夢の内外で展開する篠谷巧の技に油断禁物だ!

文=酒井貞道

  • 君のいたずらが僕の世界を変える 食べもの探偵トモアキの事件簿 (宝島社文庫)
  • 『君のいたずらが僕の世界を変える 食べもの探偵トモアキの事件簿 (宝島社文庫)』
    篠谷 巧,銀行
    宝島社
    770円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 意識不明になった主人公の目を覚ますため、ヒロインが枕元で、高校時代に描かれた、主人公の黒歴史である連作漫画を大声で朗読する。共感性羞恥で読者にもダメージが入りかねないこの鬼畜の所業が、篠谷巧『君のいたずらが僕の世界を変える 食べもの探偵トモアキの事件簿』(宝島社文庫)で実際に起きることの全てだ。

 ただし主人公・宇佐見太一にとっては違う。昏睡中の彼は、自身の漫画《食べもの探偵トモアキの事件簿》の世界で助手をする夢を見ているのである。そこでは探偵トモアキが、宇佐見の記憶通り、食品と話ができる異能で雑に推理し雑に活躍する。しかし徐々に、この作品世界が太一の記憶からずれ始めるのだ。中盤では夢の世界の前提が崩れる事態も生じ、物語は手に汗握る展開を迎えるのである。感心したのは伏線回収で、夢の内外に様々な材料が配されていたのがわかる。食べもの探偵の世界が大雑把に見えるのに油断していると、やられますよ。

 望月諒子『野火の夜』(新潮社)は、題名の意味がなかなか判明しない。しかしわかった途端に、鮮烈度と規模感が跳ね上がる。

 関東一円で血の付いた旧五千円札が次々見つかる。豪雨で増水した千葉県君津市の河でジャーナリストが水死する。雑誌ライター木部美智子の元に二つの事件の情報が集まり、背景に愛媛県の由良半島で起きた素封家の放火殺人が浮かび上がる。ということで火事は出て来るのだが、首都圏、内房、由良半島と、二十世紀後半以降に「野火」は起きそうにない場所ばかりが舞台となる。ではこの題名は何か?

 実は物語は由良半島から更に飛び、もう一世代遡った因縁が描かれる。ここで野火が登場し、事件同士の関係性も定まる。ここからの作者の筆のノリが凄い。それまで丁寧に進められていた取材は一気にスピードを上げ、木部の発想も飛躍、各事件の真相に迫る。そしてそれぞれに明確な落とし前を付けるのである。事件構図を解き明かす工程と、その宿命や業とを、(特に後半で)強烈に描ききった傑作である。

 麻耶雄嵩『化石少女と七つの冒険』(徳間書店)は、京都市北部のペルム学園を舞台に、古生物部の神舞まりあが、桑島彰をお供に、学園で起きる殺人事件を推理する連作の第二短篇集である。この高校はなぜか殺人事件が頻発している。まりあは毎度、素晴らしい推理を披露して名探偵になると大張り切りなのだが、ある事情から、まりあに名探偵としての自覚を持たせてはならないと、彰がまりあの正しい推理を間違いだと誤解させるべく頑張る。このコンセプト自体は前作と同様だ。今回の問題は、ここに一つの攪乱要因が混入することである。まりあの周囲の人間関係は、知らぬはまりあばかりなりの状態のまま、異常性をいや増すのである。また作者は事態を一気に変化させず、じわじわと変容させて不穏を煽る。事件を一つではなく七つ用意したのはこのためだろう。前作も衝撃的な結末を迎えたが、今回はそれ以上だ。名探偵という存在の特殊性をテーマにこだわる麻耶雄嵩らしい、優れておぞましい物語である。

 天祢涼『彼女はひとり闇の中』(光文社)は真相を上手に隠せている佳品だ。本書は、大学生の主人公・千弦が幼馴染の玲奈が殺された事件の謎を追う物語だ。殺害前日に、玲奈は千弦に相談を予告しており、彼女が何を悩んでいたかが当面の調査の焦点となる。やがて被害者のゼミの教官・葛葉が妙な態度をとり、千弦は何者かに付け回され始めた。

 主要登場人物の数は少なく、ストーリーは展開が速い。謎自体もそう複雑ではない。ということで簡単に解けそうなのに、真相はなかなか見えてこないのである。伏線の張り方や記述は非常にフェアで、動機すら推定可能となっていて、これは完全に作者の技ありである。最終的には現代の家族の問題がクローズアップされる。その表明の仕方も良く、ミステリ的な驚愕を全く邪魔しない。天祢涼をこんなに上手いと思ったのは初めてです。参りました。

 青柳碧人『クワトロ・フォルマッジ』(光文社)は、ピザ・レストランの夜間営業中に客が毒殺された事件を、居合わせた店員四名それぞれの視点から描く謎解き小説だ。四人とは順に店長代理・仁志、アルバイトの女子大生・映里、厨房担当・久美、ピザを焼く伸也である。全員が面倒な性格や事情を有するのが特徴だ。たとえば仁志は、目の前の人に言いくるめられて、家族に相談せず軽挙妄動する傾向がある。彼が離婚した原因は間違いなくこれ。また仁志を除く三人は、事情が隠し事で、中盤までは本人以外には読者しか知らない情報が多い。このため、死体を前にした登場人物のやり取りは読者から見ればコメディ色が強くなる。四人以外に警察や仁志の娘もやって来て、状況が明るい混迷を深めた果てに、一気に伏線が回収されて驚きの真相が提示される。これまた技ありの逸品だ。

 日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した柴田祐紀『60%』(光文社)は、派手で華麗なカリスマやくざ・柴崎を周囲の人物の視点から描く。マネーロンダリングに関する光と闇が鮮烈に打ち出されるが、柴崎は薔薇の花が舞う中で荒事をこなすなどして、言動にケレン味が増えていく。彼を見る周囲の目も偶像崇拝めいてきて、最後は真実と共に夢幻の彼方に消えていくのだ。ピカレスク・ロマンにおいて、リアリティ・レベルがこう設定されるのは面白い。賞の選考委員の中でも恩田陸のコメントが帯に採用されるのも納得だ。カネの力、裏社会の反社会的力学を、半ば幻想的に描いた力作である。

(本の雑誌 2023年5月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

酒井貞道 記事一覧 »