日常の中でもう始まっている恐るべき『サイバー戦争』

文=すずきたけし

  • サイバー戦争 終末のシナリオ 上
  • 『サイバー戦争 終末のシナリオ 上』
    ニコール パーロース,岡嶋 裕史(監訳),江口 泰子
    早川書房
    2,530円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • サイバー戦争 終末のシナリオ 下
  • 『サイバー戦争 終末のシナリオ 下』
    ニコール パーロース,岡嶋 裕史(監訳),江口 泰子
    早川書房
    2,530円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ一〇〇年
  • 『ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ一〇〇年』
    マシュー・デニソン,実川元子
    カンゼン
    3,300円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 信じようと信じまいと
  • 『信じようと信じまいと』
    R・L・リプレー,庄司浅水
    河出書房新社
    1,870円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 メールやSNSを見るくらいしか利用しない僕はサイバーな戦争はハッカーが離れた場所にある他人のパソコンのデータを書き換えたり、消したり、フリーズさせたりして相手を困らせる程度だと思っていた。だが、大間違いであった。ニコール・パーロース『サイバー戦争 終末のシナリオ』(江口泰子訳、岡嶋裕史監訳/早川書房)は、サイバーセキュリティの専門家である著者が現在の世界が「戦争」の真っ最中であることを教えてくれる一冊。なんとサイバー攻撃は原子炉の破壊やダムなどへの物理的な攻撃や、社会インフラに大きなダメージを与えることが可能な兵器となっていたのである。二〇一七年には、ロシアがウクライナにサイバー攻撃を仕掛け、市民のPCをブラックアウトさせ(やっぱり!)、ATMでは現金を引き出せなくなり、電車の切符すらも買えなくなるなど、ウクライナ市民の生活に打撃を与えた。またチョルノービリ(チェルノブイリ)原発の放射線レベルの計測システムが作動しなくなるなど市民を恐怖に陥れたという。そしてこのサイバー攻撃はウクライナから欧州に飛び火し、なんとブーメランのようにロシア企業にまで被害が広がり(ロシアらしい)史上最悪のサイバー事件となった。しかも国家が主導して大量破壊を目的としたまさにサイバー兵器による攻撃なのだ。サイバー兵器のなかでも「ゼロデイ」と呼ばれる「最初に発見されたプログラムの欠陥」は、プログラムを開発した者が認識しない間は発見者がなんでも出来てしまう「無双」状態だという。例えばアイフォンのゼロデイでは、アップルが欠陥を認識するまでの間はユーザーのデジタル生活すべてにアクセスでき、またそこから他の様々なプログラムやプラットフォームに自由に侵入できてしまうという。そしてこのゼロデイがサイバー兵器として高額で取引され、国家によってサイバー戦争に使用されているというのだ。サイバー兵器はミサイルや戦闘機、戦車と違って削減することが不可能であり、また使用について国際ルールのないまま水面下で国同士が「堂々と」攻撃しあっている状態となっていて、まさに何でもありの「戦争」がすでに始まっていた。SNSで「いいね」が付いているか気にしている間に、世界は我々の目に見えない場所で大きく動いていたのである。

 目に見えない場所と言えば、佐野亨『ディープヨコハマをあるく』(辰巳出版)は、横浜という都市の様々な場所、カルチャー、そして歴史を、観光や遊びで訪れるだけでは目に見えてこない横浜の景色に照らしながらディープに解説しているローカル色の強い一冊。ディープ本と謳っているローカル本は、得てして路地裏の飲み屋街や危険な場所、ナイトライフなどに傾きがちだが、本書は横浜の歴史とカルチャーに重きを置き、その深掘りがまさにディープである。横浜は歴史的には一八五九年(安政六年)に横浜港が開港してから一六三年と実はまだ若い街なのだが、短期間に様々な国の文化が流入し、日本の近代化の最前線であった。彼の地には歴史の膜が幾重にも重ねられていることを実感できる。また本好きとしては横浜の書店にも目を向けているのも嬉しい。まさに街に歴史アリの一冊である。

「人に歴史アリ」という言葉が世界でもっとも似合うのがエリザベス女王である。マシュー・デニソン『ザ・クイーン』(実川元子訳/カンゼン)は、女王在位七〇年という英国最長在位となるエリザベス女王の伝記。一九二六年に国王ジョージ五世の孫として生まれたエリザベス女王は今年九六歳! ジョージ五世崩御の後、エドワード八世が王位に就くが、なんと恋を選び退位。弟であるエリザベスの父ジョージ六世(映画『英国王のスピーチ』の吃音の国王)が望んでもいない王位に就き、結果長女であるエリザベスが王位継承権第一位となる。そして一九五二年にジョージ六世が崩御しエリザベスが女王として二六歳の若さで即位。女王になるまでの本書は王室の内情(とくに結婚や恋愛、そして人間関係)に終始し、戦前から戦後にかけてはヒトラーの登場などもう歴史の教科書の話である。しかし八〇年代には二度の銃撃やマーガレット・サッチャー首相との微妙な関係、フォークランド紛争の勃発、王室内では長男であるチャールズ皇太子とダイアナ妃とのゴタゴタなど激動の時代を迎え、四〇代の僕でも記憶に残る出来事が登場。そして英国のEU離脱やコロナウイルスなどなど、戦前から現在の出来事までもがエリザベス女王を中心に語られるという「人に歴史アリ」すぎな女王なのである。
 中でもジョージ六世の頃から仕え、エリザべスとお忍びで映画館へ出かけたり、ふたりで冷凍食品を食べながらクイズ番組を見たりしたという王室の家政を仕切っていたパトリック・プランケットが亡くなったエピソードは、在位の長い女王の悲哀が汲み取れてホロリとさせられる。

「イギリス国王ジョージ一世は英語を話せなかった」

 という嘘のような本当の話をまとめたのがR・L・リプレー『信じようと信じまいと』(庄司浅水訳/河出書房新社)。本書は厳密には新刊ではなく、一九八六年に刊行された『世界奇談集』の復刊本。ジョージ一世はドイツ育ちのために英国王に即位しても英語を解せなかったらしい。そんな今でいうトリビア的小ネタを集めた一冊。なかにはなつかしいクシャおじさん(?)や、透明な肌で生まれて内臓や骨まで見えたという男の話まで「へえ~」という話と、リプレーが書いた刊行当時の挿絵が挟まれ、いまではよく知られたネタでも驚きを持っていた時代の雰囲気を醸し出していて面白い。

(本の雑誌 2022年10月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

すずきたけし 記事一覧 »