森川智喜の粒ぞろいの短編集『動くはずのない死体』をおススメ!

文=酒井貞道

  • 動くはずのない死体 森川智喜短編集
  • 『動くはずのない死体 森川智喜短編集』
    森川 智喜
    光文社
    1,980円(税込)
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  • しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人
  • 『しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人』
    早坂 吝
    光文社
    1,980円(税込)
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  • 急行霧島: それぞれの昭和 (ハヤカワ文庫JA JAヤ 9-3)
  • 『急行霧島: それぞれの昭和 (ハヤカワ文庫JA JAヤ 9-3)』
    山本 巧次
    早川書房
    990円(税込)
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 森川智喜『動くはずのない死体』(光文社)は、収録五篇がいずれも粒揃いで全てに触れざるを得ず、結果字数を食うという、ありがたくも嘆かわしい一冊である。冒頭の「幸せという小鳥たち、希望という鳴き声」は、パーティー直前に着る予定だったドレスが切り裂かれていた謎を解く。この謎を解いた先にもう一段の仕掛けを構えるタイプの小説で、すっかり騙された。なるほど確かによく読むと......。

 二篇目の「フーダニット・リセプション」は、推理小説の解決場面の原稿を汚して、いわば虫食い文章にしてしまった二人の人物が、読めなくなった部分を推理で埋めて修復を試みる。通常の推理小説における推理とは異なり、字数などメタ要素をふんだんに駆使するのが肝。特殊ルール下の本格ミステリの変種といえ、最終的な解を導くロジックは説得力が強い。
 続く表題作では、自宅で夫を殺してしまった妻が一時外出して帰宅すると、夫の死体が動いたとしか思えない状態になっている。この謎は論理的に解かれるが、「そっち?!」というサプライズを伴うのが◎。

 四篇目「悪運が来たりて笛を吹く」は、罪から逃れる能力を悪魔から与えられた男が殺人を犯し、刑事の捜査が難航するという内容である。推理を含む逮捕への道筋がどう寸断されるかがミステリ的な読みどころだ。奇譚としても見事な幕切れが用意されていて素敵です。

 最後の「ロックトルーム・ブギーマン」は書き下ろしで、瞬間移動能力を有する人物(怪物と人間との混血者)が殺人事件を起こし、同じ能力を持つ探偵役が事件関係者の誰がこの能力者であるかを推理する。特殊ルール下ならではの推理は、シンプルながら鋭く犯人を指し示すものだ。また、探偵役の父(人ではなくブギーマン)のキャラが良い味出しています。

 以上、スマートでポップで、それでいてシニカルかつダークな作品が堪能できる一冊であった。広くオススメしたい。

 早坂吝『しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人』(光文社)は、歪んだ正義感を持つ男が見知らぬ一家三人を惨殺する題名前半の事件が語られた後に、癖の強い七人の男女が迷宮状の建物の中で目を醒まし、デスゲームを強要される題名後半の事件が描かれる。前者は犯人の心の闇が濃い上に、捜査の難航により隔靴掻痒の感に駆られる。このモヤモヤは一切解消されないまま、場面がいきなり切り替わってデスゲームが始まるので驚いた。そしてこの二つの事件、関係が薄い。後者の七人のうち六人が別の事件の犯人らしく、その事件中一件が前者であろうと推定できる程度で、これ以上の明確な関連性は見えない。しかもデスゲームは漫画めいた場面すら含み、雰囲気が前者の事件とはあまりに違う。全く別の話をやたら長いタイトルで一つにまとめたようにしか見えず、収拾が付くのか不安になる。だがそれこそ作者の思う壺。唐突に大ネタが明かされて、予想外の方向から物語が畳まれるのである。これを事前に見破るのは無理じゃないかしら。騙される快感に酔いたい人には強く薦めます。

 染井為人『滅茶苦茶』(講談社)は、二〇二〇年における主役三名のそれぞれの人生暗転を直截かつドラマティックに描く長篇である。一人目は東京の大手広告代理店で活躍し独身生活を謳歌する三十代女性の美世子だ。彼女はマッチングアプリで出会った中華系マレーシア人男性と交際を始めるが、この男のせいで大変な目に遭う。二人目は群馬県在住の高校生・礼央で、偶然再会した旧友が不良になっており、虞犯性の高い世界にずるずると引き込まれてしまう。最後の三人目は沼津市でラブホテルを経営する茂一である。コロナ禍で客が来ず、経営に致命傷を負った彼は、悪いことと知りつつ補助金詐欺に手を染める。

 三人が三人、事情は異なれどあれよあれよという間に転落していく。その速度が素晴らしく速く、悪い状態が一定して続くことによるストレス(私見だがこれが最もメンタルを壊す)を読者も主役も感じる暇がない。よって物語には爽快感すら漂っている。登場人物には申し訳ない限りだが、読者という生き物の性ですなこれは。なお、三つのプロットの背景にはコロナ禍が横たわっており、これがなければ展開が違っただろうと思われる部分も多く、二〇二〇年を舞台にした小説である必然性が確かに感じられる。世界全体を覆ったあの災禍は本当に酷いものだった。せめてそれを題材にした面白い娯楽小説ができたら、生き残った我々には慰めになると思っていた。だから『滅茶苦茶』の登場は嬉しい。そして終盤、この三つの物語は衝突し、三人の主役は邂逅する。その先に何があるのか、しっかり確認していただきたい。

 最後に山本巧次『急行霧島 それぞれの昭和』(ハヤカワ文庫JA)を紹介したい。鹿児島~東京間を二十六時間以上かけて結んだ国鉄急行霧島の車内を舞台に、複数の人間ドラマが交錯する。とはいえ多くは犯罪がらみだ。母を亡くし会ったことのない父に会いに行く貧乏な若い女性・美里を嚆矢として、謎めいたお嬢様風の女性、傷害犯を追って列車に飛び乗った刑事コンビ、伝説的スリ師を追う公安刑事コンビ、運び屋などが霧島に乗り込む。出発後道中でそれぞれの物語が進み、東京到着までには全てが解決する。話のテンポが速いのが特徴で、既存の鉄道ミステリに敬意を払ったシンプルなトリックが複数、使用された端から解明されていく。勿体を付けないので目立たないかもしれないが、贅沢な作りといえる。また、美里を各プロットの結節点に設置して、物語をいたずらに拡散させない。流石のお手並みである。

(本の雑誌 2023年8月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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