藤井太洋『マン・カインド』をあっという間に一気読み!
文=大森望
星雲賞の長編部門を獲ったあとで単行本になるのは、この賞の半世紀を超える長い歴史でも、これが初の快挙というか椿事だったらしい(山田正紀の『神狩り』は? と思ったら短編部門でした)。SFマガジン連載版(17年8月号~21年8月号)で2022年の同賞日本長編部門を受賞した藤井太洋『マン・カインド』(早川書房)★★★★½が、連載完結から3年余の歳月と大幅改稿を経て、ついに書籍化された。
小説の始まりは、著者の短編「公正的戦闘規範」「第二内戦」と同一世界線上にある2045年の南米。農業ベンチャー〈テラ・アマソナス〉に招聘された天才的公正戦コンサルタントのイグナシオ少佐は、ブラジル政府に雇われた民間軍事会社〈グッドフェローズ〉との戦闘に今回も鮮やかな勝利を収める。だが、なぜか彼は、投降した5人の兵士を無慈悲に銃殺させた。同行取材していたジャーナリストの迫田城兵はこの衝撃的な出来事をその場で速報記事にまとめるが、事実確認プラットフォーム〈COVFE〉によりフェイクニュースと判断され、配信を拒否されてしまう。不可解な事件の背景には、人類の未来に関わる巨大な陰謀があった......。
内戦で分断されたアメリカという舞台設定は、いま公開中の映画『シビル・ウォー』と共通するが、分断の背景は本書のほうが遥かによく考えられている。ハイテクを駆使した近未来のリアルな戦闘シーンは、(タイプは正反対ながら)伊藤計劃『虐殺器官』を彷彿とさせる。
〈人類を継ぐのは何か?〉と帯に大書されている通り、SF的には小松左京『継ぐのは誰か?』の21世紀版だが(高野和明『ジェノサイド』の流れを汲む現代的なエンターテインメントでもある)、幕の引き方がいかにも藤井太洋らしい。欠点と言えば、リーダビリティが高すぎてあっという間に読み終わってしまうことくらいか。今年の日本SFベスト長編の有力候補。
大恵和実編『日中競作唐代SFアンソロジー 長安ラッパー李白』(林久之ほか訳/中央公論新社)★★★½は、唐代を描く歴史SF/ファンタジー8編を集める。内訳は中国と日本が4作ずつで、うち4編が書き下ろし(中国1日本3)。
李夏の表題作は、リズムを刻み韻を踏んで喋らないと罰せられる韻律管理都市・長安に天才・李白が乗り込み、天衣無縫のリリックで戦うスチームヒップホップSF。日本語訳(大久保洋子)のリズムもすばらしく、中国ドラマ「慶余年」の主人公が乱酔放吟する名場面を思い出しました。円城塔「腐草為蛍」は、人馬一体型でキチン質の外殻を持つ北方民を率いて戦う太宗・李世民の活躍を史書風に語るトンデモ偽史SF。十三不塔「仮名の児」は、橘逸勢や空海が留学中の長安を舞台に、書の魔力に魅せられた少年の運命(と仮名誕生秘話)を描く。グラフィティアート風の落書き対決が楽しい。巻末の立原透耶「シン・魚玄機」は、軽功や剣技を身につけた凄腕の暗殺者・聶隠娘が、鷗外の同名小説でも知られる女性詩人・魚玄機との知られざる関係について語る。その他、灰都とおり、祝佳音、梁清散、羽南音の作品を収める。
小川哲『スメラミシング』(河出書房新社)★★★★は、〈文藝〉掲載作を中心に6編を収める(ほぼ)SF短編集。改元に合わせて出た〈文藝〉2019年夏季号の「天皇・平成・文学」特集に寄稿された「密林の殯」は、Amazonの荷物を配達する男を軸に、天皇/八瀬童子の継承の問題を、「デリヘル呼んだら○○だった」系AVの枠組(!)で語る。表題作は、反ワクなど陰謀論信者たちの交流を描く皮肉な風刺小説。気候変動陰謀論をテーマにしたイーガン「クライシス・アクターズ」と読み比べたい。
残る4編がSFで、七十人訳聖書の驚愕の秘密を暴く「七十人の翻訳者たち」(『NOVA2019年春号』)など3編が宗教ネタ。「神についての方程式」は"真の真空"とゼロ(=神)を重ねる"最後の宗教"こと「ゼロ・インフィニティ」の謎に迫る異常論文風奇想小説。「啓蒙の光が、すべての幻を祓う日まで」は、神が重大な禁忌とされる植民惑星で歴史学者が神の存在を証明してしまう(チャン「オムパロス」の裏返しみたいな)話。巻末の「ちょっとした奇跡」は劉慈欣「流浪地球」風の古典的なSFジュブナイル。地球の自転が停止した未来を背景にせつないボーイ・ミーツ・ガールを描く。
壁井ユカコ『不機嫌な青春』(集英社)★★★½は4編(うち3編がSF設定)から成る中編集。「ヒツギとイオリ」と「flick out」は、ともに奇妙な特殊能力(特異体質)を持つ少年が登場し、前者では男の子同士の不機嫌な友情、後者では父と息子の気まずい愛情が描かれる。SF的な道具立てを使って思春期の普遍的な悩みに(図式的にならずに)迫る2編。巻末の書き下ろし「ハスキーボイスでまた呼んで」は、令和版「たんぽぽ娘」みたいな時間もの。90年代後半から現代にやってくる中学生の江維子が今年のベストSFヒロイン級にすばらしい。スマホ時代とパソ通時代の対比も面白く、40代以上の読者は懐かしさに涙するかも。
マーサ・ウェルズ『システム・クラッシュ』(中原尚哉訳/創元SF文庫)★★★½は、大人気〈マーダーボット・ダイアリー〉の邦訳4冊目。『ネットワーク・エフェクト』の直接の続編というか、長めの長編の後半みたいな感じ。しまった、前の話を全然覚えてない──という人(オレか)のために、8頁に及ぶ「前作のあらすじ」がつく親切設計。活劇主体だった前作に対し、今回は説得と交渉が中心になるが、そのための作戦が爆笑もの。クライマックスにはちゃんとドンパチもあります。ローカス賞受賞。
(本の雑誌 2024年12月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »