夏と思春期から終末SFまで新人デビュー作続々登場!

文=大森望

  • 射手座の香る夏 (創元日本SF叢書)
  • 『射手座の香る夏 (創元日本SF叢書)』
    松樹 凛
    東京創元社
    2,090円(税込)
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  • 闇の中をどこまで高く (海外文学セレクション)
  • 『闇の中をどこまで高く (海外文学セレクション)』
    セコイア・ナガマツ,金子 浩
    東京創元社
    3,080円(税込)
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  • ロング・プレイス、ロング・タイム (小学館文庫 マ 9-1)
  • 『ロング・プレイス、ロング・タイム (小学館文庫 マ 9-1)』
    ジリアン・マカリスター,梅津 かおり
    小学館
    1,342円(税込)
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  • 恐るべき緑 (エクス・リブリス)
  • 『恐るべき緑 (エクス・リブリス)』
    ベンハミン・ラバトゥッツ,松本 健二
    白水社
    2,750円(税込)
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 雑誌掲載時に本誌先々月号で紹介した間宮改衣のハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)★★★★½が単行本化され、発売即重版!と、予想通り旋風を巻き起こしているが、他社からも新人のデビュー作が続々出ている。

 松樹凛『射手座の香る夏』(創元日本SF叢書)★★★½は、夏と思春期を描く中編4編を集める(解説・飛浩隆)。'21年の第12回創元SF短編賞に輝く表題作は、意識を人工身体などに転送する技術が普及した近未来の日本で、"空き家"となっていた5人の体が忽然と消失する──という本格ミステリ的な事件に、若者の間で流行する違法な娯楽"動物乗り"がからむ。ネタは面白いが、物語の都合に合わせて作られた設定という印象が強く、SF的な説得力はもうひとつ。

「十五までは神のうち」は15歳で時間を巻き戻して出生を"なかったこと"にする権利が子供に認められている社会が背景。ホワイダニットの真相はインパクト抜群で、特殊設定ミステリとしては年間ベスト級だが、これまたSFとしては納得しにくい(P・K・ディック「人間以前」への返歌としてならギリギリ成立するかも)。今月は、見た目はSFなのにSFとして読めない作品が多くてもどかしいが、オレの心が狭いだけか。

「さよなら、スチールヘッド」は第11回創元SF短編賞最終候補作の改稿版。問題を抱える人工知性たちが集められたキャンプ場と、ゾンビ禍に見舞われた世界を交互に描く。「影たちのいたところ」は冒険ジュブナイル的テイストを加えた社会派モダンファンタジー。筆力は十二分にあるので、SFに焦点が合えば傑作が生まれそうな予感。

 田中空の初の小説単行本『未来経過観測員』(KADOKAWA)★★★は、超長期睡眠テクノロジーが実現した未来で百年ごとに1カ月めざめて人類史を定点観測する仕事に就いた主人公モリタの物語。進化したAIや不死身のモンスターが登場し、人類は滅亡の危機に。中盤以降どんどんスケールが拡張し、『最後にして最初のアイドル』か『三体X』かみたいな大風呂敷展開になるが、SF的にあんまり目新しいビジョンは出てこない。人類が多機能スーツの中に閉じこもる未来で漱石を読み続ける少女と出会う終末SF短編「ボディーアーマーと夏目漱石」を併録。

 セコイア・ナガマツ『闇の中をどこまで高く』(金子浩訳/東京創元社)★★★½は、'22年に創設された第1回アーシュラ・K・ル=グイン賞の特別賞を受賞した短編連作風の終末SF。シベリアで発見された3万年前の少女の遺体から未知のウイルス感染が広がりはじめる冒頭の話はパニック小説風だが、次の話では"北極病"に感染して余命わずかな子供たちをジェットコースターに乗せて安楽死させる遊園地が描かれる。後半は感染症が終息に向かい、気候変動と海面上昇による破滅が迫る。著者は'82年カリフォルニア州生まれの日系アメリカ人男性作家。登場人物の多くは日系人または日本人で、地下鉄サリン事件や美空ひばりへの言及もある。滅びゆく世界で(aibo風の)犬型ロボットの修理を黙々と続ける男、異星由来のテクノロジーで建造された宇宙船による宇宙植民計画、"墓友講"が今も残る郷里の"新潟市列島"への里帰り......。各編の間でリアリティレベルが一定せず、これまたSFとして読むのはやや厳しい。ごめんよ。

 ジリアン・マカリスター『ロング・プレイス、ロング・タイム』(梅津かおり訳/小学館文庫)★★½は、リヴァプールを主な舞台とする変則的リプレイものの巻き込まれ型犯罪サスペンス。主人公のジェンは42歳の離婚弁護士。ある晩、18歳の息子が家の前で見知らぬ男を刺殺して逮捕される。警察署から深夜帰宅して鑑識に立ち会い、朝めざめるとなぜか事件前日。事件の背景を調べ、なんとか悲劇を止めようとするジェンだが、その後も過去へ過去へと遡り(リプレイは一日単位)、やがて家族の恐ろしい秘密が明らかに......。ミステリ的な真相は途中で見当がつくが、自分や夫や息子がだんだん若くなっていく趣向は面白い。しかし結末は都合よすぎでは。

 石川美南ページでも紹介されているベンハミン・ラバトゥッツ『恐るべき緑』(松本健二訳/白水社)★★★½は、ロッテルダム生まれのチリ人作家による科学史小説集。空中の窒素分子からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法を考案して世界の食糧生産を支え、ノーベル化学賞に輝くも、多数の毒ガス開発計画に従事して化学兵器の父とも呼ばれたフリッツ・ハーバーの人生を描く「プルシアン・ブルー」(ほぼ評伝)に始まり、徐々にフィクション要素が増えてくる(が、SFにはならない)。数学者アレクサンドル・グロタンディークの数奇な人生を描く「核心中の核心」には、宇宙際タイヒミュラー理論で知られる望月新一教授が重要な役で登場する。いちばん長い「私たちが世界を理解しなくなったとき」ではシュレーディンガーとハイゼンベルクの対決が(大げさに言えば)巌流島の戦いのように描かれる。剣豪小説や作曲家小説のように科学者小説を書く試み? 1冊通して同時に戦争小説であり植物小説でもあるところが面白い。

 佐藤正午『冬に子供が生まれる』(小学館)★★★★は著者7年ぶりの長編。「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という謎のメッセージから始まり、やがて20年前の事故と小学生時代のUFO目撃体験が浮上する。軸になるのは、同じ苗字を持つ幼馴染みとの関係。こちらはSF的な謎解きに収束させないところに眼目がある。ラスト5ページのエモい揺さぶりはさすが佐藤正午。

(本の雑誌 2024年5月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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