世界中の「サッカー民」の人生とルーツが詰まった書

文=すずきたけし

  • 聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし
  • 『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』
    金井真紀
    カンゼン
    1,870円(税込)
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  • 世界の終わり防衛マニュアル図鑑 自然災害・核戦争・宇宙人侵略に備えた各国の啓発資料集
  • 『世界の終わり防衛マニュアル図鑑 自然災害・核戦争・宇宙人侵略に備えた各国の啓発資料集』
    タラス・ヤング,竹花 秀春,ナショナル ジオグラフィック
    日経ナショナル ジオグラフィック
    4,950円(税込)
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  • 神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史
  • 『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』
    中山 茂大
    講談社
    2,420円(税込)
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 カタールで行われたワールドカップで、日本代表はドイツとスペインを破り決勝トーナメントに進出した。クロアチアにPKで破れ、惜しくも目標のベスト8進出はならなかったが、強豪国に勝利したことで可能性を感じさせてくれたチームであった。と書いてはいるが、ワールドカップが始まるまでとくに関心も薄く、期待もしていなかったのが正直なところだった。しかし、サッカーは応援するチームが明確であればこれほど面白いスポーツはないと改めて気づいた。いや、「面白い」という言い方はたぶん的外れかもしれない。金井真紀『聞き書き 世界のサッカー民』(カンゼン)を読めば、「面白い」という感情ではない「なにか」をサッカーに見出した世界のサポーターたちの本音が見えてくる。イランの女性、日系ブラジル人、クルド人、イギリス人、そしてLGBTQ+といった、様々なルーツやバックグラウンドを持つ世界中の「サッカー民」たちにインタビューした本書は、一言では収まらないサッカーの魅力に満ちている。

 イタリアのフィオレンティーナのティフォージ(「チフス患者」を意味するイタリア語で熱病にかかったような狂信的なサポーターのこと)であるティノさんは、アウェーのユベントス戦に遠征に行き、ユベントスのティフォージたちと大乱闘。肋骨を3本折って、飛んできたコンクリート片が頭に当たって血が吹き出したと言う。ただの乱暴者かもしれないが、ティノさんの置かれた境遇や環境を知ると、彼をある一線で止まらせ、このように無事(?)に本で取り上げられるまでにしているのはサッカーなのかもしれない。またスウェーデンでは、自分たちの国をもたないクルド人たちによるチーム、ダルクルドの存在がサッカーというスポーツが持つ影響の広さと、その力強さを感じさせてくれる。サッカーを「応援する人」たちから話を聞き、人生やルーツがサッカーとともに語られていく。しかし不思議と違う国や文化をもつ彼らは遠い存在には感じられない。なぜならそこには我々の知るサッカーがあるからなのだ。

 世界を知る、ということで興味深い本がタラス・ヤング『世界の終わり防衛マニュアル図鑑』(竹花秀春訳/日経ナショナルジオグラフィック)だ。昨今、北朝鮮によるミサイル発射などなにかと物騒な中で政府が発するJアラートへの対応が苦笑混じりに語られたりしていたが、そんな危機への対応について各国が国民に向けて作成したマニュアルを集めたのが本書である。パンデミックや自然災害、核戦争、そして宇宙人の侵略までなんでもござれのマニュアルだが、興味深いのは作成する国家の体制によってその表現が異なる点だ。民主主義国のマニュアルは個人が家族や財産を守る行動に重点を置く傾向があるが、社会主義国で作られるマニュアルは共同体の安全と存続に焦点が当てられているという。また冷戦期に今そこにある危機でもあった核戦争についてのマニュアルはつい最近までは過去のものになりつつあったが、昨今のウクライナへのロシアの侵略や日本の上空を何度も飛んでいるミサイルのおかげで、再び現実味を帯びてページを眺めてしまうのはいささか気持ちが悪い。1981年にイギリスの内務省が作成した「家庭用核シェルター」の自作マニュアルでは、ホームセンターで買える材料で即席の野外核シェルターの作り方があったりして、いつの日かYouTuberが『ホムセンの材料で核シェルター作ってみた』という動画を作りそうでもある。一方で自然から食べ物を得て、調理する方法や、怪我への応急処置などのサバイバル術のマニュアルは人気なのだという。マニュアルの有用性はそれを理解し実行できる人の数が多ければ多いほど高いという。漏れなく理解できるマニュアルのデザインに注目しながら興味深く読んだ。

 マニュアルといえば、北海道環境生活部が作成した「ヒグマとのおつきあい」というリーフレットがある。クマと人間との出会いは童謡の「森のくまさん」のように挨拶からは始まらない。例えば北海道の苫前町の観光ガイドブックには「喰い殺された」という言葉が二度も登場する。苫前町は吉村昭の『羆嵐』(新潮文庫)の舞台となった、大正四年十二月に起こった日本獣害史上最大の惨劇と言われてる三毛別羆事件の集落があった地である。苫前町郷土資料館では、かの事件を詳細に解説した資料が盛り沢山で、体重が五〇〇キロもの巨大ヒグマ「北海太郎」の大迫力の剥製が展示されている。また事件があった現場も再現されており、『羆嵐』を読まれた方は是非訪れて欲しいスポットである。そして獣害史上2番目の事件があった場所は、苫前からそう遠くない沼田で起こった。世に言う石狩沼田幌新事件である。なぜこの地でこれほどヒグマによる悲惨な事件が起こったのか。中山茂大『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』(講談社)でその理由がわかる。明治以降、北海道では開拓が進み人間の住む場所が拓かれていくが、札幌など北海道西部には多くの人が住むようになり、そこで生息していたヒグマ達は分断されてしまったという。なかでも西部の山地ではヒグマの生息域が狭まり、限られたエサ場を求めてヒグマが北西部へと移動することになり、前述した苫前や沼田など、北西部でヒグマが人間を襲う悲惨な事件が起こった。本書ではニシン漁や鉄道開発、砂金によるゴールドラッシュなど、北海道に進出した人々が出遭ったヒグマとの壮絶な事件の記録をもとに、北海道開拓史における人間と「神々」との不運な遭遇を描く。日本国内における捕食生物の頂点にいるのは人間ではなくヒグマであることを改めて知った一冊である。

(本の雑誌 2023年2月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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