驚愕の展開が待ち受ける『詐欺師と詐欺師』が素晴らしい!

文=酒井貞道

  • 詐欺師と詐欺師 (単行本)
  • 『詐欺師と詐欺師 (単行本)』
    川瀬 七緒
    中央公論新社
    1,925円(税込)
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  • 真贋 (星海社FICTIONS フ 3-01)
  • 『真贋 (星海社FICTIONS フ 3-01)』
    深水 黎一郎
    講談社
    1,595円(税込)
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  • にわか名探偵 ワトソン力
  • 『にわか名探偵 ワトソン力』
    大山 誠一郎
    光文社
    1,870円(税込)
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  • 六色の蛹
  • 『六色の蛹』
    櫻田 智也
    東京創元社
    1,980円(税込)
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 川瀬七緒のノンシリーズ長篇『詐欺師と詐欺師』(中央公論新社)は、女性詐欺師のバディものである。ただし関係性は対等とは言いがたい。一人称主人公である藍は最近帰国した凄腕の詐欺師だ。彼女と偶然知り合った同業者はみちる。みちるは有力国会議員をはめようとしていたが、藍からすれば手口があまりにも素人臭い。おまけに、両親の仇を追う復讐心、悪人しか狙わない義賊性、そして強過ぎる倹約精神が先に立っており、あまりにも危なっかしい。そこで藍は、みちるに詐欺の手ほどきをすることにした。

 藍は百戦錬磨で手口もスマートだが、みちるは悪賢くはなく、良く言えば直情径行、悪く言えば単細胞だ。詐欺師なのにお金をケチって、他人に盛大に騙されていたりもする。もちろんそうなってしまった同情すべき事情もある。物語はみちるのこの事情、即ち親の仇討ちを軸に据える。二人は共に仇の居場所を探し、周辺の人物に取り入り、仇の懐に入り──その過程は、バディ同士の軽快な会話に彩られている。正直とても楽しい。けれども二人とも詐欺師なので、読者としてはこう考えざるを得ない。快活で仲が良さそうな言動も、演技かもしれない。二人はお互いに何かを企んでいるかもしれない。終盤には騙し合いが炸裂するんでしょうなあ......。しかしそんな予断を、物語はばっさり切り捨ててくる。「ん?」という展開が徐々に増え、終盤は意外もいいところの驚愕の展開が待ち受ける。幕切れなどはほぼホラーだ。しかしミステリとしてはちゃんと締まっているし、物語としても落ち着くべき所に落ち着いた感がある。この読み味、他にはなかなかありません。素晴らしい。

 深水黎一郎『真贋』(星海社FICTIONS)は、芸術探偵・神泉寺瞬一郎シリーズの新作長篇だ。加えて、美術にまつわる事件を担当する美術犯罪課(ただし課員はわずかに二人)が警視庁に創設されたという設定で、主役は同課に配属された女性刑事が務める。事件内容は、大コンツェルンのオーナー、鷲ノ宮家の先代が集めた美術コレクションを、当代当主が偽者だと言い始める、というものだ。警察側は、相続税脱税のための虚偽主張ではないかと疑っている。これに、夭折の天才日本画家が当主の妻の若い頃を描いた名画に珍現象が起きる事態も重なる。

 美術の世界で贋作は、世界的な大事件も現実に複数回起きており、手口も様々である。そして贋作が世に溢れる背景は美術界には確かにあるし、騙す側と騙される側それぞれに、いやそもそもいみじくも美術に身を入れる人間であれば、執念や思想が必ずある。現実の贋作騒動にも横溢するこれらの点を、作者はフィクションに丁寧に落とし込んでいて感心させられる。殊に動機については説得力が比類ない。また、警察側や探偵役にユーモラスな人物が多いのもいい。地の文で主役が考えていることは笑えるし、警察側と探偵役の会話は軽妙である、この軽快な読み口の中で、作者は美術に関するあれこれを過不足なく盛り込んで読み応えも確保する。しかも三百ページちょいと、ちょうどいい長さ。美術ミステリのお手本の一つとなろう。

 大山誠一郎『にわか名探偵 ワトソン力』(光文社)は、その場にいるだけで周囲の人間の推理力を爆上がりさせる特殊能力《ワトソン力》を持つ、刑事・和戸宋志を主人公に据えたシリーズの第二短篇集である。前作同様、連作通したちょっとした仕掛けがあるけれどそれに頼るまでもなく、どの短篇も楽しい。特殊能力を持ち出し、本格推理マニアがおらずとも推理合戦が生じることに説得力を持たせた上で、様々なシチュエーションで好き放題に推理合戦を展開させる。今回は映画館、暴力団事務所(!)、ローカル鉄道の車両内、ロープウェイ車内、VRゲーム施設、大金持ちの邸宅、怪しげな研究施設で、それぞれ殺人事件が発生し、居合わせた人間がワトソン力に触発されて推理を披露する。各篇で、犯人がなぜその場所で事件を起こしたのかに着目した推理が光る。結局は否定される推理も結構凝ったものが多く、本格ミステリが好きな人なら退屈はしないはずだ。そして上手いなと思うのは、仮に推理に全く興味がない読者でも楽しめるよう、こんな状況でこんな人々が唐突に熱心に推理し始めるというコメディタッチの可笑しみが横溢する点だ。暴力団事務所で極道が推理に興じる「ニッポンカチコミの謎」(凄い題名!)などはその最たる例だろう。組長がエラリイ・クイーン・マニアなのも笑い所。主人公の和戸は刑事なのに、毎回非番の際に事件に巻き込まれ、刑事だとなかなか信じてもらえないギャグも癖になります。

 櫻田智也『六色の蛹』(東京創元社)は、ミステリーズ!新人賞受賞作の「サーチライトと誘蛾灯」から始まり、『蟬かえる』で日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を受賞した、魞沢泉シリーズの第三短篇集である。シリーズの赫々たる名声に恥じない、粒ぞろいのミステリ短篇が今回も揃っている。明確な謎と事件が最初から設定されているわけではなく、どことなく妙な事象が起きて、その理由を推理する内容の作品が多い。そして解明された真相はことごとく、意外性満点だ。どういう事件なのかを隠してそれを明かすという構造の作品なので、意外性が備わるのは当然と言えば当然なのだが、伏線配置や推理の起点設定が巧みで、説得力や衝撃度が高い。泡坂妻夫を連想する人が多いのもむべなるかな。ただし雰囲気は比較的ウェット。と、先行の短篇集二冊と特徴は共通する。つまり今回もシリーズのファンは必読だし、読者をしんみりさせる腕が更に上がっている。特に書き下ろし三篇が良いんだなこれが。

(本の雑誌 2024年8月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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