科捜研からスピンオフまで連作短篇集が熱い!
文=酒井貞道
まずご紹介したいのは、岩井圭也『科捜研の砦』(KADOKAWA)だ。題名通り、沢口靖子のおかげですっかり人口に膾炙した感のある科捜研を扱っている。収録全四篇で探偵役を務めるのが、警視庁の科捜研トップの実力を誇り、「科捜研の最後の砦」の異名を持つ土門誠である。初登場時三十歳の彼は、受け答えが極端に無愛想で、表情にも乏しい。物語の語り手は別におり、しかも短篇ごとに交代する。小説上の主人公は彼ら語り手なのである。
土門は、事件事故の科学的調査において、他の誰もが見逃した不審点に気付き、そこを糸口に真相を解明する。ミステリ的に面白い発想のトリックや伏線が沢山あってそれだけでも面白いのだが、注目すべきはそこに付された小説的肉付けである。土門は調査を冷静冷徹に進めているように見える。しかし実際には、彼なりの熱い想いが込められているのだ。それが、各篇の主人公──千葉県の科学警察研究所員、交通捜査課の警官、大学理学部の有期契約講師──の信念、屈折、人格と共鳴・共振し、内的波乱や決意、翻意を生み出していくのだ。より端的に言うと、人生や人生観が変わるのである。ここに魅力がある。近年とみに熟達の度を増す、多芸な岩井圭也の新境地だ。
そんな岩井氏に負けず劣らず多芸多才な結城真一郎も連作短篇集を刊行した。『難問の多い料理店』(集英社)がそれ。題材はゴーストレストランである。コロナを境に増えた、客席を備えた実店舗を持たず、料理はデリバリーでしか提供しない飲食店のことだ。この営業形態は怪しげなイメージがとかく付きまとうが、本書に登場する店はその極致である。六本木の雑居ビルで年齢不詳のオーナーシェフが厨房を構える。店は一つなのに、店名を複数掲げて、世界中のあらゆる料理を出す。そして、料理の特定の組み合わせでの注文は、オーナーへの謎解き依頼なのだ。ただし彼は推理するだけであって、店から動かず、依頼人に会いにすら行かない。調査活動は専ら、Uber Eatsをモデルにした《ビーバーイーツ》の配達員たちが実行する。彼らは語り手を務めるが、オーナーに専属することはなく、短篇ごとに交代する。
各篇は魅力的な謎に彩られる。火災現場に突入した謎の人物、指のない轢死体、SNSを見てぶつぶつ呟く空き巣未遂犯、未開封配達物への異物混入、玄関先に何者かが何度も置く荷物など、収録六篇の謎はいずれも手強い。配達員たちはオーナーの指示に従って丁寧に調査する。オーナーは、材料が揃ったと判断したら、「試食会を始めよう」と宣言して、配達員を前に自らの推理を披露するのである。
この推理がまた上手い。飛躍した発想を、ヒントとなる事実を丁寧に拾って補強するタイプの推理であり、基本的には意外性に富んだものになる。説得力も強く、謎解きミステリとしては極めて高水準だ。
そして、探偵役のオーナーが怪しげな人物であることが、次第に重きをなしてくる。店の秘密を口外したら命はないなどと真顔で冷静に言明し、その不気味さに震える配達員も出てくる。飲食物を扱うミステリは、とかく人情噺に傾きがちである。誤解して欲しくないが、本書にもユーモラスな展開や、心温まる場面はある。しかしベースはもっとクールで、ときに不気味ですらある。結城真一郎にはこんな抽斗もあったのかと舌を巻く思いである。
今村昌弘『明智恭介の奔走』(東京創元社)は、『屍人荘の殺人』から始まる剣崎比留子シリーズの前日譚に当たる連作短篇集だ。探偵役を務める、ミステリ愛好会所属の大学三回生の明智恭介は、『屍人荘の殺人』で退場した人物ながら、そのミステリ愛/探偵愛あふれる行動が読者の支持を得て、スピンオフに近い形で主役を担うことになったのだ。なお語り手は収録五篇中三篇で後輩の一回生・葉村譲が務める。剣崎比留子シリーズでのシリアスな様子とはまるで異なり、緩く楽しい空気感で先輩の世話を焼いておられる。後の彼を知っている身としては、正直なところ感情が揺さぶられます。なお他の二篇では、それぞれ別の、中年以上の男性が語り手となります。
今月は連作短篇が熱い。
さて本格ミステリの旗手として活躍中の今村昌弘のことだから、各篇で展開されるミステリ模様はまことに素晴らしいものだ。何より、推理の精度が高い。象徴的なのは「泥酔肌着引き裂き事件」である。泥酔して帰宅した明智は、目覚めた時、下着のパンツが引き裂かれていたものの、ズボンはちゃんと穿いてベルトまで締めて寝ていたことに気付く。明智はこれを、誰かが手を加えたに違いないと言い張り、葉村を呼び寄せて調査を始める。酔っ払ってやったことを覚えていないだけだろ、としか思えず、謎としては間違いなくアホアホの部類に入る。そして真相もアホの極みだ。ところが、その真相を導き出す推理はガチンコに立派なのである。
この「泥酔肌着引き裂き事件」は非常に示唆的だ。今村昌弘は推理には絶対に手を抜かない。そして間抜けな謎と真相は、これはこれで登場人物と話の雰囲気に合っていて素敵であり、小説としての完成度向上に貢献している。これは他の短篇にも共通する特徴だ。強固な推理の傍らで、物語の内容と雰囲気に沿って適切に設定された謎と真相。思えばこのバランスの良さは、今村氏のシリアスな作品でも言えたことである。今村昌弘の力量の本質は、こういうところにも潜んでいるのだろう。
謎や推理で、古典化した先行作品を明らかに意識した形跡が散見されるのも、本短篇集の特徴だ。ただでさえべらぼうに上手いのに、マニア心すら手玉に取るのである。素晴らしい本格推理作家と言う他ない。
(本の雑誌 2024年9月号)
- ●書評担当者● 酒井貞道
書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。
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