サプライズに拘り抜いた歌野晶午の短篇集『それは令和のことでした、』
文=酒井貞道
今月はどうしても触れざるを得ない作品が二冊ある。一つは歌野晶午『それは令和のことでした、』(祥伝社)だ。小説NONに連続掲載されたノンシリーズ短篇六本に書き下ろし短篇一本、ボーナストラック的な掌篇一本を加えた短篇集である。ほとんどが家族又は個人に関する現代的なテーマを扱っており、社会派と呼ぶ人が出てもおかしくないほど、世相を鋭く切り取る。しかも昭和や平成ではなく、確かにいかにも令和っぽい話が多い。
ただし、揃いも揃って内容紹介がやりづらい。読者をミステリの文脈で引っ掛けようとする意気込みが横溢しており、ネタバレを回避すると何も言えなくなるのだ。巻頭の「彼の名は」はその典型である、名士だが毒親気味の母に迷惑をかけられ続けた男の人生を、物語は克明に追う。《自分らしく》の概念を親の側から押し付けるとこうなるんだなあ、と感情移入しながら読んでいると、他に類例を思い付けない仕掛けが発動して、フィニッシング・ストロークが決まるのである。
その他、引きこもり、近所付き合いの希薄化、大学からのドロップアウト、教育格差、貧困、家庭の崩壊などなどの諸問題に主人公が直面する物語に、歌野晶午はミステリ的に鮮やかな仕掛けを施し、読者を驚かせることに拘り抜いている。そしてその驚きによって、現代人の抱えた屈託が鮮やかに浮かび上がるのだ。ミステリ仕立ての話でないと不可能な鋭さと深さを湛える、素晴らしい短篇集である。
不可避の作品としてはもう一作、米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)がある。高校生の小鳩君&小佐内さんが、その卓抜した知力を隠して小市民を目指すシリーズの(たぶん)最終作である。連作短篇集『巴里マカロンの謎』が四年前に出はしたが、正規タイトル(?)の春夏秋冬を題名にした作品が出るのは実に十五年ぶりとなる。
今回は冒頭で、小鳩君がひき逃げに遭う。病院で意識を取り戻した小鳩君は自分を轢いて逃げた犯人を病室で推理する安楽椅子探偵としゃれ込む......のかと思いきや、彼が思い起こしているのは、中学生時代、即ち彼自身が名探偵であることを隠していない時代に起きた、級友を見舞った交通事故である。その事故も、小鳩君と同じような、ひき逃げだった。
ひき逃げ事故には密室の謎(加害車が通るはずの道に、車が一台も通らなかった)が付随しており、それを中心に物語を組み立てることもできたはずだ。しかし作者は敢えて中心をずらして、事件どころか物語の構図や構造そのものに主軸を据える。今の事故と過去の事故の、似てはいるけれど関連はなさそうで、でもわざわざ同じ長篇ミステリに出て来ているのだから、何かあるんだろうという、メタレベルでの疑い。入院中の小鳩君の前に姿を現さない小佐内さんが、裏で何かをしているらしき怪しさ。小鳩君は入院が長引き体調もあまり良くなさそうな隔靴掻痒。これらの要素を作者は丁寧に描き込み、一つの物語として見事に、そして意外性たっぷりにまとめ上げている。
これだけでもミステリとして傑作である。更に小市民シリーズのファンとして嬉しいことに、ここに最高に近い幕切れが付いてくるのだ。以下、作者と同年配の一人の中年としての独白である。能ある鷹が能動的に爪を隠すだけなら良いが、隠したまま生きるのが理想と決め込むのは、単なる中二病である。しかしそのような中高年でも、十五年前にはそこまで理解できていなかった。小市民シリーズが始まった二十年前にはもっと無理。そう考えると、リアルタイムで付き合ってきた読者にとって、シリーズがこう終わるのは感慨も一入なのである。刊行に要した年数や、自分や作者の年齢を踏まえた読解は、恐らく邪道なのだろう。でも『冬期限定』に関しては、乙なものでした。
石持浅海と東川篤哉が選考委員を務める、不定期の本格ミステリ新人発掘プロジェクト、カッパー・ツーから、四人目の新人が登場した。信国遥『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』(光文社)がそれだ。
インターネットラジオを通じて犯行声明や殺害時の音声を流す連続殺人犯ヴェノムが出現した。脱サラして探偵業を営む主人公・鶴舞は、ジャーナリストの美女ライラに依頼されまた提案されて、ヴェノムの正体を暴くために、ネット上でラジオや動画を公開して捜査を進めることにした。そしてヴェノムと鶴舞のコンテンツは、当然ながら捜査当局の知るところとなる。
劇場型犯罪ならぬ劇場型探偵とは珍しい。しかしそれ以外は良くも悪くも普通に、既視感のある展開をしていく。途中までは。後半、ある出来事が起きるや、物語は一気に加速、しかも急転。読者の予想を裏切る局面が連発し、「なるほどこれがやりたかったのか!」「だから前半がああだったのか!」と膝を打たされる。ミステリとして読んで損はさせません、と断言できる。展開の性質上、これ以上の詳述は避けるべきであろうが、敢えて一つだけ言っておくと、魅力的な登場人物をあっさり使い捨てできる作家は、強い。
最後の穂波了『忍鳥摩季の紳士的な推理』(双葉社)は、二十代前半の忍鳥摩季が、一定の法則で生じる超常現象(ワープホール、時間停止、言動支配、タイムリープ)の傍らで起きた殺人事件の謎に挑む連作短篇集である。各篇の犯人が、現象を逆手に取ったり法則の間隙を縫ったりして頑張っているのが楽しい。加えて、摩季の推理時のパートナーであるダンディな中年男性「先生」は、どうも摩季にしか見えていないようだ。彼の正体は連作としての焦点である。ミステリ・ファンならすぐ見当が付くかと思いきや、更にその先があるのだ。
(本の雑誌 2024年7月号)
- ●書評担当者● 酒井貞道
書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。
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