小田雅久仁『禍』は最上級の体験型幻想小説集だ!
文=大森望
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- 『ロボット・アップライジング: AIロボット反乱SF傑作選 (創元SF文庫)』
- アレステア・レナルズ,コリイ・ドクトロウ 他,D・H・ウィルソン,J・J・アダムズ,中原尚哉 他訳
- 東京創元社
- 1,540円(税込)
先月積み残した『ロボット・アップライジング AIロボット反乱SF傑作選』(中原尚哉ほか訳/創元SF文庫)★★★★は、2014年にアメリカで刊行された(再録5編を含む)書き下ろしアンソロジーの抄訳(全17編のうち4編が割愛されている)。
アレステア・レナルズ「スリープオーバー」(2010年)は、159年の冷凍睡眠から目覚めたAI研究者が、ドラゴンの遊弋する驚くべき未来に直面する本格SF。イアン・マクドナルド「ナノノート対ちっぽけなデスサブ」は、かっこよくアップデートされた現代版「ミクロの決死圏」。掉尾を飾る、(J・J・アダムズとともに)本書の編者をつとめたダニエル・H・ウィルソンの中編「小さなもの」は、ナノマシン版『アンドロメダ病原体』。ナノ災害で変容した奇怪なジャングル(樹皮が人間の臓器に変わる木とか)のグロテスクな描写(筒井康隆風)がすばらしい。
一冊の中では、ルンバの反乱やおもちゃの反乱など、身近な題材を扱ったコミカルで懐しいテイストの作品が多く、全体的に楽しく読める。その反面、生成AIがブームを巻き起こしている今の目で見ると、若干古めかしい印象は否めない。
他方、『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』(吉良佳奈江訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★½は、蒸気駆動のアンドロイド(汽機人)が軸になる改変歴史SFアンソロジー。"もしも李氏朝鮮が蒸気機関の力で建国されていたら"という前提のもと、韓国のSF作家5人が合作。作中の年代順(16~18世紀)に5編が配列されているため、乾緑郎『機巧のイヴ』みたいな連作長編にも見える。
パク・エジン「君子の道」は、勉強嫌いの坊っちゃんを助けるため、奴婢の主人公がさまざまな汽機を開発する(『ドラえもん』風というかラファティ「素顔のユリーマ」風の)ユーモアSF。最後を締めくくるイ・ソヨン「知申事の蒸気」は、二〇二一年の韓国SFアワード中短篇部門大賞受賞作。正祖李祘と堅い絆で結ばれていた右腕・洪国栄が実は汽機人だった──という設定のもと、ロボットの孤独と悲しみが(若干のBL風味をまじえつつ)エモーショナルに描かれる。5編ともレベルが高く、改変歴史ものの愛好者は必読。
対する『七月七日』(小西直子、古沢嘉通訳/東京創元社)★★½は、韓国のSF作家7人が済州島の説話をもとに書き下ろした7編に、米・中・日の3人の作家が中国と日本の説話に着想を得て書いた3編を加えた全10編のアンソロジー(2021年刊行)の全訳。ケン・リュウの表題作(2014年発表)は、初めての恋をしている二人の少女の別れを、織女と牽牛の説話に重ねて描く叙情的SFロマンス。王侃瑜「年の物語」は"新年の怪物"を主人公にした幻想譚。藤井太洋「海を流れる川の先」は奄美大島の歴史を神話的に語る掌編。韓国の7編は、実在の説話をSFの語彙で語り直しながらSFになりきれないものが多く、その違和感が特徴になっている。中では、巻末に置かれたイ・ギョンヒの中編「紅真国大別相伝」が印象に残った。
と、ここでおもむろに登場する今月のベストは、ついに出ました小田雅久仁の第一短編集『禍』(新潮社)★★★★★。収録作は、2011年~22年に〈小説新潮〉に発表された全7編。日常から非日常へと踏み込む幻想譚が、口、耳、鼻、髪などの身体各部に焦点を当てて語られる。
巻頭の「食書」では、本のページを食べて作品世界に入るという平凡なアイデアが驚くべき超絶技巧の語りによって非凡な超傑作に結実。「髪禍」では、ある宗教団体の儀式にサクラとして参加した主人公がとてつもなくおぞましい光景に出会う。この2編はともに『年刊日本SF傑作選』に再録された作品だが、他の5編もすばらしい。この圧倒的な臨場感。グロさもエロさも最上級の体験型幻想小説集。日本SF大賞を受賞した『残月記』に続き、「ベストSF2023」国内篇の上位をうかがう。
武石勝義『神獣夢望伝』(新潮社)★★★½は、その小田雅久仁を送り出した日本ファンタジーノベル大賞の最新受賞作。中華風異世界を舞台にした王道の架空歴史エンターテインメントだが(人物配置は原泰久『キングダム』っぽい)、情け容赦のない後半の展開がなかなか壮絶です。
一方、森バジル『ノウイットオール』(文藝春秋)★★★½は、第30回松本清張賞受賞作。架空の地方都市・切縞市で起こる五つの出来事が五つの別々のジャンルに属する短編として語られる。いちばん光るのは男女の高校生コンビがM1を目指す漫才小説パートだが、未来人がやってくるSFパート(+異世界人がやってくるファンタジーパート)の設定がサプライズのキモになる。
須藤古都離『無限の月』(講談社)★★★は、『ゴリラ裁判の日』に続き早くも出た著者第二長編。背景はブレイン・マシン・インターフェイスが普及した近未来。主人公のひとりは、BMI利用者の睡眠中の脳を活用するアプリを開発して大成功した日本人男性の起業家。試作品のデバイスを装着することで、なぜか見ず知らずの中国人女性の人生を体験するようになり、やがて......。ラストは思いがけない地点にジャンプするが、SF的な納得感はもうひとつ。
最後に劉慈欣『超新星紀元』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/早川書房)は、2003年に出た第一長編。超新星爆発の影響で大人たちが死に絶え、14歳未満の子どもしかいなくなった地球はいったいどうなるのか? 唖然茫然の超展開がすさまじい。
(本の雑誌 2023年9月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »