万城目学の現代京都ファンタジー『八月の御所グラウンド』がすばらしい!

文=大森望

  • 怪獣保護協会
  • 『怪獣保護協会』
    ジョン・スコルジー,内田 昌之
    早川書房
    2,640円(税込)
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  • 時間への王手
  • 『時間への王手』
    マルセル・ティリー,岩本 和子
    松籟社
    1,980円(税込)
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  • モスクワ2160 (GA文庫)
  • 『モスクワ2160 (GA文庫)』
    蝸牛くも,神奈月昇
    SBクリエイティブ
    704円(税込)
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  • 障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について (anon press)
  • 『障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について (anon press)』
    長谷川京
    anon press
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  • 破壊された遊園地のエスキース (anon press)
  • 『破壊された遊園地のエスキース (anon press)』
    青島もうじき
    anon press
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 SFの夏が来た! と叫びたいところだが、暑すぎるせいかどうも気分が盛り上がらない。今月一番の話題作、ジョン・スコルジー『怪獣保護協会』(内田昌之訳/早川書房)★★½からして微妙。"並行宇宙のもう一つの地球は、巨大怪獣が闊歩する「怪獣惑星」だった!?"(帯より)という趣向で、ウーバーイーツ的な会社をクビになった主人公がなぜか秘密組織・怪獣保護協会にスカウトされるところから話が始まる。あとがきによれば、コロナ禍のさなかに突然思いついて一気呵成に書き上げた、"軽快でキャッチーな、いっしょに歌えるサビとコーラスがある三分間のポップソング"だそうですが、しつこい下ネタもギャグもスベり気味だし、キャラは魅力に乏しく、肝心の怪獣もなんだかぱっとしない(個人の感想です)。怪獣小説がこれでいいと思っているのかと小一時間以下略。

 6月に出たマルセル・ティリー『時間への王手』(岩本和子訳/松籟社)★★★★は、ベルギーの幻想文学者が1938年に脱稿して戦後の1945年に刊行した時間SFの秀作。舞台はワーテルローの戦いにフランス軍が勝利した改変歴史世界の1935年ベルギー。主人公(代々続く鉄鋼専門商社の若社長)は、旧友から紹介された天才物理学者の研究(120年前のワーテルローの戦いを観察する実験)に出資することになる。親から継いだ会社の倒産を予見しながらどうすることもできず、怪しい株を買ったり怪しい研究に金を出したりする主人公のダメ資産家っぷりがリアル。ベイリーばりの奇怪な時間理論も展開されるが、過去を覗くタイムカメラのアイデアはシャーレッド「努力」(1947年)より早く、この分野の先駆けかも。タイムパラドックスが放置されているのがやや難。

 蝸牛くも『モスクワ2160』(GA文庫)★★★は、2015年から2ちゃんねる「やる夫スレ」のあんこスレ(10面ダイスを振ってキャラの設定や行動、ストーリー展開を決める)で即興的に書かれたサイバーパンクアクション。ソ連が崩壊せず冷戦が続く改変歴史世界の2160年を背景に、機械化したゴロツキが蠢く末法のモスクワで、生身のフリーランス《掃除屋》が活躍する。

 万城目学『八月の御所グラウンド』(文藝春秋)★★★★は京都を舞台にした現代ファンタジーの中編2編のカップリング。表題作は、彼女にフラれて灼熱の京都で夏を過ごす羽目になった大学4年生の主人公が草野球のリーグ戦に駆り出される話。寄せ集めのへっぽこチームが御所Gで試合を重ねるうちだんだん燃えてくる感じがすばらしい。万城目版『シューレス・ジョー』(映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作)の趣もある爽やかなスポーツ青春小説。併録の「十二月の都大路上下ル」は、絶望的方向音痴の主人公が、女子全国高校駅伝で真冬の京都を疾走する。

 山田宗樹『ヘルメス』(中央公論新社)★★★½は、人類滅亡の危機をめぐるユニークな終末SF。2029年、直径10㎞を越える小惑星が地球に迫る。衝突は不可避とされたが、奇跡的に軌道が変わり、人類はからくも滅亡を免れる。この危機を教訓として地下に巨大なシェルターをつくる計画がスタート。日本でも地下3000mに実験都市ヘルメスが建設され、巨額の報酬を目当てに移住した900人が劣悪な環境に耐えて暮らしている。だが、10年の実験期間終了後も、被験者のうち239人が地上に戻ることを拒否。ほどなく、そのヘルメスとの通信が途絶。そのまま18年が経過し、全員の死亡が宣言されたあと、地底都市から1基のシャトルが上がってきた。たったひとりの生存者はいったい何を語るのか?

 と、ここまでで全体の2割強。たいへん魅力的な導入だが、小説はそこから思いがけない方向にジャンプする。SF的に大きなネタをエンタメ小説の枠に放り込む手法は、同じ著者の『代体』『人類滅亡小説』『存在しない時間の中で』などと共通する。プロットの意外性の演出は劉慈欣に近いかも。

 新馬場新『沈没船で眠りたい』(双葉社)★★★★は、2044年1月に南大井で起きた「不法投棄」(22歳の女性が人間型の機体を抱いて海に飛び込んだ)事件を起点に、時間を遡って様々な視点からその背景を語る痛切な百合SF。作中には、イーガン『祈りの海』、堀晃「太陽風交点」など、数作のSFが出てくる。

 昨年発足したレーベル anon press から、電子書籍オリジナルのハイレベルなSF短編集が2冊(Kindle Unlimitedでも読める)。長谷川京『障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について』★★★½は、国民皆管理統合データベースの障害により37万5642人の総理がほぼ同時に誕生した事件の顛末を淡々と報告する爆笑掌編が表題作。以下、エイリアン二世がアメリカ大統領選に立候補する話、全人類が仮想世界に移行した31世紀の極道サイバーパンク(極道的特異点の悲劇!)、エクセルの技を競う架空eスポーツもの、死亡遊戯を軸に日本史を語り直す偽史もの─と続く。ぶっ飛んだネタとシステムエンジニア的な視点が特徴。対する青島もうじき『破壊された遊園地のエスキース』★★★½は全9編。書き下ろしの表題作はGB版ポケモンを題材にしたエモいゲーム小説。同じく書き下ろしの「〈胞示院掩庭・三断面〉評」は、四次元超多面体の断面として設計された枯山水庭園の来歴を42億年のスケールで語るレムばりの架空批評。巻末の「サロゲート」は文字の欠片が流れ着く群島でUnicodeと暗函民俗学が交わる異常論文風言語SFの秀作。円城塔が好きな人はお見逃しなく。

(本の雑誌 2023年10月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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