坂崎かおるの超ハイレベルな短編集『嘘つき姫』をくらえ!

文=大森望

  • 嘘つき姫
  • 『嘘つき姫』
    坂崎 かおる
    河出書房新社
    1,870円(税込)
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  • ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子 (集英社文庫)
  • 『ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子 (集英社文庫)』
    門田 充宏
    集英社
    968円(税込)
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  • 戦士強制志願 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『戦士強制志願 (ハヤカワ文庫SF)』
    J・N・チェイニー,ジョナサン・P・ブレイジー,金子 浩
    早川書房
    1,738円(税込)
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  • 少女小説とSF (星海社FICTIONS)
  • 『少女小説とSF (星海社FICTIONS)』
    日本SF作家クラブ,嵯峨 景子,orie,新井 素子,皆川 ゆか,若木 未生,津守 時生,ひかわ 玲子,榎木 洋子,雪乃 紗衣,紅玉 いづき,辻村 七子
    星海社
    1,650円(税込)
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  • 永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした (星海社FICTIONS)
  • 『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした (星海社FICTIONS)』
    南海 遊,清原 紘
    星海社
    1,540円(税込)
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  • SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて (Kaguya Books)
  • 『SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて (Kaguya Books)』
    日本SF作家クラブ,宮本道人,近藤銀河,大森望,門田充宏
    Kaguya Books
    2,090円(税込)
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 今月のイチ推しは、(辞退した阿波しらさぎ文学賞を除いても)数々の短編賞を獲得してきた坂崎かおるが満を持して放つ『嘘つき姫』(河出書房新社)★★★★½。デビュー単行本ながら、今年のベストを争うすばらしい短編集だ。

 第1回「日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」の大賞にあたるSFWJ賞を射止めた「ファーサイド」は、並行世界の1960年代を背景にSFならではの手法で差別問題に切り込んだ秀作。コンテストの課題文(世界の終わりまであと七日になりました)から世界終末時計を導き、アポロ、JFK、公民権運動と史実をたどって、これしかないという改変歴史SFを構築する。第1回「かぐやSFコンテスト」審査員特別賞の「リモート」は、機械の体で学校に通う生徒を軸に同じく差別問題を描く──と見せかけて衝撃の真相が明かされる。しかし、本書の白眉は、真ん中に置かれた書き下ろしの新作「私のつまと、私のはは」だろう。大小の大福餅をくっつけたようなシンプルな筐体にARを重ねて赤ん坊のように見せる「子育て体験キット〈ひよひよ〉」。その試作品を提供された同居中の女性カップルが育児をめぐって対立し、やがて......というリアルな物語にこれまたショッキングなオチがつく。今年のベスト短編有力候補。この作品以降は百合小説が並ぶ。どうしようもなく電柱に恋する「電信柱より」は第3回百合文芸小説コンテストのSFマガジン賞受賞作。表題作は、第4回の同コンテストの大賞受賞作。非SF系を含めてどれも極めてレベルが高い。

 門田充宏『ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子』(集英社文庫)★★★★は、文庫書き下ろしの新シリーズ開幕編。物語の背景は、黒い門から出現する漆黒のゴーレムのような〝徘徊者〟により人類文明が滅亡の危機に瀕した遠未来(推定)。主人公は防衛拠点都市ウィンズテイルに住む少年リンディ。異界紋と呼ばれる謎の刻印を持つ彼は、〝時不知の魔女〟ことニーモティカに育てられる。15歳を迎え、町守見習いに志願したリンディは、白いシェパードのコウガとタッグを組み、徘徊者の注意を引きつける囮として働きはじめる。折しもその日、メイリーンという名の少女が街にやってきた......。懐かしいジュブナイルSFの語り口に本格SFの設定をブレンドし、『未来少年コナン』+『風の谷のナウシカ』の香りを漂わせる。5月には第2巻も刊行。この先が楽しみだ。

 J・N・チェイニー&ジョナサン・P・ブレイジー『戦士強制志願』(金子浩訳/ハヤカワ文庫SF)★★★は、些細な交通違反のせいで海兵隊に入隊し異星種属と闘う羽目になった若者の成長を描くミリタリSFシリーズの第1弾。さまざまな身体拡張処置を受けボディアーマーを装着して戦地へ赴くため現代版『宇宙の戦士』と呼ばれているとか。原書は21年2月に開幕し、昨年7月に全15巻が完結(推定)という驚異のペース。まあ、読むのもあっという間だが、それにしても。

 SFWJ・嵯峨景子編『少女小説とSF』(星海社FICTIONS)★★★½は、新旧の少女小説の書き手9人の新作を集める書き下ろしSFアンソロジー。巻頭の新井素子「この日、あたしは」は、16歳の〝あたし〟が押し入れの中で眠っていた枕型幼児対応AI〝モフちゃん〟を見つけるところから始まる成長小説。SF的なかっこよさが光るのは若木未生の音楽小説「ロストグリーン」。芸術とオリジナリティをテーマに、11歳の天才作曲家と彼を支える編曲家のドラマが(壮大な物語の序章的に)語られる。榎木洋子「あなたのお家はどこ?」はまだ名前も決まっていない植民惑星でVR空間の学校に通う13歳の少女ジェニの物語。クラスメートは90日後に到着する移民船団の子どもたちだが、リアルタイムで反応できないためAIが代行。ジェニは自分の好感度パラメータを上げて楽しい学校生活を送っていたが......。紅玉いづき「とりかえばやのかぐや姫」は男女逆転竹取物語。他に皆川ゆか、ひかわ玲子、雪乃紗衣、辻村七子が参加。嵯峨景子によるまえがきと各編解説、コバルト文庫以降の少女小説レーベルで刊行されたSF系作品の歴史を概観する巻末コラム「少女小説とSFの交点」を収録する。

 同じ星海社FICTIONSの南海遊『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』★★★は、時間ループものの特殊設定ミステリ。死ぬと(最後に両目を見交わした相手を道連れに)24時間前に戻る〝死に戻り〟の呪いが核になる。粗も目立つが、後半、怒濤のエスカレーションが楽しい。

 最後に小説以外が2冊。大澤博隆監修・編『AIを生んだ100のSF』(宮本道人、宮本裕人編/ハヤカワ新書)は、暦本純一、松原仁、坂村健、川添愛らAI研究者へのインタビュー連載「SFの射程距離」(SFマガジン19年12月号~21年6月号)に松尾豊×安野貴博対談などの新原稿を加えた書籍化。星新一、クラーク、レム、ホーガン、イーガンなどのほか、アニメ、特撮、漫画などのタイトルもガンガン出てきて、ガイドブック的にも楽しい。対するSFWJ編『SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて』(Kaguya Books)は、SFWJ60周年事業の一環として刊行された〝SF作家業〟入門書。作家座談会(揚羽はな・粕谷知世・櫻木みわ・十三不塔・門田充宏・藍銅ツバメ+大澤博隆)やSF作家になる方法ガイド(大森望)、SFと科学/SFと社会をめぐる座談会(茜灯里・安野貴博・日高トモキチ・宮本道人・麦原遼/近藤銀河・津久井五月・人間六度・柳ヶ瀬舞)などをまとめたコンパクトな1冊。

(本の雑誌 2024年6月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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