1091ページの巨峰・奥泉光『虚史のリズム』に五つ星!

文=大森望

  • 虚史のリズム
  • 『虚史のリズム』
    奥泉 光
    集英社
    5,280円(税込)
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  • 一億年のテレスコープ
  • 『一億年のテレスコープ』
    春暮康一
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • 銀河風帆走 (創元日本SF叢書)
  • 『銀河風帆走 (創元日本SF叢書)』
    宮西 建礼
    東京創元社
    1,870円(税込)
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  • 山手線が転生して加速器になりました。 (光文社文庫 ま 21-2)
  • 『山手線が転生して加速器になりました。 (光文社文庫 ま 21-2)』
    松崎有理
    光文社
    858円(税込)
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  • ムーンシャイン (創元日本SF叢書)
  • 『ムーンシャイン (創元日本SF叢書)』
    円城 塔
    東京創元社
    1,870円(税込)
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 日本の夏、SFの夏──と書くのも何度目か。しかしこの盛夏は、ふつうの月ならトップで扱うような日本SFの話題作が一気に5作も出た。もっと散らしてくれれば......と嘆きつつ、その5冊に絞って紹介する。

 物理的にも内容的にも最大級は、ハードカバー1091ページの巨峰、奥泉光『虚史のリズム』(集英社)★★★★★。98年に出た歴史的傑作『グランド・ミステリー』(今はKindle Unlimitedで読める)の直接の続編というか戦後編だが、石目鋭二が最初の語り手なので、『神器』の続編でもある。

 時は昭和22年。名探偵に憧れる石目は闇市のエロ本商売や石鹸作りで荒稼ぎする傍ら、新宿にバーを開き、そこに探偵事務所を設立。殺人事件の解明を依頼されて捜査を進めるうち、K文書と呼ばれる海軍の機密文書が浮上してくる。鍵を握るのは、二度目の人生を送っている(かに見える)人々だった......。

『グランド...』で提起された「歴史の改変は可能か?」というSF的アイデアの"その後"が改めて検討されるが、これがSFだということを真っ向から否定する人物も出てきて一筋縄ではいかない。さらに「奥泉版『アベンジャーズ』ですか?」というくらい様々な過去作の要素が投入され、ジャンル的にもストーリー的にもキャラクター的にも集大成の趣。とはいえ、石目のとぼけた語りのおかげですばらしく読みやすく、前2作を未読でも問題なく楽しめる。

 春暮康一『一億年のテレスコープ』(早川書房)★★★★はド直球のファーストコンタクト系ハードSF。「遠くを見る」という意味を込めて命名したと父に聞いて以来、天体観測に魅せられた鮎沢望は、長じて電波天文学を専攻し、彗星を使った太陽系規模のVLBI(超長基線電波干渉計)ネットワークという壮大な観測計画を立案。天文部時代からの親友の千塚新、大学で出会った八代縁と3人で冗談半分に始めたサークルは、彼らの人格がアップロードされ事実上の不死を得たことで現実味を帯びてくる......。

 そこから先はイーガン(『ディアスポラ』+「鰐乗り」+「プランク・ダイヴ」)と劉慈欣(『死神永生』)を合わせて煮詰めたような超高カロリーの異星文明探査ものに飛躍。『法治の獣』に続いてユニークな異星生物が次々に登場する中盤は、アイデアと設定説明の嵐に(文系読者はとくに)胃もたれするが、題名の意味が明らかになる終盤は大いに盛り上がる。

 宮西建礼『銀河風帆走』(創元日本SF叢書)★★★★は、第4回創元SF短編賞受賞作に4編を加えたデビュー作品集。巻末の表題作は、単体での電子書籍版刊行時、「地球と太陽系を喪い、星の世界への進出を余儀なくされた人類は、生き延びるためにあらゆる形態の人間を生み出した。ぼくらもそうして生まれた宇宙船だ。そして今ぼくら2隻は特命を帯び、銀河中心にある巨大ブラックホールに向かって1600年に及ぶ旅を続けている──。弱冠23歳の著者が贈る、雄渾の遠未来ハードSF」と(版元に)紹介された作品。それから11年の歳月を経て、ようやく紙の本にまとまった。当時の日本SFとしては反時代的といってもいいくらいオールドファッションドな印象だったが、いまや流行を先取りしていたようにも見える(ちなみに春暮康一は85年生まれ、宮西建礼は89年生まれ)。

 前半の3編は、困難な状況のもと少年少女が科学への信頼を基盤にベストをつくす物語で、メッセージ性が強め。「もしもぼくらが生まれていたら」は、核兵器が存在しない世界線の2020年を背景に、間近に迫った小惑星の地球衝突による災厄を回避すべく、高校生たちが知恵を絞る。「されど星は流れる」は、部活を制限されたパンデミック中に系外流星を観測しようと天文部の先輩後輩コンビが奮闘する青春小説。「冬にあらがう」では、噴火による世界的な食料危機を前に、化学部コンビ(+AI)が合成食料開発に挑む。「星海に没す」は、同型の恒星船2隻が深宇宙で相見える"一騎打ち"サスペンス。

 松崎有理『山手線が転生して加速器になりました。』(光文社文庫)★★★★½は、創元SF短編賞の先輩(第1回正賞)による連作集。パンデミックのため人類が都市を放棄した未来を背景に、バカSFから泣けるSFまで全7話を収める。表題作(+「山手線が加速器に転生して一年がすぎました。」)は、東京が無人となり無用の長物と化した山手線を粒子加速器に転用し、意識を持たせて自立運転をはかる話。環状線時代の記憶が残る彼は強く抵抗、ストを決行するが......。なぜか江戸っ子口調のもと中央線や、宇宙重力波望遠鏡のリサコも登場し、愉快なドタバタ劇をくり広げる。「ひとりぼっちの都会人」は世界的名声を誇るリモート料理人がかつての客のために無人の東京で食材を調達し、晩餐を提供する本格料理小説。フェルミのパラドックスの元になった発言を題名にした「みんな、どこにいるんだ」は、意外な角度からユニークなファースト・コンタクトを描く。

 円城塔の『ムーンシャイン』(創元日本SF叢書)★★★★½は9年ぶりのSF作品集。08年〜23年発表の4編を収める。デビュー前に書かれた群像新人文学賞落選作「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」は、祖父が残した八つの■にはそれぞれひとつの物語が重ねられていた──という設定のもと、八つの掌編が連なるザ・円城塔(初期型)。表題作はムーンシャイン理論をネタにした叙情的数学SFの名作。「遍歴」はなんとも奇怪な生まれ変わり教団の話。生成AIを描く最新作「ローラのオリジナル」は、意外なほどストレートでテッド・チャン的に真面目な本格SFになっている。

(本の雑誌 2024年10月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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