大化け作家マイケル・ロボサムに注目!

文=吉野仁

  • 天使と嘘 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『天使と嘘 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    マイケル ロボサム,越前 敏弥
    早川書房
    1,210円(税込)
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  • 天使と嘘 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『天使と嘘 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    マイケル ロボサム,越前 敏弥
    早川書房
    1,210円(税込)
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  • 誠実な嘘 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
  • 『誠実な嘘 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)』
    マイケル・ロボサム,田辺 千幸
    二見書房
    1,595円(税込)
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  • われらが痛みの鏡 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ル 5-5)
  • 『われらが痛みの鏡 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ル 5-5)』
    ピエール・ルメートル,平岡 敦
    早川書房
    990円(税込)
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  • われらが痛みの鏡 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ル 5-6)
  • 『われらが痛みの鏡 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ル 5-6)』
    ピエール・ルメートル,平岡 敦
    早川書房
    990円(税込)
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  • スクリーム (ハーパーBOOKS)
  • 『スクリーム (ハーパーBOOKS)』
    カリン スローター,鈴木 美朋
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,360円(税込)
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  • 誘拐の日 (ハーパーBOOKS)
  • 『誘拐の日 (ハーパーBOOKS)』
    チョン ヘヨン,米津 篤八
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,290円(税込)
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「作家はいかにして化けるか」。いつの時代にも、実力がありながら、なかなかヒット作の出ない書き手がいる。質のいい作品を発表し続け、熱心なファンも多く、いずれ人気作家となることを期待されながら、そこで足踏みしたまま。ブレイク予備軍だ。ならば従来の殻を破るべく、大きなスケールの作品や未知のジャンルに挑戦させればいいのだろうか。そういえば大昔、有望な漫画家が、大病にかかって退院したのち発表した作品が大ヒットし売れっ子となったケースが多いという話をよく耳にした。いうなれば冒険小説の主人公のごとく、ひとたび「死にかぎりなく近づいた」のか。地獄の淵から復活を果たした者こそがヒーローであるように。

 と、近ごろ海外ミステリ作家で大化けしたといえば、オーストラリア出身の作家マイケル・ロボサムにつきる。『生か、死か』につづき、『天使と嘘』(越前敏弥訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)で二度目の英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞を受賞したのだ。

 物語は、臨床心理士サイラスが児童養護施設で少女イーヴィと出会う場面からはじまる。問題児とされたイーヴィは、人がつく嘘を見破れる特殊な能力の持ち主だった。しかも彼女は六年前に起きた異常な殺人事件現場の隠し部屋にひとりでひそんでいたところを発見され、本名も出自もわからないという過去があった。そんなとき、英国フィギュアスケート界の期待の新星とされる女子選手の遺体が発見され、サイラスは、事件担当の警部から協力を依頼された。やがて意外な事実が浮かびあがり、物語は二転三転していく。

 サイラスとイーヴィ、それぞれの一人称の語りが交互に展開するスタイルで、少しずつ見せていく事実と残したままの謎と先を予感させる暗示の按配が見事なだけでなく、作者は人の細やかな心理を描くのが巧く、ドラマがじわじわと身に迫ってくる。イーヴィのいじらしさやサイラスの孤独感などが伝わり、事件の真相だけでなく、ふたりの関係から目が離せないのだ。

 マイケル・ロボサムをもう一作。『誠実な嘘』(田辺千幸訳/二見文庫)は単独作。こちらは、ふたりの女性が交互に語り手をつとめる。スーパーマーケットで働くアガサは不幸な生い立ちに加え、これまで男運にも恵まれない離婚経験者だった。いまは英国海軍の通信下士官である恋人がいるものの、海に出ている彼に子どもを身籠もっているとまだ伝えていなかった。一方、メガンは裕福な家庭で育ち、スポーツ・キャスターの夫とふたりの子どもがいて、まもなく三人目を妊娠中だった。やがてアガサとメガンは親しくなるが、それぞれに大きな秘密を抱えていた。息を吐くように嘘をつく女と悩みを抱え秘密を隠す女によるサスペンスといえばいいのだろうか。こちらも話の先がおぼろげに見えながらも、予想を裏切る展開がうまく、出産をめぐる犯罪劇のなかに退屈の文字はない。

 ピエール・ルメートル『われらが痛みの鏡』(平岡敦訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、『天国でまた会おう』『炎の色』に続く〈両大戦間三部作〉完結篇だ。一九四〇年四月、小学校教師のかたわら、レストランで働くルイーズは、常連客のひとりである老医師ティリオンから奇妙な申し出をされた。ホテルの部屋で裸になった彼女はショッキングな出来事に直面する。のちにルイーズは、意外な過去の秘密を知ることとなった。群像劇の本作は、ほかにも兵士のガブリエルとラウール、詐欺師デジレ、そしてパリの機動憲兵隊員フェルナンと妻のアリスなどが登場し、ドイツ軍の侵攻が迫る第二次大戦下のフランスを舞台に、それぞれの数奇な運命が展開していく。なんといっても注目は詐欺師デジレで、さまざまな人物に化けるこの男、嘘で塗り固めて人を騙す天才なのだ。いくつものドラマが集積されたのち圧巻のクライマックスをむかえる。これは本当によくできた物語だ。

 カリン・スローター『スクリーム』(鈴木美朋訳/ハーパーBOOKS)は、〈ウィル・トレント〉シリーズの邦訳十作目。刑務所内で起きた殺人事件の捜査にあたっていたウィルは、服役中の男から、犯人を教えるかわりに八年前の連続強姦殺人事件を再調査せよ、と持ちかけられる。当時の警察署長ジェフリーこそが、不正捜査で自分をはめた張本人だというのだ。現在、ウィルは検死医サラと半同棲中だったが、そのサラの亡き元夫がジェフリーなのだ。そんなおり、同じ手口による女性の遺体が発見された。現在と過去が交互に語られていく本作は、つねに事件の現場の渦中に自分が居合わせているような迫力が感じられる。そして物語のなかで欠けていたパズルが次第にしめされ、その穴にぴたりと合わさったとき、驚きに似た快感を味わわされた。あいかわらずスローターは凄い。

 今月もっとも痛快で愉快だったのは、チョン・ヘヨン『誘拐の日』(米津篤八訳/ハーパーBOOKS)だ。ミョンジュンは、同じ児童養護施設で育った幼馴染みのヘウンと結婚し娘のヒエをもうけ、親子三人で暮らしていたが、あるときヘウンは家を出ていってしまい、そればかりか、ヒエが白血病で入院し、その治療費も手術代も払えず途方にくれていた。そんなときヘウンがもちかけてきたのは、身代金目的の誘拐計画。だが、目当ての豪邸から飛び出してきた少女ロヒを彼はうっかり車ではねてしまった。そればかりか、ロヒの家から両親の死体が発見された。

 間抜けな誘拐犯がさらった天才少女に翻弄され続ける本作は、軽いユーモアが漂っており、娯楽性に富んでいる。......だけでなく、トリックの部分もお見事。こんなに愉しく読んだ韓国ミステリは初めてだ。

(本の雑誌 2021年9月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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