人間と犬の苛烈な関係を描く角幡唯介『犬橇事始』

文=すずきたけし

  • 裸の大地 第二部 犬橇事始
  • 『裸の大地 第二部 犬橇事始』
    角幡 唯介
    集英社
    2,530円(税込)
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  • 世界でいちばん殺された男: ダニー・トレホ自伝
  • 『世界でいちばん殺された男: ダニー・トレホ自伝』
    ダニー・トレホ,ドナル・ローグ,倉科 顕司,柳下 毅一郎
    早川書房
    3,960円(税込)
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  • 「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命 近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景
  • 『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命 近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景』
    アンドリュー・シャルトマン,樋口武志,KenKen
    DU BOOKS
    2,200円(税込)
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  • ゲーセン戦記-ミカド店長が見たアーケードゲームの半世紀 (中公新書ラクレ 797)
  • 『ゲーセン戦記-ミカド店長が見たアーケードゲームの半世紀 (中公新書ラクレ 797)』
    池田 稔,ナカガワヒロユキ
    中央公論新社
    946円(税込)
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 前著『狩りと漂泊』で、これまでの冒険から思考の転換によって"覚醒"した角幡唯介の「裸の大地」シリーズ第二部『犬橇事始』(集英社)。今回は犬橇にフォーカスし、北極圏グリーンランドという極地での人間と犬との関り合いを虚飾抜きに映しだした。犬橇をはじめた理由は前著にて「良い土地」という概念に啓かれ、より深くその土地と関わるためには犬橇が不可欠であると感じたためだ。しかし現地のイヌイットから出来合いの橇を購入するのではなく、自ら橇を作り、そして犬たちを調教していく。これまでの角幡氏の著作にある圧倒的なリアリズムと批評性は、本書ではさらに強く読者の心に爪を立ててくる。とくに我々がもつ「犬」への愛玩的なイメージ、動物愛護といった通念は極北の世界には存在しないことに驚きを隠せない。「人間と犬との美しい協力関係」のようにイメージする「犬橇」は、まったくのファンタジーであったのだ。極北での犬橇で人間は前進するために犬の本能を巧みに利用し、そして犬たちは本能の赴くまま橇を曳き続けるのである。そして読後に呆然自失となってしまうほどのラストは強烈。前著から印象的だった不確定と共存するイヌイットの「ナルホイヤ」という言葉が、あまりに強いインパクトを残す。

 ハリウッドスターの自伝なのにページの半分以上は麻薬とアルコールと犯罪、そして刑務所の話という、これまたインパクト大なのがダニー・トレホ、ドナル・ローグ『世界でいちばん殺された男 ダニー・トレホ自伝』(柳下毅一郎監修、倉科顕司訳/早川書房)だ。ダニー・トレホと聞いて彼を思い出せる人は映画ファンでなければそう多くはないと思うが、カバーの顔を見ればピンとくるだろう。そう、ほとんどの出演作が犯罪者か囚人という名優である彼は、実際に十代から麻薬売買や窃盗と言った犯罪に手を染め、自身も麻薬中毒者だった。そのため若いころを刑務所で暮らすことになったが、厚い信仰から薬物を断ち切り更生。同じく犯罪や中毒から抜け出したい人々に手を差し伸べるようになったという。そして偶然にもコワモテ専門のエージェントと知り合い映画の世界へと足を踏み入れていく。社会と自らの関りを正そうと『与えよ、さらば与えられん』の精神で救済活動をするダニー・トレホ自身の自らを変える意志の力はとてもすばらしいし、刑務所から出所した人たちのロールモデルとされているのもうなずける。そんなダニー・トレホの息子たちについての語りは優しく温かい。同じく映画の世界に入った彼の息子ギルバートが、ロバート・デ・ニーロと映画について深く語り合っている姿を見て、「覚えておいたほうがいい。子供にはいつも本を読ませるべきだ」と記す場面はとても印象的だ。

 思い出す、といえばアンドリュー・シャルトマン『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命』(樋口武志訳/DU BOOKS)は、あの『スーパーマリオブラザーズ』の"音楽"の本。一度聞いたら忘れられない、みんな知ってるあの名作テレビゲームの音楽を手がけた近藤浩治氏の作曲技法をクラシック音楽の専門家が解説する。一九八四年、任天堂に採用された近藤氏は、ほどなくして『スーパーマリオブラザーズ』の音楽を任される。この当時「ファミコン」での音はそれぞれに制約のある5つの音声チャンネルを用いて異なるサウンドを生み出していた。近藤氏はそれらを駆使しながら反復とバリエーションによってマリオの音楽を作り上げていった。そして、地上、地下、城といったステージのテーマを、マリオのジャンプ、ダッシュ、泳ぐ、踏むといったゲームプレイの身体性とシンクロするよう考えた。とくに身体性は記憶に深く刻み込まれるのである。本書を読んでいるあいだずっと頭の中でマリオの音楽が奏でられていたのは言うまでもない。

 ゲームといえば"ゲーセン"を忘れてはいけない。池田稔『ゲーセン戦記』(聞き手・構成 ナカガワヒロユキ/中公新書ラクレ)は、今なお営業を続けるゲーセンの聖地「ミカド」店長によるゲーセン運営の実態とその奮戦記。池田氏は子供のころからゲーセンが好きで、バイト先もゲーセン、就職先もゲーセンにアミューズメント機を卸す会社、そして独立してゲーセン「ミカド」を立ち上げ、現在も店長として活躍するゲーセンがイコール人生のような人。なかでもゲーセンの収益構造を事細かに記しているのが面白い。UFOキャッチャーやクレーンゲームなどのプライズ機はバンダイが版権キャラクターを使った景品(プライズ)の登場によりヒットしたが、ゲーセンとしては景品の原価率の設定によって利益が変わり、一般的に八百円の景品を一個出すのに二千四百円を入れないといけなかったという。それも昔はアームのバネをスタッフがいじって力を調整するようなノウハウがあったが、現在ではあらかじめ機械側で数回に一回アームの力が変わるなど設定ができるようになっているという。それ、書いてしまっていいのだろうかと思えるゲーセンの裏側が詳細に書いてありとても興味深く読んだ。『ストⅡ』『バーチャファイター2』など格闘ゲームのブームやイベントで盛り上がった二〇〇〇年代、東日本大震災の二〇一〇年代、そしてコロナ禍での経営危機から現在まで、今もつづくゲーセン「ミカド」の実態はノスタルジックでありつつも現在進行形で面白い。一九八九年に約二万二千店あったゲーセンは二〇一九年には約四千店まで減っているという。同じく減少を続ける書店を重ねると、人が集まる場所として「場を作る」という考えに共通点が見られるのも興味深かった。

(本の雑誌 2023年9月号)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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