「色」から「ことば」まで恐るべき『戦争とデザイン』

文=すずきたけし

  • キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ
  • 『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』
    エドワード・ブルック=ヒッチング,ナショナル ジオグラフィック,片山 美佳子
    日経ナショナル ジオグラフィック
    2,200円(税込)
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  • 魚心あれば: 釣りエッセイ傑作選 (河出文庫 か 39-3)
  • 『魚心あれば: 釣りエッセイ傑作選 (河出文庫 か 39-3)』
    開高 健
    河出書房新社
    979円(税込)
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  • ユリイカ2022年9月号 特集=Jホラーの現在 ―伝播する映画の恐怖―
  • 『ユリイカ2022年9月号 特集=Jホラーの現在 ―伝播する映画の恐怖―』
    高橋洋,大島清昭,小中千昭,佐々木友輔,田辺青蛙,かぁなっき,寺内康太郎,皆口大地
    青土社
    1,980円(税込)
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 松田行正『戦争とデザイン』(左右社)は、「戦争と色」「戦争としるし」「戦争とことば」そして「戦争とデザイン」という四つのテーマで、デザインという視点から戦争の負を浮き彫りにする。「ナラティブ戦争」と呼ばれるロシアのウクライナ侵略(プーチンの戦争)では大義名分などストーリーを先に作りあげたほうが有利となり、その大きな役割を果たすのがデザインであるという。「戦争と色」では、タバコのラッキーストライクのパッケージはもともと緑色だったが、真珠湾攻撃の翌年に白地に赤丸のデザインに変更。太平洋で戦う兵士には日の丸のデザインに「ラッキーストライク(最高の一撃)」と好評だったが、ヨーロッパ戦線では標的のデザインが縁起が悪いと敬遠されたというのは面白い。またヒトラーのナチス式の敬礼や制服の腕章などは、もともとはイタリアのムッソリーニが始めたものだったが、ヒトラーにパクられて今では彼のビジュアルイメージとして定着している。「戦争としるし」では、十字のシンボルがかつては十字軍による死のしるしであったが、今では国際赤十字のシンボルとなっているのも興味深い。そしてもっとも強く、恐ろしいデザインは「戦争とことば」だろう。プーチンはウクライナの侵略戦争を「特別軍事作戦」という言葉に言い換え、太平洋戦争での大本営は全滅を「玉砕」、敗退を「転進」、戦死を「散華」と呼んだ。この「戦争とことば」は人々の奥深くに容易に根付いてしまい質が悪い。「生きて虜囚の辱をうけず」は投降が許されず多くの悲劇を生んだことばの「呪い」となった。「戦争」を多様な視点で考える上で一助になる一冊だ。

 競技としてのスポーツの歴史は時として戦争の顔をのぞかせる。エドワード・ブルック=ヒッチング『キツネ潰し』(片山美佳子訳/日経ナショナル ジオグラフィック)は、歴史上現れては消えていったスポーツをまとめた一冊。十四世紀から十五世紀のイングランドで行われていた「雄鶏潰し」は、軍事訓練を兼ねたゲームとして雄鶏を台に繋ぎ参加者が順番に雄鶏めがけて矢を射っていた。また中世のヨーロッパでは市民の不満のガス抜きとして雪合戦が流行。模擬戦争として大規模な雪合戦は人気になるが死者が出て禁止令が出る始末。それでも人々は雪合戦をやめず、雪玉から生卵の投げ合いに代わり、そして石材会社が主催となって数千人が石を投げ合って戦い、果てはこん棒やこぶしで殴り合ったという。もうそれ雪合戦じゃありませんから。古代ローマでは巨大な人工湖を作り、そこで過去の海戦を模した模擬海戦を行って見世物にしたというからさすがローマ、スケールがデカい。そのほか、十七世紀ドイツで行われていた「キツネ潰し」は、ふたりひと組でそれぞれ長い布の両端を持ち、逃げ回るキツネが布の上へと来た際に勢いよく布を持ち上げ最も高くまでキツネを飛ばした者が勝利となる。こんなものが男女が一緒に楽しめるスポーツとして紹介されていたというから驚きである。ほかにも「猫入り樽たたき」とか「クマいじめ」「カモいじめ」「ライオンいじめ」など競技名というより虐待じゃないかと思える動物受難のスポーツがてんこ盛り。現在とは倫理観や動物など自然に対する考えの違いに感心しながら読んだ。

 スポーツと自然の関りといえば釣りも含まれるだろう(異論は認めない)。釣りを嗜む人にとって、水辺から見える景色には普段とは違った感覚で自然を感じることができる。開高健『魚心あれば』(河出文庫)は開高さんの過去の釣りエッセイの再編集だが、釣りを通して紡がれる自然への言葉たちにただただ頷くばかりである。開高さんの釣りエッセイというのは釣り師開高健の愉快さに満ちているものの、軽妙で洒脱な文章から時折のぞかせる鋭い眼差しは油断ならない。本書収録の「自然への希求」では、都市というガラスとコンクリートの箱の中に住む人々は窓際のバラに眼を開くものの、窓の外に立ち込めるスモッグは眺めるだけで過ごすという話が出てくる。「私たちは、毎日、緩慢に腐敗しつつあり、緩慢に自殺しつつある」という言葉に、背中を蹴られたような驚きとともに、恥ずかしさと、自分はそうではないという言い訳が沸き起こる。

 過去から現在まで、釣り道具の進化こそあれ、魚が知性を獲得して進化しているワケでもなく、もちろん釣り人の知性もたいして良くはなってないワケで、果たしていつの時代も釣りエッセイ・随筆は確かな普遍性を持ち合わせているのである。

 時代の変化といえばJホラーである(異論は認める)。『ユリイカ 二〇二二年九月号 特集=Jホラーの現在』(青土社)は、二〇〇〇年代はじめから起こったJホラーブームと、そこから現在までの変遷と総括といった内容。どのページを開いてもいまだに映画『リング』や『女優霊』そして『呪怨』といったJホラーを代表するタイトルが起点となって語られていて、目新しさを感じることはないものの、Jホラーの中心的存在である脚本家高橋洋氏や三宅隆太氏、鶴田法男氏の登場はファンとしては嬉しい。また現在のJホラー作品が本来の怖さの感覚の伴わない「イメージだけのホラー映画」の量産になっているという高橋洋氏の指摘は納得するしかない。他の寄稿では、現在のホラー映画の主要な観客層が若年層に変化し怖さ控えめなソフトホラーの需要が増しているというから、本気で怖がらせようと頑張っている人たちは大変である。そのほか日本のホラーは総じて「心霊現象」であることや、なぜモンスター映画が作られないのかなどの考察も面白い。そしてかの有名な「小中理論」のスリリングなやり取りもありファンには満足の特集号である。

(本の雑誌 2022年11月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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