今年度翻訳SFベストワン有力候補『ロボットの夢の都市』登場!

文=大森望

  • ロボットの夢の都市 (創元海外SF叢書)
  • 『ロボットの夢の都市 (創元海外SF叢書)』
    ラヴィ・ティドハー,茂木 健
    東京創元社
    2,640円(税込)
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  • サンリオ出版大全:教養・メルヘン・SF文庫
  • 『サンリオ出版大全:教養・メルヘン・SF文庫』
    小平 麻衣子,井原 あや,尾崎 名津子,徳永 夏子
    慶應義塾大学出版会
    3,960円(税込)
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 早くも今年の翻訳SFベストワン有力候補が登場した。イスラエル出身のラヴィ・ティドハーが一昨年出した長編『ロボットの夢の都市』(茂木健訳/創元海外SF叢書)★★★★★がそれ。邦訳して200頁少々という中途半端な分量のせいか無冠だが、ポストサイバーパンク風の懐かしい未来に古典的ロボットを復活させたSF寓話の傑作だ。作中で一輪の薔薇を買う名無しのロボットは、もしや鉄腕アトムがモデル? と思ったぐらいなので、手塚治虫『地上最大のロボット』/浦沢直樹『PLUTO』を愛する人はとくに必読。

 舞台はサウジアラビアの古い砂漠の街ネオム。数百年前の大戦争の遺物が埋まるその砂漠に戻ってきた名無しのロボットが砂から掘り出したのは、金色に輝くバラバラのパーツ──ゴールデンマンの亡骸だった。

 かつて、彼と4人の仲間(人型特大メカのエサウ、殺人ロボットのフォンドリー、人間の女そっくりのテロ芸術家タッソ、従順なジェンキンズ)は、ゴールデンマンの歌声に魅せられ、ひとときユートピアの夢を見た。しかしその夢はかなわず、5人はやがて散り散りに。しかし、不可思議な縁が今も彼らを結びつけていた......。

 多くの人々が行き交う商都ネオムはかつてエフィンジャーが描いたブーダイーンに通じるエキゾチックな魅力に満ちている。作中では、『ブレードランナー』の名場面が引用されたり、ラッカー『ソフトウェア』にそれとなく言及したり、パックマンやファービーやライチュウやたまごっちが登場したり、様々に過去が参照される。全体としてはロボットの恋物語だが、著者が03年から書き継ぐ未来史の中に置くことで奥行きが出ている(22頁に及ぶ用語集つき)。

 林譲治『知能侵蝕1』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、203X年を背景にリアルな(?)ファーストコンタクトを描く新シリーズ開幕編。昭和15年のコンタクトに始まる歴史改変を描いた『大日本帝国の銀河』に対し、今回は近未来描写が読みどころ。物語の発端は、軌道上のデブリや機能を停止した人工衛星の不可解な挙動。宇宙飛行士になるために入った航空宇宙自衛隊宇宙作戦群で司令官補佐を務める宮本未生は、その情報を旧知の大沼博子(5年前に新設された総合的情報収集分析機関NIRCの副理事長)にリークした結果、JAXAへの出向を命じられる。国際的な調査研究チームも立ち上がるが、現状、〝オビック〟と名づけられた謎の存在とはコミュニケーションの糸口もつかめない。一方、地上ではオビックが関係するらしい残虐な怪事件も発生する。早く続きを!

 潮谷験『ミノタウロス現象』(KADOKAWA)★★★½は、身長3メートル超の牛頭人身の怪物が各地に出現し人間を襲い始めた世界を背景とするSFミステリ。怪物の絶妙な弱さが秀逸な伏線になっている。京都市の南にある架空の市の議会で起きた殺人事件が本格ミステリ的な核心だが、前半は怪現象の解明が中心になるため、通常の特殊設定ミステリよりSF度が高い。著者十八番の実験もちゃんとあります。

 宮内悠介『国歌を作った男』(講談社)★★★½は、長短ジャンル様々な13編を収録する著者の第二短編集。世界を熱狂させ、テーマ音楽が国歌と呼ばれるまでになったゲーム「ヴィハーラ」──その開発者の人生を描く表題作は、直木賞候補になった『ラウリ・クースクを探して』の原型的な短編。ほかにも、短編リレーアンソロジー『宮辻薬東宮』でアンカーをつとめた零細IT企業ゴーストストーリー「夢・を・殺す」など、エンジニアっぽい話が多い。SF系では、開高健がSNSの炎上騒ぎに巻き込まれる改変歴史もの「パニック──一九六五年のSNS」、ワンアイデアのフラッシュフィクション「死と割り算」など。ラストはハートフルな囲碁小説「十九路の地図」でしんみり。

 芥川賞受賞の九段理江『東京都同情塔』(新潮社)★★★は「全体の5%くらいは生成AIの文章」という著者の発言が話題を呼んだが、5%は盛り過ぎで実際は0・5%ほど、ChatGPTの出力をそのまま使ったのは1文だけだとか。小説の中身は(ザハ設計の国立競技場が建つ)並行世界の東京を舞台にポリコレ的な言い換えをおちょくる、ある意味、清水義範的な風刺文学。犯罪者や受刑者を〝同情されるべき人々〟と再定義する、万人にやさしい(逆オメラス的な)社会の中心に、超高層刑務所シンパシータワートーキョーがそそり立つ。

 芥川賞の先輩にあたる高瀬隼子の中編『め生える』(U−NEXT)★★½は、謎の感染症によりおおむね18歳以上のすべての大人の頭髪が抜け落ちた世界を舞台に、毛が生えてくる恐怖を描く禿げSFコメディ。年配読者なら小松左京「紙か髪か」を懐しく思い出すところですが、今だとシシガシラのM−1敗者復活ネタか。ある意味タイムリーな小説。

 最後の1冊、小平麻衣子・井原あや・尾崎名津子・徳永夏子編『サンリオ出版大全 教養・メルヘン・SF文庫』(慶應義塾大学出版会)は、『詩とメルヘン』を中心に、60〜80年代のサンリオの文化事業を出版史・女性文化史の中に位置づける研究書。サンリオSF文庫については2章(400頁強のうちの50頁弱)が割かれ、山野浩一およびフェミニズムSFとの関わりを中心に、かなり突っ込んだ分析と考察がなされている(筆者は加藤優と吉田司雄)。いちご新聞、『リリカ』、映画事業は各1章、シルエット・ロマンスに至ってはコラム1本だけなのと比べるとSF文庫の比重はけっこう高く、副題に謳われるだけのことはある。SF読者もお見逃しなく。

(本の雑誌 2024年4月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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