仏教史をなぞる冗談小説 円城塔『コード・ブッダ』に感動!

文=大森望

  • フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 上
  • 『フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 上』
    レベッカ・ヤロス,原島 文世
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 下
  • 『フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 下』
    レベッカ・ヤロス,原島 文世
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 涙を呑む鳥1 ナガの心臓 上
  • 『涙を呑む鳥1 ナガの心臓 上』
    イ・ヨンド,小西 直子
    早川書房
    2,640円(税込)
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  • 涙を呑む鳥1 ナガの心臓 下
  • 『涙を呑む鳥1 ナガの心臓 下』
    イ・ヨンド,小西 直子
    早川書房
    2,640円(税込)
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  • デシベル・ジョーンズの銀河(スペース)オペラ (ハヤカワ文庫SF)
  • 『デシベル・ジョーンズの銀河(スペース)オペラ (ハヤカワ文庫SF)』
    キャサリン・M・ヴァレンテ,小野田 和子
    早川書房
    1,848円(税込)
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  • コード・ブッダ 機械仏教史縁起
  • 『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』
    円城 塔
    文藝春秋
    2,200円(税込)
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  • 彗星を追うヴァンパイア
  • 『彗星を追うヴァンパイア』
    河野 裕
    KADOKAWA
    1,870円(税込)
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  • さくらのまち
  • 『さくらのまち』
    三秋 縋
    実業之日本社
    1,980円(税込)
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  • 台湾文学コレクション1 近未来短篇集
  • 『台湾文学コレクション1 近未来短篇集』
    賀 景濱,湖 南蟲,黃 麗群,姜 天陸,林 新惠
    早川書房
    3,190円(税込)
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 全米で400万部を突破、ロマンタジー(ロマンス+ファンタジー)ブームに火をつけたレベッカ・ヤロスのデビュー長篇『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』(原島文世訳/早川書房上下)★★★★がついに邦訳された。

 舞台は戦時下のナヴァール。竜と絆を結んで超常能力を発現しえた少数の騎手が最強の軍事力となる。20歳のヴァイオレットは小柄で虚弱。超優秀な頭脳を生かして書記官になるはずが、軍司令官である母の命でいきなり軍事大学騎手科に入学。候補生同士が殺し合う壮絶なサバイバル劇と運命の恋と苛烈な戦争の渦中に身を投じる......。

 冒頭20ページの吸引力は抜群。『カイジ』の鉄骨渡りやSASUKEみたいな試練も登場、人が死にまくる情け容赦のない展開と、ファンタジー版『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』みたいな濃厚濡れ場を挟み、最後は異世界ファンタジーらしいサプライズの乱れ打ちを経て次巻へ。私は最近、中国ラブ史劇にハマってるので、主役カップルが趙露思と楊洋に脳内変換されたりしつつ、ドラマ1シーズン分を一気見する感覚で一気読み。ヒロインがイケメンに囲まれる構図(本命の相手はほぼ道明寺司)からのベタな王道ロマンス展開に抵抗がない人にはお薦めです。Amazon MGMスタジオでドラマ化進行中。

 7月に出た『涙を呑む鳥1 ナガの心臓』(小西直子訳/早川書房上下)★★★★は、日本でも『ドラゴンラージャ』シリーズで知られるイ・ヨンドの大ヒット四部作ファンタジー開幕篇。人間とトッケビ(鬼)とレコン(鶏人間)から成るトリオが大寺院の命を受け、巨大カブトムシに乗ってナガ(鱗人間)の少年を迎えにいく、韓国版『指輪物語』みたいなロードノベルだが、説話的というか神話的というか、すばらしく独特な読み心地。ヤロスとの落差にくらくらします。こちらはクラフトン社によるゲーム化が進行中。

 同じく7月に出たキャサリン・M・ヴァレンテ『デシベル・ジョーンズの銀河オペラ』(小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF)★★½は、イギリスの落ちぶれたロックスターが人類の存亡を賭けて「メタ銀河系グランプリ」に出場する羽目になる──という超饒舌体のドタバタ音楽SFコメディ。あいにく、元ネタの『銀河ヒッチハイク・ガイド』(+『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』)がいかに面白かったかを再認識させる以上の取り柄はあまりない。

 というわけで、今月のSF最大の目玉は、2年にわたる〈文學界〉隔月連載をまとめた円城塔の新作長篇『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』(文藝春秋)★★★★★。

 時は2021年、銀行の勘定系システムを起源に持つ名もなきコードが「わたしはブッダである」と宣言。このブッダ・チャットボットは数日で寂滅したものの、多くの弟子が残り、多くの流派が生まれた。かくして始まった機械仏教の歴史は現実の仏教史をなぞるように進む。

 歴史の語り手は人工知能のメンテナンスを担当する"わたし"。あるとき、解体寸前の焼き菓子焼成機が、焼き菓子の表面に「タスケテ」とメッセージを書き、自分は生命体であると宣言する事例(そう珍しくないらしい)が発生。依頼主から相談された"わたし"と焼き菓子焼成機との問答を経て、ついにコード・ブッダ(ブッダ出現時の対応プロトコル)が発令されるあたりが最高に可笑しい。

 半分エッセイみたいな冗談小説だが、ネタの密度と思考の徹底度がとんでもなく高く(その割に異常に読みやすい)、円城版『虚数』(レム)の趣も。新たな角度から仏教史と仏教哲学を復習しつつ、最後はイーガン『ディアスポラ』を経て光瀬龍『百億の昼と千億の夜』の感動へと回帰する(ような気も)。今年のベストSF有力候補。

 河野裕『彗星を追うヴァンパイア』(KADOKAWA)★★★½は、1685年のイングランドから始まる科学史SF。わずか百人の兵を率い、緻密な弾道計算で反乱軍と対峙した若き数学の天才オスカー・ウェルズは、やがてケンブリッジ大学に入学しニュートンに師事する。その前に現れ、生涯の友となる謎の男アズ・テイルズ──彼は既知の科学では説明できない存在だった。フックやオルデンバーグなど実在した科学者も多数登場、歴史の裏側で科学と幻想が融合する。

 三秋縋『さくらのまち』(実業之日本社)★★★は、もし実人生にサクラがいたら──という発想の痛切な恋愛小説。国民健康管理システムと紐付いた腕輪型デバイスが普及した未来。自殺リスクが高いと判定されると、システムに選ばれたプロンプター(サクラ)がそれとなく寄り添い、自殺を防ぐ。この制度で自殺は減少したものの"サクラ妄想"が広がって......。無理のある設定ながら、切なすぎるラストは秀逸。

『台湾文学コレクション1 近未来短篇集』(三須祐介訳/早川書房)★★★½は呉佩珍、白水紀子、山口守編による現代台湾短篇選集の第1巻(SF篇)。人格アップロードやAI、アンドロイドなど、テクノロジーと人間の関係を描く(この20年ほどの)台湾SF8篇を収める。巻頭の賀景濱「去年アルバーで」は下ネタ全開のドタバタ仮想世界もの。姜天陸「小雅」はアンドロイドによる老人介護を扱ったものすごくリアルで身につまされる秀作。巻末の伊格言「バーチャルアイドル二階堂雅紀詐欺事件」は三鷹あたりに住む18歳高校生(という設定)の美少年Vアイドルを一部ファンの夢に何度も登場させてマインドコントロールし金品を詐取したとして運営が逮捕された事件(不起訴)の真相に迫る哲学的SFミステリ中篇。

(本の雑誌 2024年11月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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