ませる。

 佐川恭一『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』(集英社)★★★★は、小説すばる掲載の7篇に2篇を加えた短篇集。表題作は、超難関校でゆうゆう成績トップを独走する男子高校生がデコトラにはねられて清朝時代の中国の片田舎に暮らす若者に転生、憧れの女性のおしっこを飲ませてもらうために科挙のトップ合格を目指す......というスポ根受験もの。『ベストSF2022』に入れたいと最後まで迷った作品で、読み返してみるとやっぱり入れたかった気もするし入れなくてよかった気もする。どっちだ。あとは「普通科高校の魔法使い」が、くすっと笑える学園超能力もの。他のは全然SFじゃないけど、地方の大金持ちの息子(東大受験20浪中)が模試のA判定を記念して大宴会を開く「東大A判定記念パーティ」は全盛期の筒井康隆を思わせるエスカレーションがすさまじい。「すばる文学賞三次通過の女」もいいぞ。

 最後に冲方丁『骨灰』(KADOKAWA)★★★★は渋谷の再開発を軸に工事と祭祀の関係を描く超リアルな都市ホラー。これは怖いよ。

(本の雑誌 2023年2月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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