高野史緒の書痴小説集『ビブリオフォリア・ラプソディ』に◎!
文=大森望
題名が予告されてから5年。伊東麻紀の超久々(28年ぶり?)の新作長編『根の島』(アトリエサード)★★★½がついに出た。生物兵器の影響で男性が生まれなくなり、人口が激減し文明が後退した未来。新生児の8割は生物学的女性に、残り2割は生殖能力のないスュードとなる。子種を持つメイルは貴重な資源として各都市に保護(軟禁)されている。主人公の鶫は、"根の島"の紅娘市で暮らすスュード。大量のアンドロゲンを投与されて戦闘能力を強化され、保健局長のもとメイルの略奪を担当してきた。だがある日、用済みになったメイルの殺処分を命じられた鶫は、その命令に背き、メイルを連れて逃亡。唯一メイルが生まれる太母市を目指す......。
ロードノベル風の展開を経て、後半は世界の秘密が明らかになり、SF味がぐっと強まる。社会の全体像が見えにくい憾みはあるが、エンタメ性も意外と高く、ぐいぐい読ませる。ラス『フィーメール・マン』、鈴木いづみ「女と女の世の中」、アトウッド『侍女の物語』などの系譜に連なるフェミニズム系ディストピアSFの力作だ。
高野史緒『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』(講談社)★★★★は、本にまつわる5話(うち3話が書き下ろし)にプロローグとエピローグを加え、全体を(小道具としての)ダブルクリップできれいにまとめた連作集。第1話は、"読書法"により(ごく一部の例外を除き)新刊の寿命が6年と定められた世界が舞台。既刊のほとんどが消え去り、書店の店頭は新刊のパラダイスになる──という具合に、エッセイ的なネタを融通無碍に展開する。マイナー言語の(日本にたったひとりしかいない)文芸翻訳者の話、あらゆる小説を斬りまくってきた文芸評論家が存在するはずのない自作小説と書店で遭遇する話、高校2年のとき「詩人になれますように」と願った少女の話、日下三蔵風の古本マニアが夢のような古書店に溺れる話......。本誌読者なら楽しく読めること請け合いの書痴小説集。
新潮文庫nexの新刊が2冊。柞刈湯葉『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』★★★½は、帯に"すこし不思議な青春SF小説"とあるものの、中身は幽霊ネタの青春ミステリ。主人公は18歳の理系大学生・谷原豊。曾祖母が100歳で死んだあと、鵜沼ハルと名乗る謎めいた女性霊媒師が訪ねてくる。曾祖母の女学校の同級生だというが、見た目は40歳前後。彼女の助手のバイトを引き受けた豊は、幽霊を信じないまま、"幽霊との対話"に立ち会うことになる......。いかにも柞刈湯葉らしい、異色の理系ゴーストストーリーだ。
対する緒乃ワサビ『天才少女は重力場で踊る』★★★½は、『白昼夢の青写真』などのビジュアルノベルで知られる著者の初小説。こちらも主人公は理系の男子大学生。卒業単位欲しさに一石教授の研究室を訪れた"俺"こと万里部鉱に与えられた仕事は、17歳の特別招聘教授・三澄翠を毎朝起こして連れてくること。そんなとき、鉱のもとに未来からメッセージが届く。「わたしとあなたが恋をしないと、世界は終わる」──かくして鉱は、極秘の"HCLプロジェクト"に身を投じる。"未来との交信"というおなじみのモチーフを軸に、必要最小限の要素で(ギリギリ絵空事にならずに)うまく組み立てられた、コンパクトで楽しい王道ツンデレSFラブコメ。
小林達也『スワンプマン芦屋沼雄(暫定)の選択』(KADOKAWA)★★★は、MF文庫Jライトノベル新人賞の選外デビュー作。スワンプマンの思考実験(男が落雷で死亡、その男と記憶や人格も含め原子レベルでまったく同一の男が沼から出現したら?)を核に、意識の問題について考察する前代未聞の奇天烈ライトノベル。議論も話もSF的な方向に転がらないところが逆に面白い。
宇津木健太郎『猫と罰』(新潮社)★★は、日本ファンタジーノベル大賞2024の大賞受賞作。語り手の己は、九つめの命を生きている猫(三つめの命で漱石に飼われ、"吾輩"のモデルになったという設定)。"魔女"と呼ばれる女性が切り盛りする古書店に出入りするこの猫の過去生と並行して、作家志望の女の子をめぐる現代の事件が語られる。吾輩×ビブリア古書堂×ファンタジーという趣向で、テーマは"小説を書くこと"。設定がふんわりしすぎ&要素が多過ぎだが、刺さる人もいるかも。
アン・マキャフリー『歌う船[完全版]』(嶋田洋一訳/創元SF文庫)は、今や古典的名作の地位を確立した人気作のリニューアル。旧版に未収録だった「ハネムーン」「船は還った」を加えた新訳版。
最後に小説外を2冊。フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史 ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』(ないとうふみこ訳/作品社)は、「人類は宇宙に進出すべきである」という主張の歴史を150年にわたって(批判的に)たどる研究書。著者の主張には異論のある人もいるだろうが、ツィオルコフスキーの『地球をとびだす』とか、フォン・ブラウンの『プロジェクト・マーズ』とか、科学者が書いた(多くは未訳の)SFが大量かつ詳細に紹介され、それだけでも楽しい。SF作家のSFも当然多数登場する。同書でも紹介されるロシア宇宙主義の論考とその解説を集めたのがボリス・グロイス編のアンソロジー『ロシア宇宙主義』(乗松亨平監訳、上田洋子・平松潤奈・小俣智史訳/河出書房新社)。すべての生けるものが集うフョードロフの誇大妄想的(バカSF的?)博物館論に始まり、奇々怪々な思想が次々に開陳される。ネタ本としても貴重。
(本の雑誌 2024年9月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »