米澤穂信『栞と嘘の季節』の不穏なコンビが愛しい!

文=酒井貞道

  • 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
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  • 『ハートフル・ラブ (文春文庫 い 66-6)』
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 十代の多感な若者が、切り札──人を殺せる猛毒を手に入れたらどうなるのか? 『栞と嘘の季節』(集英社)は、この問いを追求する。高校の図書委員、堀川と松倉は、図書室でトリカブト製の栞を見つける。校舎裏にはトリカブトが栽培された形跡もあった。怪しい状況だが肝心の栞は、彼らの手から美少女と名高い生徒に奪われてしまう。やがて毒物の中毒者が発生する。思春期の人間の自意識が事件を誘発しており、米澤穂信らしい作品になっている。中毒者発生後の校内の、不穏な空気もまた良い。随所でなされる推理も、伏線と発想の飛躍に満ち、謎解き主体の小説を読む醍醐味に満ちている。前作『本と鍵の季節』と同じく、探偵役コンビは他者(お互いを含む)を警戒しており、引っ掛け合いすらやるので、なかなか真意が見えない。それがまた謎を深める。彼らは知人友人だと面倒だが、ミステリの登場人物としては愛惜措く能わずといったところだ。

 愛惜の対象としては、黒川博行『連鎖』(中央公論新社)の刑事コンビも捨てがたい。バツイチ煙草呑みギャンブル好きの礒野、映画オタクで肥満体の独身・上坂が、益体もないトークを関西弁で繰り広げながら捜査する。この時点で既に楽しい。悠然とした筆致は、登場人物が会話しているただそれだけのシーンを魅力的にするのである。せかせか読むのではなく、浸るように読んでほしいところだ。一方で事件内容はなかなかにハード。当初は行き詰った経営者が自殺しただけに見えた事件に、不審な点が複数浮かび、殺人が疑われ始める。以後は、捜査が進むに連れて闇が深まっていく。まさしくタイトル通り、連鎖的にのっぴきならない事態が判明してくる。そしてどんなに事件が深刻の度を増そうと、関西各地(京阪神に限らない)を振り回されようと、主役の刑事コンビの緩いノリは変わらない。黒川博行にしか書けない作品だろう。

 刑事小説としては、大沢在昌『黒石 新宿鮫Ⅻ』(光文社)も外せない。今回鮫島が挑むのは、中国残留孤児二世・三世のネットワーク「金石」に関連した事件だ。基本的には横で繋がる金石を、上意下達のピラミッド型組織に作り替えようと企む黒幕が、中心メンバーを殺し屋「黒石」を使って消している。鮫島はそれを察知するものの、金石は基本的にウェブ上の人間関係であり、鮫島はやりづらそうだ。新宿鮫も時代の波に揉まれております。他方、殺し屋黒石は自分をヒーローと思い込んでいる。今回の事件はサイコパスの拘りに満ちているのだ。ここ数作でできた新たな仲間も交えて、鮫島は黒石と黒幕に肉薄する。一匹狼ではなくなり、鮫島も丸くなったように思えるが、警官としての矜持にぶれはない。つまり彼は円熟したのだ。それは作家・大沢在昌の円熟でもあるのかもしれない。

 戸田義長『虹の涯』(東京創元社)は、幕末の水戸藩の天狗党で首魁格だった藤田小四郎を主役(探偵役)に据えた、連作時代ミステリである。史実では、尊王攘夷派である天狗党は挙兵して失敗し関係者が小四郎を含めて軒並み処分され、影響力を失う。そんな悲しい未来が確定している小四郎は、各篇で鋭い推理を披露し、謎を解く。父の死。蔵での密室殺人。商家での密室傷害事件。いずれの事件も真実に人の意志が薫る。白眉は四篇目にして最終話の「幾山河」だ。天狗党は上野で挙兵し、京都を目指す。道中の藩と戦闘しつつ、追ってくる幕府軍を警戒する中、武士たちが次々に惨殺されていく。《化人》と称される殺人鬼に浮き足立つ天狗党は、上京し本懐を遂げられるのか? いかにもミステリめいた人工的な謎を、史実に制約される時代小説にうまく落とし込んでいるのが印象的だ。天狗党が《末路》とも言うべき最期を迎えるのを知りながら読むと、得も言われぬ虚しさ、もののあはれが込み上げてくる。なおよく考えると小四郎は最終話でもまだ二十代前半である。その割には雰囲気が老成していたが、色恋沙汰だけは歳相応に見えていた。それは激動の人生を歩んだ若き藤田小四郎への、作者からの手向けであったかもしれない。

『密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック』(宝島社文庫)は、このミス大賞の文庫グランプリでデビューした鴨崎暖炉の二作目で、密室の謎が解けなければ刑事裁判で被告は無罪になるという判例が出た世界を舞台にしたシリーズの続篇である。今回は、若き富豪が孤島の邸宅で客を招いて行った密室ゲームで、本当に殺人が起きてしまう。副題通り実に七個も密室が生じ、前作から引き続き高校生トリオが謎解きに挑む。とはいえ一人は遊んでいるだけのような気もするし、掛け合いは概ねコントである。密室ミステリはややもすると閉塞感が出てトリックも渋くなりがちだが、本書は明るいし、話もテンポよく進む。トリックも衝撃度と完成度を両立しており、文句なしです。今世紀にこういう雰囲気の密室殺人が読めるとは思えなかった。しかも二作連続か。参りました。

 乾くるみ『ハートフル・ラブ』(文春文庫)は、恋愛にまつわる事件を扱った短篇が七篇収められている。読者または主人公の思い込みの隙を突く仕掛けが多く、今まで読んでいた物語の性格がガラリと変わる瞬間に、愛欲のままならなさがまろび出る。白眉は書き下ろしの「数学科の女」だろう。大学の講座で班分けされた五人組のうち、紅一点は美女だった。牽制し合う理系男子たち。乾くるみファンなら、逃げろ男どもと叫びたい状況であり、作者はその期待に応えてか、予想以上のシニカルな展開を用意する。そうそう、これこれ。

(本の雑誌 2023年2月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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