西村健『不死鳥』でオダケン&ゆげ福が夢の共演だ!

文=酒井貞道

  • 乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび
  • 『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』
    芦辺 拓,江戸川 乱歩
    KADOKAWA
    2,090円(税込)
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『不死鳥』(講談社)は、新宿ゴールデン街でバーを営む「オダケン」と、福岡・中洲でとんこつラーメン店を営む「ゆげ福」という、西村健の二大シリーズの主人公が共演する。知人の娘を探しに上京したゆげ福は、福岡県警の科学捜査官・田所正義にも仕事を振られるが、自分の代わりにオダケンを推薦する。田所は都内の連続放火事件(犯行予告に永井荷風の随筆『日和下駄』の文章を使う!)を独特な理屈で追っていた。一方、ゆげ福が探す家出娘は福岡の有力者の愛娘であった。

 連続放火事件と家出人の捜索が物語の両輪を成すが、比重は前者の方が明らかに重い。登場人物には個性派がずらりと並ぶ。不法行為連発だが曲がったことは大嫌いなオダケン、人は善いけれど頼まれた仕事には粘り腰のゆげ福、この二人はもちろん印象的として、プライドが高い上に偏屈なまでに論理的な田所、永井荷風関連の事件ということで捜査に協力するが文学の話になると早口になる大学教授、泣く子も黙る福岡の立役者ながら娘には甘くて情けない資産家など、魅力的な人物は枚挙に暇がない。彼らがああでもないこうでもないと談論風発し、ときに衝突、ときに和解しながら、事件を追うのを見ているのは、それだけで楽しい。永井荷風ゆかりの地を巡る要素もあって、東京の街角に歴史・風情を感じさせる物語であるのも、近年の西村健らしい仕儀である。おまけに本作では、犯人側の計画が結構手が込んでおり、途中でミステリ上の仕掛けを見破れたとしても、その計画を犯人がその後どう進めて、オダケンやゆげ福たちが、その犯行をどう邪魔するかでも手に汗握らしめる。

 サスペンス/スリラーとして上手いと感じたのは、連続放火犯の片割れ樋野を、オダケンが可能な限り独力で追うようになる経緯である。オダケンはある場面で、目の前にいる男(樋野)が放火に関与していることを卒然と悟る。悟られたことを樋野も気付く。しかしここで、オダケンは、よんどころない事情から、不法所持していた拳銃を発砲する羽目になる。この結果、オダケンは樋野が放火犯であること、樋野はオダケンが銃刀法違反者であることを知り、お互い弱みを握っている状態となる。オダケンは、警察(田所)に協力しつつ、彼らに知られることなく、放火犯を追い詰めねばならない難しい立場に置かれるのだ。これが、追跡劇に複層的な要素を生む。そしてここに、ゆげ福の調査が思わぬ形で関係することになり、意外な展開が現出する。物語のトーンは終始快活なので気付きにくいかもしれないが、展開・構成は綿密に考え抜かれていると思います。

 近年の西村健の総決算的な作品として、広くお勧めする。

 長浦京『1947』(光文社)は、タイトル通り一九四七年の東京を舞台にした物語である。敗戦からまだまだ全く復興できていない東京に、英国陸軍中尉のイアン・マイケル・アンダーソンがやって来る。目的は復讐。戦争中、日本軍の捕虜だった兄を斬首した日本兵と士官を殺害するためだった。香港人女性の通訳を帯同して来日した彼は、GHQの協力を求める。しかし、GHQは英国を含む連合国の機関とは名ばかり、実質は米国の傀儡で、英国人に対する態度は、慇懃ではあるが、気が入っていない。結局、イアンは復讐相手の行方を事実上自分で調べることになる。

 この過程で、主人公イアンは当時の日本人と市井に触れていくことになるのだが、実は彼、根深い人種差別主義者なのである。アジア人を人間とは思っていない。ましてや、憎い敵であった上に敗戦後は急に従順になった日本人は軽蔑の対象で、内心では作中何度も猿呼ばわりする。しかし街の大立者の娘を助手にするなど交流を進めるうち、彼の中で何かが変わり始める。

 慌てて断っておくと、本書は「来日した外国人が、帰る頃には日本が大好きになっていました。日本人として誇らしい!」という単細胞な話ではない。イアンは最後まで差別感情を完全には消せない。ツンデレと解釈する余地は生まれたかな、程度にとどまる。だが確かに変わるのだ。ここが読みどころの一つ。

 もう一つは、多発するアクション・シーンの見事さだ。長浦京はアクション小説の書き手であり、その特徴は本書でも遺憾なく発揮される。この物語ではイアンは、日本の国体にかかわる陰謀に巻き込まれ、利害関係が錯綜し、敵はあちこちから押し寄せてくるのである。また詳細は伏せるが、荒事が起きる場所が都内各所にわたり、中には有名な場所も含まれている。東京を相応に知る読者にとっては、あそこで登場人物たちがアクションをしていると想像する楽しみもあるというわけだ。

 一九四七年当時の時事や事物も大量に、かつ丁寧に盛り込まれている。力作なのは明らかであり、長浦京の新たな代表作となるのは間違いない。

 最後に紹介するのは、文化に関する博覧強記を惜しみなく作品に注ぎ込む作家・芦辺拓が、江戸川乱歩の未完の作品『悪霊』の補筆に挑んだ『乱歩殺人事件──「悪霊」ふたたび』(KADOKAWA)である。

 とはいえ本書は単純な「補筆」ではない。作中の手紙二通分に相当する、乱歩真筆分は、連載回毎に分割して掲載され、冒頭と合間には、乱歩その人らしき一人称の文章が挟まれ、明らかに『悪霊』の作品外で何かが起きているのだ。その比重がじわじわと重くなっていき、物語は予想外の方向に転がり出す。

 乱歩マニアの間で、『悪霊』の仕掛けは予想が付いているというのが定評で、本書もその予想に反しない真実が用意されている。ただしここに芦辺拓は捻りを加えて、『悪霊』が未完に終わらざるを得なかった理由にまで、創作の力を振るって踏み込むのだ。作者技ありの一作。

(本の雑誌 2024年4月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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