熱量も火薬量もますます快調『暗殺者の献身』が熱い!

文=吉野仁

  • 暗殺者の献身 上 (ハヤカワ文庫 NV ク 21-17)
  • 『暗殺者の献身 上 (ハヤカワ文庫 NV ク 21-17)』
    マーク・グリーニー,伏見 威蕃
    早川書房
    1,012円(税込)
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  • 暗殺者の献身 下 (ハヤカワ文庫 NV ク 21-18)
  • 『暗殺者の献身 下 (ハヤカワ文庫 NV ク 21-18)』
    マーク・グリーニー,伏見 威蕃
    早川書房
    1,012円(税込)
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  • 狙われた楽園 (単行本)
  • 『狙われた楽園 (単行本)』
    ジョン・グリシャム,星野 真理
    中央公論新社
    1,980円(税込)
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  • ずっとあなたを見ている (海外文庫)
  • 『ずっとあなたを見ている (海外文庫)』
    アメリー・アントワーヌ,浦崎 直樹
    扶桑社
    1,155円(税込)
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  • 夜と少女 (集英社文庫)
  • 『夜と少女 (集英社文庫)』
    ギヨーム・ミュッソ,吉田 恒雄
    集英社
    1,210円(税込)
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  • パッセンジャー
  • 『パッセンジャー』
    リサ・ラッツ,杉山直子
    小鳥遊書房
    2,090円(税込)
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 近年、海外ミステリでは、三部作形式でまとまった作品が以前より増えている気がする。同じ主人公で三作完結。長いシリーズにしてしまうと、マンネリズムに陥ってしまうからだろうか。

 その点でいえば、マーク・グリーニーによるグレイマン・シリーズはまったく心配無用だ。全編活劇の連続というスタイルは変わらないまま、追跡、逃亡、活劇などの各場面いずれも新奇さを失わず、熱量も火薬量も惜しまず投入されている。シリーズ第十作『暗殺者の献身』(伏見威蕃訳/ハヤカワ文庫NV)は、グレイマンことジェントリーが新たな作戦につくことから物語は始まる。世界中で起こっている情報機関員の失踪事件を探るため、ベネズエラへ行き、ドラモンドという男を連れ出せと命じられたのである。すでに送り込んだ工作員ザックは、現地でつかまったという。ベネズエラへ向かったジェントリーはドラモンドと接触したものの、そこで謎の傭兵チームの襲撃にあった。

 というのが上巻前半の展開だが、特筆すべきは、ジェントリーが、任務で負った刺傷のせいで重い感染症を患い、鎮痛剤を飲みながら半病人のような身体で任務を続けていくところだ。まともに動けない状態のなか、どう闘っていくのかが見所である。やがて舞台をドイツのベルリンに移し、愛する女性ゾーヤの身を守るために大都市を動きまわる。巨大な廃工場での闘いを経て、クライマックスでは、最新兵器をそなえた大規模なテロとの戦闘が繰りひろげられていく。最後まで見せ場の連続で、十作目だというのに、衰えた兆しはみじんもない。今後も期待するばかりである。

 ジョン・グリシャム『狙われた楽園』(星野真理訳/中央公論新社)は、評判をとった『「グレート・ギャツビー」を追え』の続編で、フロリダ州沖の架空のリゾート地カミーノ・アイランドを舞台に、独立系書店の名物店主ブルース・ケーブルを主人公とする物語だ。島に巨大なハリケーンが接近し、全島民に避難命令が出されたのち、島在住の作家の遺体が発見された、という事件で幕を開ける。前作の探偵役だった新進女性作家マーサーは脇役にまわり、ブルースが主役として描かれると思いきや、むしろ精彩を放つのは、書店の夏期アルバイト学生のニックである。犯罪小説マニアゆえ、現場を見て、即座にこれは殺人事件だと見破ってみせるのだ。今回も島に滞在する作家たちが多数登場し、そこで繰りひろげられる本の世界の話が愉しい。全編にわたって洒落が効いており、愉快な気分になるミステリである。

 それでいえば、アメリー・アントワーヌ『ずっとあなたを見ている』(浦崎直樹訳/扶桑社ミステリー)は、とことん不愉快になるフレンチミステリかもしれない。これほど後味の悪い小説はない。途中から胃がぐっと重くなる。ガブリエルは、妻のクロエと幸せな結婚生活を送っていた。だが、あるときクロエが海で水泳中に事故死し、彼は失意の日々を送ることになった。ところが若い女性エマと知り合い、次第に彼女に惹かれていった......。ミステリを読む愉しみのひとつに「騙される快感」があるとすれば、これは「騙された不快感」が残る。本作が仏・米で大ヒットしたというのは、その展開が人ごとではないからだろうか。

 フランスの作家であれば、この人の新作を待っている読者も多いだろう。他にはない大胆な作品構成で予想のつかない着地をみせる作品をこれまで読んできたからだ。ギヨーム・ミュッソ『夜と少女』(吉田恒雄訳/集英社文庫)は、コート・ダジュールのエリート高校を舞台にした学園ものである。一九九二年十二月、雪嵐の一夜が去ったあと、美少女ヴィンカが失踪した。教師アレクシスと駆け落ちしたとみなされた。それから二十五年後、リセの創立五十周年記念式典で卒業生たちが集まった。在校時はヴィンカに恋い焦がれていたトマも、現在は人気作家として活躍していた。だが、トマは友人のマキシムやファニーらとともに、学生時代の忌まわしい秘密を抱えたままだった。ミュッソ作品にしては、ケレン味だけでなく舞台となる場の変化に乏しいなと思いつつ読みすすめると、単純に見えた事件が、なんと複雑な運命の重なりによるものだったのかと驚かされる。作風が変わっても期待は裏切らない。

 九月刊では、ジョセフ・ノックス『スリープウォーカー マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ』、ケイト・クイン『亡国のハントレス』など、月のベストに挙げる読み手も多い作品があったものの、個人的にもっとも印象に残ったのが、リサ・ラッツ『パッセンジャー』(杉山直子訳/小鳥遊書房)だった。これはどこまでも逃げる女の物語なのだ。

 ターニャは、階段の下で夫のフランクが倒れているのを見てすぐに人工呼吸をした。だが、すでに手遅れだとわかり、シボレーのトラックに乗って西へと向かった。アミーリア・キーンという名の新たな身分証明書を手にいれ、新天地で暮らしはじめた。ところがある日とつぜん追手が現れた。女バーテンダーのブルーに助けられ、しばらく女ふたりで厳しい状況をくぐり抜けていくも、やがてブルーが意外な申し出をしてきた。はたしてヒロインは何者か。いったい何から誰から逃れているのか。読みどころは、章ごとに「わたし」が別人になりすまし、新しい土地で生き抜こうとする過程だ。単に偽名を口にして身を潜めるだけでは長く生活できないのである。もっともバーで出会った男にのこのことついていくなどかなり軽率な面もうかがえるのはご愛敬。名と姿を変えて逃亡する女のサスペンスをどこまでもたたみかけていく本作は、逃げたい人、必読だ。

(本の雑誌 2021年12月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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