X・J・ジャオ『紅鉄鋼女』はノリノリのロボット格闘SFだ!

文=大森望

  • 鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF)』
    シーラン・ジェイ・ジャオ,中原 尚哉
    早川書房
    1,650円(税込)
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  • 人類の知らない言葉 (創元SF文庫)
  • 『人類の知らない言葉 (創元SF文庫)』
    エディ・ロブソン,茂木 健
    東京創元社
    1,540円(税込)
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  • 鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】
  • 『鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】』
    グレッグ・ベア,酒井 昭伸,小野田 和子
    早川書房
    3,190円(税込)
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  • 工作艦明石の孤独4 (ハヤカワ文庫JA JAハ 5-20)
  • 『工作艦明石の孤独4 (ハヤカワ文庫JA JAハ 5-20)』
    林 譲治
    早川書房
    1,100円(税込)
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 今月はSFど真ん中の注目作がどさどさ出ている。中でもイチ押しは、シーラン・ジェイ・ジャオ『紅鉄鋼女』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★½。中国生まれのカナダ人作家(ノンバイナリー)の第一長編となる、ライトノベル系巨大ロボット格闘SFの快作だ(2021年刊)。日本製TVアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』(2018年放送)に触発されたそうだが、舞台は中華風異世界(華夏)だし、メカ(霊蛹機)は"気"で動かすし、登場人物の名前その他も中国ネタ。男女ペアでメカに搭乗する設定以外、それほどダリフラ味はない(むしろ若干のエヴァ味があるかも)。

 敵は2千年前に宇宙から襲来した巨大生物、渾沌。その死骸からつくりだした巨大ヒト型兵器で人類は彼らに対抗、徐々に生活圏を奪い返しつつある。辺境の娘、則天は人類解放軍に入隊し、使い捨てにされるのを覚悟で妾女パイロットに志願するが......。訳文も含めノリノリのアクションと訓練と三角関係が楽しい。発売たちまちベストセラーになり、英国SF協会賞若年読者部門を受賞、世界16カ国で翻訳出版されているというのも納得の出来。続編が楽しみだ。

 エディ・ロブソン『人類の知らない言葉』(茂木健訳/創元SF文庫)★★★★は、異星人とのコミュニケーションをテーマにした英国発のコミカルなSFミステリ(2022年刊)。背景は、思念を用いて会話する異星文明ロジアとコンタクト友好関係を築いてから数十年を経た未来。主人公の思念通訳士リディアはロジ人の文化担当官フィッツの専属通訳として、ロジ大使館のあるマンハッタンで働く。原題 Drunk on All Your Strange New Wordsの通り、ロジ語の会話は長く続けると酩酊する作用がある。仕事の途中で前後不覚になり、翌朝めざめたリディアは、死体となったフィッツを発見する。容疑者のひとりにされた彼女の心に話しかけてきたのはフィッツそっくりの声。ロジ人の思念は死後もしばらくは地上にとどまるのだという。リディアは心ならずも彼とコンビを組み、事件の真相を探りはじめる......。わりとよくあるタイプのミステリかと思っていると後半で驚愕の展開が。リディアのぼやき芸と、ゲームオタクの母親がいい味を出してます。著者は1978年、英国生まれ。「ドクター・フー」などの脚本も多数手がけている。本書が第三長編。

 グレッグ・ベア『鏖戦/凍月』(酒井昭伸・小野田和子訳/早川書房)★★★★½は、昨年11月に世を去ったベアの代表的な本格SF2編を収める追悼出版的な中編集。ベア自身が自作のベスト1と語る「鏖戦」は、1984年のネビュラ賞受賞作(『80年代SF傑作選』所収)。はるかな未来を背景に、姿かたちがすっかり変貌した人類と異星種属セネクシとの長い長い戦いを描く。邦訳は酉島伝法『皆勤の徒』にも大きな影響を与えた。対する「凍月」は、かつてハヤカワ文庫SFから単独で邦訳されていた作品。近未来の月に冷凍睡眠や量子コンピュータなどを投入したスリリングなSFサスペンスで、リーダビリティが高い。初読の人はこちらから読む方がいいかも。

 クリストファー・プリースト『落ち逝く』(山本さをり・大串京子・浅井和徳訳/ハルコン・SF・シリーズ)★★★は、はるこん海外ゲスト・オブ・オナーの初訳短編を集める毎年恒例の作品集(プリーストはビデオ参加。イラストは国内ゲストの今井哲也)。表題作は、主人公が死に直面してなぜかベルギーの高速道路を想起する文学的掌編。「波瀾万丈の後始末」は、本を整理しない愛書家の女性が思わぬ恐怖に見舞われる蔵書ホラー。最後の「エピソードを排除せよ」はVR管理社会を描くプリースト版"1984年のSF"。

 林譲治『工作艦明石の孤独4』(ハヤカワ文庫JA)★★★★はシリーズ完結編。地球圏との交通が突如絶たれた辺境の星系で、生き残りをかけた新たな社会体制の構築を模索する──という話に異種知性との接触が乗っかり、さらにワープ航法の衝撃の真実が明らかになって、物語は怒濤の大団円へ。"林譲治SF史上、最驚の結末"の帯はダテじゃない。4冊まとめて1200ページなので、上下巻の長めの長編一冊分。一気読み推奨。

 結城充考『アブソルート・コールド』(早川書房)★★★½は、2018年から20年にかけて〈yom yom〉に連載された近未来サスペンス。舞台は佐久間種苗に統治される見幸市。100名超の研究員が殺害された細菌テロの捜査に加わった新米の微細走査官・来未由は、アブソルート・ブラック・インターフェイス・デバイス(ABID)により遺体の脳から事件当時の現場を再体験するが......。『攻殻機動隊』風味のよくできたエンターテインメントだが、いろいろ既視感が強すぎてSFとしてはやや物足りない。ミステリの枠で出たほうが評価されるタイプかも。

 宮野優のデビュー長編『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』(KADOKAWA)★★★は、同じ一日が繰り返されていると気づく人(作中ではルーパーと呼ばれる)がだんだん増えていくパターンの時間ループもの。我が子を殺した犯人に復讐を誓う母親が何度も殺害を繰り返す「インフェルノ」、秩序が崩壊していく(一部のルーパーが乱暴狼藉を働き始める)世界で人々を守ろうとする人物を女子高生視点から描く「ナイト・ウォッチ」など全5話の連作。設定は面白いが、SF的には限界まで周回を重ねてもっとエスカレートさせてほしかった気も。最終話にはロバート・チャールズ・ウィルスンの某長編やシオドア・スタージョンの某短編への言及あり。

(本の雑誌 2023年7月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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