松波太郎『カルチャーセンター』で小説について考える

文=高頭佐和子

 松波太郎『カルチャーセンター』(書肆侃侃房)は、小説を書く老若男女が集う教室の場面から始まる。ある生徒が書いた小説「万華鏡」について皆が多様な意見を述べる。「かなりキテる」「物語の吊り革にくらいつかまらせてあげてください」「語り手がコロコロしすぎ」「音楽の楽譜のよう」

 いったいどんな小説なのか?好奇心を掻き立てられずにいられないではないか。大学院生のマツナミは、作者の青年・ニシハラくんに作品を素晴らしいと思った気持ちを伝えようとする。

 先入観なく読んでいただきたいので、その後の展開についてここでは書かない。異色の展開をするということ、青春小説でありさまざまな人々による小説論でもあることだけお伝えしておきたい。人はなんのために小説を書くのか。自分の中にあるものを表現するため? 誰かに読んでほしいから? 新人賞をとってデビューするため? そして、私は小説を読むことの何に心を奪われ続けているのか。さまざまな作家たちが生み出した小説と、一緒に生きてきたことの意味を考えさせられた。

 有吉玉青『ルコネサンス』(集英社)は、家族の物語だ。著者が二十代の頃に刊行されたデビュー作であり、昭和を代表する小説家だった母と過ごした日々を描いたエッセイ『身がわり』(新潮文庫)を思い出さずにいられない。それから三十年以上の時が過ぎ、フィクションという形で、不在だった父との関係が描かれる。

 大学院生の珠絵は、三年前に母を亡くした。すぐ後に祖母も失い、三人で暮らした家に一人で住んでいる。ある日母の兄から、幼い頃に家を出ていって以来交流のない父に、会ってみないかという提案をされる。迷う気持ちに呼び覚まされるように、母との思い出を小説に書いて応募したところ雑誌に掲載され、父の行きつけだというバーに通い一人の新人小説家として近づくことに成功する。娘であることに気づいているのかわからないまま何度も会ううちに、恋愛に似た思いを抱くようになる。

 甘やかな関係は、互いを親子と認め合ってから変化する。この父親、一人の女性という立場で見ると、紳士的な振舞いの似合う魅力的な大人の男性なのだが、珠絵が娘として求める包容力に応えてはくれない。時代遅れの夫婦観や、人の気持ちを悪意なく逆撫でする言動にも苛立つ。突然出てきた父親のあんたがそれを言うか!と、私も何度もツッコミたくなったが......。

「ルコネサンス」とは「互いにふたたび認める」という言葉だが、見分けること、偵察、感謝などいくつもの意味があると言う。珠絵は、自身が研究するサルトルからヒントを得たこの言葉によって、揺れる感情を分析し、親子とは何かという問題に向き合おうする。その聡明さと繊細な心理描写、情感溢れるラストが、静かに心に残る。

 水野梓『名もなき子』(ポプラ社)は、報道記者としても活躍する著者の二作目だ。深夜枠のドキュメンタリー番組を制作するテレビ局員の美貴が活躍する。高齢者施設で謎の不審死が続く中、マスコミに犯行声明が届く。生産能力のない高齢者を希望のない世界から解放するべきだ、という内容に対する世間の反応に問題を感じた美貴は、事件の取材を進める決意をするが、偶然知り合った無戸籍の青年・悟と関わるうちに、彼が事件に関係している可能性を考えるようになる。

 日頃様々なニュースに触れる中で、理不尽さに憤りを感じたことは誰でもあるだろう。だが、その感情は次第に奥にしまいこまれてしまうのではないか。そういった問題が次々に登場するのだが、美貴は決してそれを他人事と捉えない。シングルマザーとして子育てもしながら、そこまでやらなくても...というところまで、目の前にいる人の痛みに寄り添おうとするのである。一見スーパーウーマンのような女性だが、常に迷ったり不安になりながら、人の力も借りて真相に近づこうとする姿を応援したくなる。同じ社会に生きる者として、問題から目を背けないことの大切さが、ストレートに伝わってくる熱い小説だ。

 そして! 中山可穂『ダンシング玉入れ』(河出書房新社)がついに刊行された。多くの人には意味不明な題名だろう。著者が近年力を入れてきた『男役』(角川文庫)を初めとする宝塚小説シリーズのせいで、宝塚ファンと化した私にはわかってしまった。ダンシング玉入れって何?と思った方は、宝塚大運動会について調べつつ一度劇場に...というのも良いが、まずはこの小説を読んでいただきたい。唯一無二の美しい世界に触れることのできるハードボイルドなコメディ小説である。

 主人公は、暗殺組織「沙翁商会」に所属する殺し屋・コリオレイナス(コードネーム)。新しい依頼は、なんと!トップスター三日月傑を、他殺の証拠を残さず殺害せよという内容だ。コリオレイナスは、ヅカオタの協力員・ハーミア(というコードネームの関西のおばはん)の助言のもと、三日月の生活を観察し始めるのだが、劇場で見た美しい世界に心打たれ、三日月のストイックな生き方に感銘を受けるうちに、ズブズブと宝塚という沼にハマっていく。どうする、コリオレイナス? お前にトップスターが殺せるのか? ていうか、依頼者はいったい誰?

 時に笑いが込み上げ、わかるわ!と呟きたくなり、三日月にキュンとさせられ、コリオレイナスの冷徹さにゾクゾクしつつ、芽生えたての宝塚愛とプロ意識の板挟みになる姿にグッとくる愛すべき小説だ。ヅカオタの皆さんは、当然必読である。ちなみに、沙翁商会は著者初のノワール小説『ゼロ・アワー』(徳間文庫)にも登場した組織である。その後、主人公の少女はどうなったのか? こちらの続きが読める日も待ち遠しい!

(本の雑誌 2022年7月号)

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●書評担当者● 高頭佐和子

神奈川県生まれ。都内在勤書店員。文芸書担当。

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