年間ベスト級の作品集『ガーンズバック変換』と『回樹』に◎!

文=大森望

  • 蘇りし銃 (創元SF文庫)
  • 『蘇りし銃 (創元SF文庫)』
    ユーン・ハ・リー,赤尾 秀子
    東京創元社
    1,650円(税込)
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  • 輝石の空 (創元SF文庫)
  • 『輝石の空 (創元SF文庫)』
    N・K・ジェミシン,小野田和子
    東京創元社
    1,650円(税込)
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  • チェコSF短編小説集 2: カレル・チャペック賞の作家たち (939;939) (平凡社ライブラリー 939)
  • 『チェコSF短編小説集 2: カレル・チャペック賞の作家たち (939;939) (平凡社ライブラリー 939)』
    ヤロスラフ・オルシャ・jr.,ズデニェク・ランパス,平野 清美
    平凡社
    2,090円(税込)
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  • 火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集 (スタニスワフ・レム・コレクション)
  • 『火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集 (スタニスワフ・レム・コレクション)』
    スタニスワフ・レム,沼野充義,芝田文乃,木原槙子
    国書刊行会
    2,970円(税込)
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  • ガーンズバック変換
  • 『ガーンズバック変換』
    陸 秋槎,大久保 洋子,稲村 文吾,阿井 幸作
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • 現代SF小説ガイドブック 可能性の文学 (ele-king books)
  • 『現代SF小説ガイドブック 可能性の文学 (ele-king books)』
    池澤 春菜
    Pヴァイン
    1,980円(税込)
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  • 「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門
  • 『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』
    冬木 糸一
    ダイヤモンド社
    1,980円(税込)
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 創元SF文庫から、2010年代を代表する三部作の完結編が相次いで刊行された。1月に出たユーン・ハ・リー『蘇りし銃』(赤尾秀子訳/創元SF文庫)★★★½は『ナインフォックスの覚醒』『レイヴンの奸計』に続く《六連合》の第3部。傷だらけの壮年の肉体の中で目を覚ました17歳のジェダオは、ニライ属の総裁クジェンから、おまえは戦略の天才だと告げられる。史上最悪の反逆者の自覚はおろか兵士としての記憶さえないまま巨大艦の指揮を任された彼の運命やいかに。

 ......というわけで、前巻までの主人公チェリスが出てこないまま話が進み、中盤を過ぎてから驚愕の事実が明かされる。登場人物のキャラが立っているので楽しく読めるが、戦闘シーンが少ない分、やや地味な印象。

 それよりもっと地味なのが、『第五の季節』『オベリスクの門』に続く《破壊された地球》の第3部、N・K・ジェミシン『輝石の空』(小野田和子訳/創元SF文庫)★★★。3作(3年)連続となるヒューゴー賞に加え、ネビュラ賞とローカス賞(ファンタジー長編部門)も獲得して斯界の頂点を極めた恰好だが、どうも生真面目すぎて肩が凝るというか、中盤はかなり読むのがつらい。怒濤のクライマックスでファンタジー的な設定をSFに回収した前巻と比べると、今回はラストもあまりぱっとしないしねえ。まあ、「いろいろ大変だったで賞」くらいはあげたい。

『チェコSF短編小説集2 カレル・チャペック賞の作家たち』(ヤロスラフ・オルシャ・jr.+ズデニェク・ランパス編、平野清美編訳/平凡社ライブラリー)★★★½は、4年半ぶりに出たチェコSFアンソロジー。今回は、チェコの公募SF賞受賞作および受賞作家の作品13篇(1982~92年)を集める。初期のシェクリイやブラウン、星新一を思わせる寓話的風刺SFが多いが、巻頭のネフ「口径七・六二ミリの白杖」は異星の侵略者を撃退する任務に全盲のスタントマンがスカウトされる痛快SFアクション(発想源はデアデビルじゃなくて座頭市らしい)。プロハースカ「......および次元喪失の刑に処す」は刑罰で二次元化されたペラペラ人間の話。ヴァイス「片肘だけの六ヶ月」は、厳格なイスラム法が支配する社会から落ちこぼれた少年が過酷な刑罰を課せられるディストピア小説。象徴的に使われるビートルズの曲が切なく響く。

 スタニスワフ・レム『火星からの来訪者 知られざるレム初期作品集』(沼野充義、芝田文乃、木原槙子訳/国書刊行会)★★★½は、1946年に発表されたレム初のSFにして小説デビュー作にあたる表題作が全体の半分を占める。アメリカに墜落した隕石から見つかった"火星人"(生物とも機械ともつかない)との意思疎通をはかるチームに呼ばれた主人公の視点からファースト・コンタクト(もしくはその失敗)が描かれる。『ソラリス』初級編みたいな趣もあり、その後のレムのSF作家的成長を測る基準点にもなるが、レム自身が長く封印していたのも納得できる出来。併録の初期短編のうち、「異質」は中学生が本物(?)の永久機関をつくってしまう話。「ラインハルト作戦」はホロコーストを、「ヒロシマの男」は原爆投下を正面から描いたリアリズム小説で、20代のレムの恐るべき才能が垣間見える。

 早川書房からは、年間ベストを争う著者初のSF作品集が2冊。陸秋槎『ガーンズバック変換』(阿井幸作、稲村文吾、大久保洋子訳)★★★★½は、日本在住の著者が中国語で書いた短編8編を収める(うち6編は日本のSF媒体が初出)。表題作は、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例をエスカレートさせた近未来SF。『電脳コイル』全二十六話を女の子二人が徹夜で一気見するシーンがすばらしい。「開かれた世界から有限宇宙へ」は、リアリティにこだわる天才肌のゲームデザイナーに無茶振りされた主人公が、開発中のスマホゲームのための宇宙設定をでっちあげる羽目になる爆笑の"日常SF"。最高によくできた架空SF作家評伝「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」は、パスティーシュの技術が冴え渡る。巻末の百合SFミステリ「色のない緑」は『ベストSF2020』にも採録された傑作。

 対する斜線堂有紀『回樹』★★★★½は、21~22年にSF媒体に掲載された5編に書き下ろしを加えた全6編を収録。ネタの転がし方の意外性では、『2084年のSF』初出の奇想小説「BTTF葬送」が圧倒的に面白い。『新しい世界を生きるための14のSF』に採録された表題作と書き下ろしの姉妹編「回祭」も年間ベスト級だが、小説的インパクトでは、骨の表面に文字を刻む技術が短期的に流行する「骨刻」が上回る。新たなテクノロジーが社会や個人にもたらす影響を考察する点ではテッド・チャン的だが、発想が独特というか、SF作家離れしている。もっとも、人間の死体が腐らなくなったら──という仮定から出発する「不滅」の展開は、さすがにちょっと無理があるかも。

 ガイドブックが2冊。池澤春菜監修『現代SF小説ガイドブック 可能性の文学』(Pヴァイン)は、"いま読むべき作家"にスポットをあてた海外50人・国内50人のSF作家ガイドと各種テーマ別コラム(+翻訳SF出版を語る編集者座談会)で"SFの現在"を200ページ弱に圧縮する、新鮮なコンセプトの1冊。対する冬木糸一『SF超入門 「これから何が起こるのか」を知るための教養』(ダイヤモンド社)は、現代的なテーマに合わせて選んだ56本のSF書評を集める。こちらはビジネス書ふうの作りで、SFの立ち位置の変化を実感させてくれる。

(本の雑誌 2023年5月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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