AIからスーパーヒーローまで短編SF祭りだ!

文=大森望

  • AIとSF (ハヤカワ文庫JA)
  • 『AIとSF (ハヤカワ文庫JA)』
    日本SF作家クラブ
    早川書房
    1,452円(税込)
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  • わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
  • 『わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)』
    久永 実木彦
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • あなたは月面に倒れている (創元日本SF叢書)
  • 『あなたは月面に倒れている (創元日本SF叢書)』
    倉田 タカシ
    東京創元社
    2,090円(税込)
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  • 八杉将司短編集 ハルシネーション
  • 『八杉将司短編集 ハルシネーション』
    八杉将司
    SF ユースティティア
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  • どれほど似ているか
  • 『どれほど似ているか』
    キム・ボヨン,斎藤 真理子
    河出書房新社
    2,530円(税込)
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 今月は、国内作品を中心に、年に一度の(?)短編SF祭り。一番手は日本SF作家クラブ編のテーマ別書き下ろしアンソロジー第3弾『AIとSF』(ハヤカワ文庫JA)★★★★。ChatGPTブームのご利益か、発売たちまち重版したそうだが、分進時歩の状況にどうキャッチアップするか、書く側はいろいろ苦労したらしい。

 巻頭の長谷敏司「準備がいつまで経っても終わらない件」は、2025大阪万博の事務局スタッフが主人公。展示の準備中に汎用AIが生まれそうになるドタバタ劇を通じてAI研究の最先端が要領よくまとめられている。津久井五月「友愛決定境界」は、敵味方推定ゴーグルと連動した武器を持たされた警備員の奮闘を描く。大規模言語モデルを意識した作品が多い中、あえて逆を狙った(?)仏師ネタが3編かぶるミラクルも。AI生成画像を満載した野﨑まどの爆笑作「智慧練糸」、兄弟弟子の仏師二人が仏像バトルを展開する竹田人造のバカSF「月下組討仏師」、禅問答からSF問答に踏み込む飛浩隆「作麼生の鑿」(「千年榧の中に眠る仏像を彫り出せ」と命じられたAIのχ慶が3700日にわたり沈思黙考を続けているところから始まる)をぜひ読み比べてほしい。他に、高山羽根子、柞刈湯葉、人間六度、粕谷知世、高野史緒、福田和代、安野貴博、松崎有理、菅浩江、野尻抱介、円城塔ら総勢22人が新作短編を寄稿している。

 続いて創元SF文庫の翻訳アンソロジー『ロボット・アップライジング AIロボット反乱SF傑作選』を紹介すべきところだが紙幅が足りない上にまだ読み切れてないので来月に回して、ここでは創元日本SF叢書の短編集を2冊。久永実木彦『わたしたちの怪獣』★★★★½は、SF的(終末的)状況と個人的な問題を重ね合わせる中編2編を核とする全4編を収録。表題作は、書籍化されていない中編として初めて日本SF大賞の候補になった話題作。浦安から上陸した怪獣が江戸川区に入り、西葛西駅周辺を蹂躙するので、わが家が踏み潰されないかドキドキするが、そんな状況下、車でお父さんの死体を捨てに行く"わたし"の事情が語られる。「『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ながら」は、閉館する小さな映画館の最終上映で『キラートマト』を観ている最中に、外でゾンビ禍が発生するサスペンス。ジョー・ヒル「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」と並ぶエモーショナルなゾンビ短編の秀作。残り二編のうち、「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」は非正規雇用の時間局職員の話、「夜の安らぎ」は居場所のない少女が吸血鬼に憧れる話。4編ともある種の痛切な思いが"不思議のひと触れ"によって具現化し、読者の胸を打つ。

 倉田タカシ『あなたは月面に倒れている』(創元日本SF叢書)★★★★は、新作1編を含むデビュー以来の短編9編を収める。スパムメールが人間の姿で訪ねてくる「二本の足で」、核戦争後の大都市で生きる少年たちを描く"アトミックパンク"「トーキョーを食べて育った」など、こちらは個人的というよりも社会的政治的なメッセージが強めの印象。倉田版「海を失った男」(スタージョン)みたいな趣もある表題作はじめ、後半には実験的・文学的な作品が多い。

 2021年12月に世を去った八杉将司のオリジナル短編集と長編が新レーベル「SFユースティティア」から相次いで刊行されている。『八杉将司短編集 ハルシネーション』(電子書籍)★★★は、掌編10編を含め、著者の主要な短編25編を網羅する作品集。脳に障害を負って静止したものしか見えなくなった青年が奇妙な幻覚に悩まされる表題作や、親しい他人や馴染んだ世界から順に消えていく"存在失認"を患う男の旅を描く「私から見た世界」、量子テレポーテーションによってマルチバースを転々とするAIを描く「うつろなテレポーター」など、認知の問題を核に、脳科学やAIに切り込む作品が中心。一方、『LOG-WORLD』(オンデマンド)★★★½は、著者が生前pixivで公開していた長編。地球人類の歴史を異星文明が超技術によってまるごとデータ化した仮想世界が月で見つかり、その調査にスカウトされた主人公は、第一次世界大戦下のヨーロッパにいるインド人らしき人物の体で目覚める。上司から与えられた命令は、近くにいるはずの若きヒトラーを探すことだった......。さまざまな謎をはらんで予想外の方向に物語が転がる中盤はめっぽう面白い。生前これが商業出版されていれば......と思うものの、出せなかった理由もわかるので、読み終えて複雑な気分になる。

 キム・ボヨン『どれほど似ているか』(斎藤真理子訳/河出書房新社)★★★★は、全10編を収録するSF短編集。表題作は、人間の義体の中で目覚めた危機管理AIが語り手。"私"が乗る遠洋宇宙船はエウロパへの航海の途上でタイタンからの救難信号を受けとり、物資補給に向かっている。だが"私"の記憶は一部が欠落し、なぜ自分があえて人間の体に入ることを選んだのか理解できない。クルーの間には不満が渦を巻き、一触即発の険悪な空気の中、果たして補給活動は成功するのか? レッキー『叛逆航路』とウィアー『火星の人』をミックスしたような設定のもと、息詰まるような極限状況が、AIならではの微妙にピントのずれた(やや"弊機"っぽい)一人称で語られる。今までに読んだ韓国SF短編の中では五指に入る傑作。その他、ザ・フラッシュとキャプテン・コールドを下敷きにしたスーパーヒーローSF二部作「この世でいちばん速い人」と「鍾路のログズギャラリー」は、オタク的こだわりと強烈な政治性がミックスされて独特の印象を与える。

(本の雑誌 2023年8月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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