沈没船や遺跡を探る『水中考古学』の世界

文=すずきたけし

  • 水中考古学 地球最後のフロンティア
  • 『水中考古学 地球最後のフロンティア』
    佐々木ランディ
    エクスナレッジ
    2,420円(税込)
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  • ブックセラーの歴史:知識と発見を伝える出版・書店・流通の2000年
  • 『ブックセラーの歴史:知識と発見を伝える出版・書店・流通の2000年』
    ジャン=イヴ・モリエ,松永 りえ
    原書房
    4,620円(税込)
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  • リバタリアンが社会実験してみた町の話:自由至上主義者のユートピアは実現できたのか
  • 『リバタリアンが社会実験してみた町の話:自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』
    マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング,上京 恵
    原書房
    2,640円(税込)
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 一九一五年にイギリス人のシャクルトン率いる南極探検隊が乗船していたエンデュアランス号は南氷洋で海氷に閉じ込められ九ヶ月もの間動けず、結局船は氷に押し潰され沈没した。シャクルトンたち乗組員は船を降り、徒歩と救命ボートで一七ヶ月の漂流生活の末に二八人の全員が生還した。この生還劇についてはシャクルトンのリーダーシップなどにも注目され、日本でも多くの関連書が翻訳されブームとなったことを知っている人も多いだろう。そんなシャクルトンらが乗船していたエンデュアランス号がなんと南氷洋で発見されたというのだ。ネットの記事に貼られている動画に映し出された海中の船体には「ENDURANCE」という船名が沈没当時の金色のまま記されており、まるで昨日沈んだばかりのような姿だ。一〇〇年もの長きにわたり木造船がなぜ水中で腐らずに当時のままの形で残っていたのだろうか?という疑問は、偶然にもそのとき読んでいた本に書いてあった。佐々木ランディ『水中考古学 地球最後のフロンティア』(エクスナレッジ)によると、そもそも水中は地上よりも保存に適しているという。その理由のひとつには海洋開発といった人間の手が海には広く及んでいないことにより、遺跡などが手つかずのまま残されているという。ふたつめに環境として水中は酸素が少なく、砂が五〇センチ以上堆積するとバクテリアが生息できず、遺跡は真空パックされた無菌状態に近くなるという。本書にはスウェーデンでつくられた軍艦ヴァーサ号という沈没船が紹介されているが、この船はなんと三〇〇年も前の木造船ながら船体のほとんどが現存しており、船一隻丸ごと当時のまま展示されている。本書が紹介する水中考古学とは沈没船や水中の遺跡、道具などの出土品から人と歴史を探る学問で、ほかにも元寇で元軍が遭遇した神風が本当にあったのか、またそれはどの程度の規模と進路だったのかを、水中に沈んでいた元軍の船のイカリから知ることができるという。

 歴史といえば元書店員として無視できないタイトルを見かけて手に取ったのがジャン=イヴ・モリエ『ブックセラーの歴史 知識と発見を伝える出版・書店・流通の2000年』(松永りえ訳/原書房)だ。出版業の始まりにおいては出版社も取次もなく、印刷(写本)も流通も書籍商(本屋)が一手に請け負っていた。でも昔からゴシップ本がバカ売れしてたとか、古代の書店の写本は解放奴隷が頑張ってたとか、近代の書店も肉体労働で離職率が高いとか、なんだよ書店は今と大して変わらないではないかと思ったりした。翻訳本なのでヨーロッパ、それもフランスが中心で日本の事例が少ないのはやや残念。ヨーロッパ初の書籍見本市が行われたのはドイツのフランクフルトで現在も〈フランクフルト・ブックフェア〉として世界の出版業の中心となっていることや、それに匹敵する規模では一九八六年に始まった〈北京国際ブックフェア〉があると紹介されているが、日本のブックフェアの名前はない。そういえば〈東京国際ブックフェア〉は二〇一六年を最後に開催されてないなぁと少し寂しくなったりした。あと元書店員としては本書の価格も無視できないものであった。消費税も含めると四六二〇円にもなるのである。

 消費税どころかあらゆる税金を払わず、国家からの完全なる自由を目指す自由至上主義者「リバタリアン」たちが、彼らの理想郷であるフリータウンをつくりあげようとした顛末が、マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング『リバタリアンが社会実験してみた町の話 自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』(上京恵訳/原書房)。アメリカの田舎町グラフトンに住み着いたリバタリアンは公共財や公的予算を限りなくゼロにし、すべてを私有財産とすることで社会はよりよくなると信じている人たち。皆が税金を納めなければどうなるか?消防署を維持できず、自宅が火事になってもだれも助けに来てくれない。これが例えでなく本当に起こっていたりするのがこのグラフトンのお土地柄。ちなみにこの町があるニューハンプシャー州のモットーは「自由に生きる、もしくは死を("Live Free or Die")」なのだ。自由を求めて不自由になる人々の喜劇がてんこ盛りの本なのだけれど、行き過ぎた自由至上主義が失敗するという展開かと思いきや野生の熊が人を襲い始めたりとなんだかわからない展開になってきたりして、さらに後半は笑えないほどの悲劇が拡大していく。それも現在進行形。着地点や行き先がグラグラする構成はまるで幻想怪奇小説を読んでいるかのよう。

 怪奇と言えば、吉田悠軌『現代怪談考』(晶文社)が面白い。怪談研究家である著者がなかでも強い恐怖を感じる"子殺し"とこれまでの怪談を関連付けながら、怪談にあらたな光を当てようと試みている一冊。古くは出産時に亡くなった女性の妖怪「姑獲鳥」や、"子殺し"と東北という地理的関連からの「ザシキワラシ」考、そして「口裂け女」といった都市伝説から現代のネット発信による「コトリバコ」や「八尺様」など、これ一冊で民俗学的怪談からネット発の現代怪談まで一通り学べる。また章毎に挟み込まれる「現代怪談の最前線」のコラムがすこぶる楽しく、二〇〇〇年代始めに「怖い村」がブームとなったもののGoogleMapの登場でそんな隠れ里のような「怖い村」は存在しないことが分かってしまい、関心はあっという間に霧消してしまったという。しかし「きさらぎ駅」のような、乗った電車によって異世界へとたどり着くような都市伝説がGoogleMapが意味をなさない"異世界"として残り続けているというのが、怪談の特異な柔軟さを印象付ける。

(本の雑誌 2022年5月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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