『SGU警視庁特別銃装班』の馬鹿でかいスケールに驚愕!

文=酒井貞道

  • 黒猫と語らう四人のイリュージョニスト
  • 『黒猫と語らう四人のイリュージョニスト』
    森 晶麿
    早川書房
    2,090円(税込)
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 冲方丁の『SGU警視庁特別銃装班』(TOブックス)には驚かされた。本書で近未来の日本社会は、殺傷力の高い銃を装備した銀行強盗が横行するほど治安が悪化した、と設定されている。序盤で早速、強盗事件が発生し、特殊訓練を受けた直後の自衛隊員二人が現場に居合わせ、銃撃戦の後、強盗犯多数を殺傷。世論は反発し二人は除隊する。七年後、悪化する一方の治安状況を前に、警視庁が少数精鋭の銃装班の新設を決定し、元自衛隊員の二人がリーダー格として登用される。

 自衛官/警察官個々人の準備や行動、組織の対応、社会の反応などなどが克明に描写されている。銃撃戦専門の特殊部隊の活躍を描くドキュメンタリーのような小説を目指したのかな、と思う。帯の書店員による推奨コメントも、そういったリアルな話──各種描写が鮮明精密で、登場人物も魅力的だがただそれだけと言えなくもない──を読んだような感想ばかりだ。

 ところがこれ、中盤まで行くと別の要素もあったことが判明するのだ。それは犯罪者側の計画で、スケールが馬鹿でかいのである。ここでケレン味が急上昇する。しかも序盤から伏線まみれだったのが唐突に明かされる。この話、推理すれば真相をちゃんと導き出せます。アクション小説ファンはもちろん、推理小説好きにも強く推したい。

 森晶麿『黒猫と語らう四人のイリュージョニスト』(早川書房)は、黒猫シリーズ第九作で、衝撃的な結末を迎える。今回、若き大学教授《黒猫》は失踪中だ。正確には助手の《付き人》を含む大学関係者と連絡を絶っている。付き人は教授に頼まれて、失踪直前の黒猫に面会した元歌手、俳優、画家、写真家に話を聞きに行く。

 面会者の人数分、即ち四つの短篇で面会者それぞれが抱える謎を過去に黒猫が解いたことが面会者それぞれの視点から描かれる。版元は恐らくこれをもって《倒叙》としているが、うーんなんか違わないか。推理小説の既存のフォーマットになかなか嵌らない作品を得意とする森晶麿の面目躍如たる、独特な内容の謎解きになっており、楽しめます。そしてこの四つの短篇に、プロローグ、幕間、最終話を加えて連作短篇が形成され、シリーズは、その屋台骨が揺らぐ衝撃的な展開を迎えるのである。ファンは必読です。

 とはいえ、黒猫や付き人が実在の人物だったなら、この展開は必然で、身も蓋もなく「そりゃそうなるわな」と思ってしまった。浮世離れした美学の世界に遂に現実を持ち込んだ本シリーズ、この後はどう来るか?

 上田早友里『上海灯蛾』(双葉社)は、『破滅の王』『ヘーゼルの密書』と続いてきた戦時上海シリーズの第三作である。今回の題材は秘密結社・青幇で、一旗揚げるために上海にやって来た吾郷次郎は、日本人美女から阿片取引のため青幇と渡りを付けるよう頼まれる。そして次郎は、青幇幹部の一人、楊直に気に入られ、黄基龍という名を与えられて中国人と偽って青幇の仕事に従事し始めた。これが一九三四年のことで、物語は以後十年以上の次郎と楊直の動向を追う。日中戦争とインドシナ半島でのアヘン栽培を遠景として、面倒な時期に面妖な魔都で栄達を求めた男たちの栄枯盛衰が描き出される。ファム=ファタルめいた女性、組織の掟と我欲の間で遊泳する青幇構成員、純朴な青年が闇落ちした情報将校など、魅力的な脇役が多いが、ポイントは主人公・次郎の「普通さ」にある。最初は明らかに事態に巻き込まれていた感が強いが、青幇内で重きをなすにつれ、悪事に耐性が付いていく。しかし暴力性や享楽性は大して亢進しない。金や権力への執着は強くない。筋は通すし、人を踏み台や捨て駒にすることは少ない。禁欲的とか清廉潔白とか謹厳居士とは程遠いが、利己的側面は人並みの水準にとどまり、日本の農村暮らしに嫌気が差して上海にやって来た割にあまりガツガツしない。正義でも悪でもありつつどちらかに振り切れもしないこの主人公は、だからこそ、読者の大半が営んでいるであろう現代の普通の市民生活とシームレスに繋がる。人生のどこかで何かが一つ違えば自分もこうなっていたのでは、と思わされる人物を主役に据えた、八十年前の異国(しかも現代とは体制が全く違う)の魔都での物語。面白くならないはずがないのである。

 第九回新潮ミステリー大賞を受賞した寺嶌曜『キツネ狩り』(新潮社)では、失明した右眼で三年前の光景が見えるようになった尾崎刑事が、新人時代にチームを組んだ先輩刑事とキャリア警視の力を借り、この異能を捜査に活かす。

 三年前の事件現場の光景が見られるので、尾崎は犯人の顔がわかるし、現場から退避する三年前の犯人の後を追える。しかし現在の路上には人や車の通行があるし、鉄道の場合は三年前と時刻表が変わっていたらその時点でお手上げだ。それでも尾崎は通行上の困難に必死に食らいつく。既に取り崩されたマンションの部屋での三年前の光景を覗くために、尾崎はクレーンで吊り下げられさえする。使い勝手は悪い能力であり、トリオが知恵と覚悟をもって活用法を探るのが読み所の一つだ。

 しかし本書最大の美点は、この着想を真っ当な小説に落とし込んだ作者の力量にある。やや硬質な文体で、犯人逮捕に向けて情熱的に動く警官トリオの意欲的な言動を活写する。犯人側の動きもなかなか不気味で、特殊能力に頼らずにストーリーを盛り上げることもしており、高い実力を見せつけてくるのだ。なお主役の尾崎は女性だが、その女性性を強調しない作風なのもまた好ましい。地の文でも彼女はほとんどの場合、姓で表記される。女性刑事は下の名前で書き記す作家が未だ多い中、新人作家がこうなのは心強い。

(本の雑誌 2023年6月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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