ホロヴィッツの仕掛け満載『ヨルガオ殺人事件』を満喫!

文=吉野仁

  • ヨルガオ殺人事件 上 (創元推理文庫)
  • 『ヨルガオ殺人事件 上 (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • ヨルガオ殺人事件 下 (創元推理文庫)
  • 『ヨルガオ殺人事件 下 (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • 木曜殺人クラブ (ハヤカワ・ミステリ(1971))
  • 『木曜殺人クラブ (ハヤカワ・ミステリ(1971))』
    リチャード オスマン,羽田 詩津子
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • TOKYO REDUX 下山迷宮
  • 『TOKYO REDUX 下山迷宮』
    デイヴィッド・ピース,黒原 敏行
    文藝春秋
    2,750円(税込)
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  • レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕 (海外文庫)
  • 『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕 (海外文庫)』
    リチャード・レヴィンソン,ウィリアム・リンク,浅倉 久志,上條 ひろみ,川副 智子,木村 二郎,高橋 知子,仁木 めぐみ
    扶桑社
    935円(税込)
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  • 彼と彼女の衝撃の瞬間 (創元推理文庫 M フ)
  • 『彼と彼女の衝撃の瞬間 (創元推理文庫 M フ)』
    アリス・フィーニー,越智 睦
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • 自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫 M シ 17-1)
  • 『自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫 M シ 17-1)』
    ホリー・ジャクソン,服部 京子
    東京創元社
    1,540円(税込)
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 今年もまた秋の訪れとともに、各誌ベストテン入りを狙った大作、話題作が目白押しだ。

 まずは、アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』(山田蘭訳/創元推理文庫)。ごぞんじ『カササギ殺人事件』の続編で、今回も作中作として長編ミステリが一作まるまる入っている。

『カササギ殺人事件』から二年後、編集者を辞めてクレタ島で暮らすライランドのもとに、英国からトレハーン夫妻が訪ねてきた。それは彼らが経営する高級ホテルで起きた八年前の殺人事件に関することだった。あるとき夫妻の娘セシリーが、事件をモデルにした小説『愚行の代償』を読んだところ、逮捕された男は犯人ではないと気付いたらしい。だがまもなくセシリーは失踪した。『愚行の代償』とは、アラン・コンウェイによるアティカス・ピュント・シリーズの第三作。またしてもライランドは、かつての担当作家による謎めいた企みに翻弄されていく。自身が編集した『愚行の代償』をいざ再読してみたものの、事件関係者をモデルにしたキャラクターが登場する以外、まるで関係のない物語に思えた。だが、この二つの探偵物語はひそかに共鳴しあい、詳細かつ精査に読み解けば事件の真相に迫ることができるのだった。

 異なる長編の重なりあいから生まれる妙やクリスティーへのオマージュのみならず、著名ミステリ作家、出版、映画などにまつわるエピソードや言葉遊びなどをはじめ、全編にわたり刺激的な要素や仕掛けに事欠かない。本作もまた読者から絶大な支持をうけるだろう。

 こちらも英国発の話題作、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ)は、いわば老人探偵団が活躍するミステリだ。ある高齢者施設には、入居者が参加する〈木曜殺人クラブ〉があった。未解決事件の捜査ファイルからその真相を推理しあう趣味の集まりである。あるとき施設の共同経営者のひとりが何者かに殺されたことで、彼らは事件の解決に乗り出した。短い章立てで語り手や視点人物がめまぐるしく変わる構成のためか、読みはじめは物語の全体像や背後の流れがつかみづらかったものの、生き生きと描かれた語りや会話、クセの強い人物が打ち出すユーモアなど、場面場面を愉快に読ませていく。とくにクラブの中核人物エリザベスのふてぶてしい怪しさに注目だ。まさに殺人クラブの女王。また、お迎えの近い人たちが暮らす施設ならではの寂寥感を覚えるエピソードなどもしみじみと印象的だった。

 デイヴィッド・ピース『TOKYO REDUX 下山迷宮』(黒原敏行訳/文藝春秋)は、『TOKYO YEAR ZERO』『占領都市』につづく東京三部作の完結編で、戦後まもないころに起きた「下山事件」を扱っている。本作自体も三部構成で、第一部は、一九四九年七月五日から始まる。行方不明となった下山総裁を追っていたGHQ捜査官スウィーニーは、死体発見の報を受けた。

 自殺か他殺か、捜査を命じられ、事件の現場を歩く彼は、占領下東京を覆う闇にからめとられていく。第二部は、一九六四年、下山事件を取材していた作家が失踪したことから私立探偵がその足跡を追うという展開だ。アメリカ人の日本文学翻訳家を主人公にした第三部は、昭和の終わり、一九八八年秋から翌年初頭までが描かれる。それぞれの人物が東京の町という町を彷徨い歩く姿とピース特有の文体から漂うめまいのような感覚が残る。どこまで掘り探っても真相にたどりつけず、浮かびあがるのは地下に死体が埋まった都市の残像だけなのか。

 がらっと変わって、多くの人気探偵ドラマを製作した名コンビ、リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクの作品集、『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(浅倉久志他訳/扶桑社ミステリ)は、犯罪ものや怪談噺などの短編が十作並び、いずれもひねりやオチのきいた結末に、あっと驚かされる。とくに「愛しい死体」は、「刑事コロンボ」誕生のきっかけとなった作品で、本書の目玉だ。コロンボファンと短編ミステリ好きは必読!

 アリス・フィーニー『彼と彼女の衝撃の瞬間』(越智睦訳/創元推理文庫)は、BBCの記者アナによる「彼女」の章と警部ジャックによる「彼」の章が交互に展開していく謎解きスリラーである。ある町で、女性の死体が発見された。事件をめぐり、アナとジャックはそれぞれの事情を抱えており、ふたりの言い分は微妙に食い違っていた。重大な事実が章の終わりで明かされることから生まれる驚きとサスペンスにとどまらず、意外な真犯人にたどりつくラストまで、練りに練って創りあげた作者の技が光る。

 最後に、今月もっとも素直に愉しんだ探偵小説が、ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(服部京子訳/創元推理文庫)。主人公は、女子高校生のピップ。彼女が自由研究のテーマとして選んだのは、五年前に町で起こった十七歳の少女アンディの失踪事件だった。交際相手の少年サルがアンディを殺して自殺したとされていたが、サルを知るピップは彼の無実を証明するため、サルの弟を相棒に再調査をすすめた。しかも現代女子高生らしく、メール、フェイスブック、携帯電話など最新マルチメディアを駆使して独自の事件捜査をおこなってみせるのだ。なにより、ピップが次々と事件の関係者にインタビューしていくことで隠れた事実をあぶりだし、疑問点の見直しから真相へと迫る展開は、まぎれもなく探偵小説の王道をいくもの。邁進するヒロインの魅力とともに、彼女へ迫る危機などの展開も含め、ミステリとして申し分ない。じつに気持ちよく読める物語なのだ。

(本の雑誌 2021年11月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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