西暦80万年の小説からゴリラ裁判まで新春新人ショーだ!

文=大森望

  • 禁断領域 イックンジュッキの棲む森 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『禁断領域 イックンジュッキの棲む森 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    美原 さつき
    宝島社
    850円(税込)
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  • 秘伝隠岐七番歌合 第5回ゲンロンSF新人賞受賞作 ゲンロンSF文庫
  • 『秘伝隠岐七番歌合 第5回ゲンロンSF新人賞受賞作 ゲンロンSF文庫』
    田場狩,大森望
    株式会社ゲンロン
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  • 水溶性のダンス 第5回ゲンロンSF新人賞受賞作 ゲンロンSF文庫
  • 『水溶性のダンス 第5回ゲンロンSF新人賞受賞作 ゲンロンSF文庫』
    河野咲子,大森望
    株式会社ゲンロン
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  • 令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法
  • 『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』
    新川 帆立
    集英社
    1,815円(税込)
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  • 地球の果ての温室で
  • 『地球の果ての温室で』
    キム・チョヨプ,カン・バンファ
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • ミッキー7 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ミッキー7 (ハヤカワ文庫SF)』
    エドワード・アシュトン,大谷 真弓
    早川書房
    1,210円(税込)
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 今月は、新春シャンソン......じゃなくて新春新人ショーを勝手に開催する。まずは第10回ハヤカワSFコンテスト受賞作から。大賞を射止めた小川楽喜『標本作家』(早川書房)★★★½は、人類文明がとっくに滅亡した西暦80万2700年(ウエルズ「タイム・マシン」の航時者が赴く年の前年)の地球で始まる。高等知的生命体"玲伎種"は、人類文化を研究するため、ロンドンの跡地に〈終古の人籃〉と呼ばれる施設をつくり、標本として集めたさまざまな時代の小説家たちに不老処置を施して小説を書かせている。頂点に立つ"文人十傑"のモデル(推定)は、オスカー・ワイルド、オラフ・ステープルドン、ルイス・キャロル、メアリ・シェリーから太宰治まで多種多様。設定はSFだが、超文明の技術がスーパーすぎて幻想小説(物故した有名画家たちを集める藤原無雨『その午後、巨匠たちは、』とか)とあまり区別がつかない。24世紀や28世紀以降の小説を妄想する蛮勇はすばらしいが、オリジナルの作中作でもっと驚かせてほしかった気も。ちなみに著者は元グループSNEの人です。

 一方、インパクトというかクセの強さで圧倒するのが、同賞特別賞の塩崎ツトム『ダイダロス』(早川書房)★★★★。1970年代(推定)のマット・グロッソの密林を舞台に、ナチ残党のマッドサイエンティストと日系ブラジル移民の勝ち組(日本の敗戦を信じない人々)とレヴィ=ストロースの一番弟子だという人類学者が入り乱れ、モロー博士×『闇の奥』+陰謀論みたいな濃密な物語を展開する。エログロバイオレンス満載で恐ろしくアクが強く、途中で胸焼けするが、ラストは大仕掛けが炸裂、SFとして決着する。『標本作家』とはいろんな意味で好対照。

 対してコンゴの密林を舞台とするのが、第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作、美原さつき『禁断領域 イックンジュッキの棲む森』(宝島社文庫七七三円)★★★½。基本はマイクル・クライトン『失われた黄金都市』の現代版みたいな秘境冒険小説だが、未知の霊長類をめぐる謎解きにはSF味がある。

 人間と他の霊長類を分けるものは何か? という同書の問いは、須藤古都離のメフィスト賞受賞作『ゴリラ裁判の日』(講談社)★★★½にも共通する。ただしこちらは法廷もの。手話が使えるゴリラのローズが、"伴侶"を射殺した動物園を相手取って賠償請求の裁判を起こす。SF的にはヴェルコール『人獣裁判』やアシモフ短編「バイセンテニアル・マン」(映画『アンドリューNDR114』の原作)の系譜だが、小説的にはローズのキャラが中心になり、ぐいぐい読ませる。

 第5回ゲンロンSF新人賞を受賞した中篇2作も、それぞれ単独でゲンロンSF文庫から電子書籍として刊行されている。田場狩『秘伝隠岐七番歌合』★★★★は後鳥羽上皇が宇宙人と和歌で対決する劉慈欣ばりのバカSF。河野咲子『水溶性のダンス』★★★½は美しい文章で紡がれた異世界幻想SF。

 新人賞祭りは以上。新川帆立『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社一六五〇円)★★★½は著者初のSF連作集。それぞれ元号の漢字が違う六つの世界(礼和、麗和、冷和...)を舞台に、架空の法律がからむ六つの短篇を収める。第1話は奇しくもこれまた霊長類が出てくる「動物裁判」。こちらは原告が猫のココアで、被告がボノボのレオ。チャンネル登録者数50万の人気配信者ココアがレオの性的行動で生じた損害の賠償を求めて訴えるが......。きれいなどんでん返しを経て結末のひねりが鮮やかに決まる。他にも、酒は家で妻が造るのが常識とされる社会を描く「自家醸造の女」など風刺色の濃い作品も多く、どことなく懐かしさが漂う。

 桃野雑派『星くずの殺人』(講談社)★★★½は、中国武侠小説+本格ミステリだった乱歩賞受賞の前作『老虎残夢』から一転、宇宙が舞台。モニターツアーで宇宙ホテル『星くず』を訪れた一行は、到着早々、無重力下に浮かぶ首吊り死体に遭遇。やがて第二、第三の事件が......。ハウダニットが眼目かと思いきや、最後に明かされる壮大なホワイダニットが小説のキモになる。

 続いて海外長篇が2作。キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』(カン・バンファ訳/早川書房)★★★½は、ダストと呼ばれる塵状の毒性物質が世界に蔓延し、動植物のほとんどが死に絶えた災害から60年を経た22世紀。人口は激減したものの、人類文明はなんとか復興。異常繁殖しているという蔓植物モスバナを調査すべく現地へ赴いた植物生態学者アヨンは、この世界を復興させた立役者のひとりとされる女性ナオミと遭遇。ナオミはダスト時代の秘められた過去を語り出す。男性がほとんど登場せず、百合小説の要素もあるが、結末の印象は意外にも『三体』と近い。

 エドワード・アシュトン『ミッキー7』(大谷真弓訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½の主役は、死んでもすぐ復活できる使い捨て人間。惑星開拓部隊の中でもとりわけ危険な任務につく。ミッキーはすでに6度の死を経験し、現在の体は7番目。任務中、凶暴な原住生物(通称ムカデ)がうようよするクレバスに転落し、死亡と処理されるが、なぜか巨大ムカデに救われて生還。しかし帰り着いた基地の自室にはミッキー8が! 司令官にバレたらどちらか(もしくは両方)が処分される。二人はなんとか共存の道を探るが......。自分の恋人を自分と奪い合うおなじみの展開から、想像の斜め上にジャンプするが、SF的にはありがちな結末に落ち着く。うーん、この安心感。

(本の雑誌 2023年4月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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