今年のSF短篇集ベストワン候補 フォード『最後の三角形』がいいぞ!

文=大森望

  • 最後の三角形: ジェフリー・フォード短篇傑作選 (海外文学セレクション)
  • 『最後の三角形: ジェフリー・フォード短篇傑作選 (海外文学セレクション)』
    ジェフリー・フォード,谷垣 暁美
    東京創元社
    3,850円(税込)
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  • 書架の探偵、貸出中 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5061)
  • 『書架の探偵、貸出中 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5061)』
    ジーン・ウルフ,大谷 真弓
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (ハヤカワ文庫JA JAハ 5-21)
  • 『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (ハヤカワ文庫JA JAハ 5-21)』
    林 譲治
    早川書房
    1,188円(税込)
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  • 私は命の縷々々々々々 (星海社FICTIONS)
  • 『私は命の縷々々々々々 (星海社FICTIONS)』
    青島 もうじき,シライシ ユウコ
    星海社
    1,485円(税込)
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  • ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ〜イシュタルの虜囚、ネルガルの罠 (TH Literature Series)
  • 『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ〜イシュタルの虜囚、ネルガルの罠 (TH Literature Series)』
    伊野 隆之
    書苑新社
    2,530円(税込)
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  • 壊れゆく世界の哲学
  • 『壊れゆく世界の哲学』
    ダヴィッド・ラプジャード,堀千晶
    月曜社
    3,080円(税込)
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 紹介が1カ月遅れになったが、今年のSF短篇集ベストワンを争う1冊が出ている。ジェフリー・フォード『最後の三角形』(東京創元社)★★★★½は、18年12月に出た『言葉人形』に続く、谷垣暁美編訳のフォード短篇傑作選。今回はジャンル小説寄りの全14篇を集めたとのことで、うしろのほうには、極小宇宙ものの「ダルサリー」以降、意外に古典的なアイデアとガジェット(ロボットとか宇宙船とか)を使った寓話的なSFが4作並ぶ。中でも独特なのは、甲虫型異星種属の街を舞台にした「カサブランカ」風(?)のSFラブストーリー、「エクソスケルトン・タウン」。超高気圧環境下、地球人は故あって、往年のハリウッドスターの姿の外皮をまとって暮らしている。作中には実在の俳優や映画のタイトルが頻出し(主人公の外見はジョゼフ・コットンです)、隠喩に満ちた仮面劇がくり広げられる。懐かしいテイストの「ロボット将軍の第七の表情」や「ばらばらになった運命機械」も悪くないが、SF系のベストはやはり、03年のネビュラ賞長中篇部門に輝く巻頭の「アイスクリーム帝国」だろう。共感覚の少年がチョコレートアイスクリームの味を通じて別世界の少女と出会う、美しくもせつないラブストーリー。ほかに、ホラー系の表題作や、ひねりの効いた「マルシュージアンのゾンビ」、本棚を登攀する妖精たちを観察する「本棚遠征隊」もいい。

 これが遺作となったジーン・ウルフの『書架の探偵、貸出中』(大谷真弓訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★は、『書架の探偵』の続編。1931年生れの著者は、本書を執筆していた2019年に87歳で世を去り、未完の原稿が残された。決定稿ではないためか、後半には話の辻褄が合わない箇所が散見する。おいおい、いきなりこんなネタを放り込んでどうするんだよと思うものの、前作でも同じようなサプライズがあったし、それが意図したものなのかどうかは(著者がウルフだけに)判別がむずかしい。

 物語の背景は、世界人口が10億まで減少した22世紀。この時代、アメリカの公共図書館には、本だけじゃなくて作家の複生体が所蔵され、所定の手続きをして多額の保証金を納めれば自由に借り出せる。複生体はオリジナルそっくりの肉体と記憶と人格を持つが、法的にはモノ扱い──という奇妙な(SF的には納得しがたい)設定の細部には立ち入らず、主人公(前作に引き続き、前世紀のミステリ作家アーン・A・スミスの複生体)は冒険の航海に出たり、他の複生体と恋に落ちたりする。借主が矢で射殺される事件はあるものの、前作とくらべてミステリ度は低く、融通無碍な老人力がますます高まっている印象。それなりに楽しくは読めるが、いろいろモヤモヤするので、ウルフはぜんぶ読むという人以外にはお薦めしません。

 林譲治『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、"外伝"と銘打たれているものの、ワープ可能な遠未来の宇宙という設定が共通するだけで、シリーズからはほぼ独立した単発長篇。物語の舞台は植民惑星シドン。150年前の入植時に人間そっくりの原住生物ビチマが見つかり、入植者から家畜同前の扱いを受けてきたが、実は彼らは、ワープ事故により3000年前のシドンに漂着した宇宙船コスタ・コンコルディアの乗員たちの子孫だったことが判明する。地球圏統合弁務官事務所が主導した同化政策により現在は宥和が進んでいるものの、各勢力の思惑がからみあい、シドンは一触即発の状況。そんなとき、ある遺跡でビチマの惨殺死体が発見される。処理を誤れば社会的な混乱は避けられない。旧知の弁務官からの要請を受けて、Aクラスの調停官テクン・ウマンは惑星シドンに赴く......。

 先住民族差別や文化の収奪などアクチュアルな社会問題を投影しながら、SFならではの角度からひねりを加えた意欲作。

 青島もうじき『私は命の縷々々々々々』(星海社)★★★★は、著者の第一長篇。倫理的生活環模倣技術(ELB)が導入され、人類社会が"環代"に移行してから160年あまり。ドウケツエビの生態をもって生まれてきた主人公・浅樹セイは高等部に進学し、好きな先輩や仲のいい友人たちと出会い、成長していく。卒業までには自らの生殖様式を自分で決めなければならない......。いわゆる"ギムナジウムもの"的な構造にSF的な設定を加えた思春期恋愛小説。ストーリー性に乏しい反面、哲学的生物学的議論が繊細な語り口とマッチして、独特の世界が構築されている。

 伊野隆之『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ』(発行アトリエサード/発売書苑新社)★★★は、日本SF新人賞受賞のデビュー作『樹環惑星』以来、著者にとって13年ぶり2冊目の著書。主人公ザイオン・バフェットは太陽系有数の大富豪。肉体を失い凍結状態の魂となっていた彼は、タコ型義体に宿り、地獄のような金星で目覚める。太陽系最大の金融企業複合体ソラリスの中堅社員マデラが一攫千金を夢見てひそかにザイオンの魂をサルベージし、義体に閉じ込めたのである。だが、ザイオンはたちまち脱出に成功、タコの姿で冒険に身を投じる。TRPG「エクリプス・フェイズ」の設定を使ったクラシックなスペースオペラの快作。全6話の連作に短篇2篇とオマケ1篇つき。

 最後にノンフィクションを。ダヴィッド・ラプジャード『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』(堀千晶訳/月曜社)は2021年にフランスで刊行されたドゥルーズ派の哲学者によるディック論。昔からフランスでディック人気が高い理由がよくわかる(ような気がする)1冊。

(本の雑誌 2023年12月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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