『ベルリンに堕ちる闇』の鮮やかなひねりに拍手!

文=吉野仁

  • ベルリンに堕ちる闇 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ス 22-1)
  • 『ベルリンに堕ちる闇 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ス 22-1)』
    サイモン スカロウ,北野 寿美枝
    早川書房
    1,562円(税込)
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  • 犠牲者の犠牲者 (ハーパーBOOKS)
  • 『犠牲者の犠牲者 (ハーパーBOOKS)』
    ボー スヴェーンストレム,富山クラーソン 陽子
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,430円(税込)
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  • 影のない四十日間 上 (創元推理文庫 M ト 10-1)
  • 『影のない四十日間 上 (創元推理文庫 M ト 10-1)』
    オリヴィエ・トリュック,久山 葉子
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • 影のない四十日間 下 (創元推理文庫 M ト 10-2)
  • 『影のない四十日間 下 (創元推理文庫 M ト 10-2)』
    オリヴィエ・トリュック,久山 葉子
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • ゲストリスト (ハヤカワ・ミステリ 1973)
  • 『ゲストリスト (ハヤカワ・ミステリ 1973)』
    ルーシー・フォーリー,唐木田 みゆき
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • 王女に捧ぐ身辺調査: ロンドン謎解き結婚相談所 (創元推理文庫 M モ 9-2)
  • 『王女に捧ぐ身辺調査: ロンドン謎解き結婚相談所 (創元推理文庫 M モ 9-2)』
    アリスン・モントクレア,山田 久美子
    東京創元社
    1,320円(税込)
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 いまだにナチス政権下のドイツを舞台にしたり題材にとったりした小説は絶えることがない。二〇二一年刊の邦訳作品ではアレックス・ベール『狼たちの城』が好評だった。

 サイモン・スカロウ『ベルリンに堕ちる闇』(北野寿美枝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)もまた〈ナチもの〉だ。帯にあるアンソニー・ホロヴィッツの賛辞「冷たく張りつめている、心をつかむ物語だ」のとおり、緊迫感ただよう筆致と変化に富む構成がうまく最後まで飽きることはない。

 一九三九年十二月、警部補シェンケは、ゲシュタポ局長ミュラーから呼び出され、国家保安本部へ向かった。そこで命じられたのは、ある駅近くの線路脇で発見された死体の捜査だった。古参党員の妻が暴行を受けたうえ殺されたのだ。単なる殺人で片付けられない複雑な事情がからむため、党員ではないシェンケに捜査任務が与えられたようだ。やがて同じ手口による女性殺害事件が起こった。

 あらすじだけ読むとよくある連続殺人ものであり、ユダヤ人であることを隠そうとする人物の登場をはじめ、〈ナチもの〉でおなじみの要素があちこちに埋まっている。しかし、だからといってけっして凡庸ではないどころか読ませる読ませる。まずは元レーサーという主人公をはじめ人物の造形がいい。さらに捜査側へゲシュタポの若手が見張り役のように配属されたり、新たに被害者となった女性の視点から描かれたりするなど、いくつもの趣向や演出が巧みなうえ、鮮やかなひねりが加えられており、全編をとおして緊張の糸が緩むことはない。文句なしの出来映えである。

 つづいて、ボー・スヴェーンストレム『犠牲者の犠牲者』(富山クラーソン陽子訳/ハーパーBOOKS)は、凄惨な殺人がこれでもかと起こる北欧スリラーだ。局部を切り取られたうえ、拷問のあとが残る男の全裸体が磔にされた形で発見された。その後、よく似た状態の死体が見つかり、被害者はみな元犯罪者だったことが判明する。さらに切り取られた性器が、ある判事のもとへ郵送されたことから、過去のレイプ事件が取り沙汰された。はたして被害者家族による報復なのか。カール警部はひとりひとり関係者を取り調べていく。その一方で、新聞記者が事件を調査する過程が描かれるなど、いくつもの視点や家族のドラマをまじえて物語は進んでいく。ややアンフェアに思える部分もあるが、謎と驚きにあふれた展開をはじめ、エンタテインメント作品として読みごたえ十分な長編だ。

 つづいてオリヴィエ・トリュック『影のない四十日間』(久山葉子訳/創元推理文庫)。こちらの作者はフランス人ながら、北欧警察小説である。ノルウェーを中心とした北極圏のサプミという地域を舞台にしたものだ。ふたりの主人公、ベテランのクレメットと新人のニーナは、サプミを担当するトナカイ警察の警官である。トナカイの密猟や盗難といった事件を担当するのが役目だが、トナカイ所有者同士のいさかいにも対応していた。あるとき、ふたりが配属されたノルウェーの町カウトケイノでトナカイ所有者が殺された。じつはその前日に、カウトケイノの博物館からサーミ人の太鼓が盗まれる事件が起きていた。一年のうちで四十日しか太陽が昇らない極北の地、トナカイ警察、先住民族サーミ人といった特殊な地方の聞き慣れない要素が頻出する本作は、その土地や風俗をめぐるエピソードが細やかに描かれている。知られざる世界に対する驚きでいっぱいなのだ。

 一方、嵐にみまわれた小さな孤島で起こる怪事件という、ミステリではおなじみの舞台立てなのが、ルーシー・フォーリー『ゲストリスト』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ・ミステリ)だ。アイルランド沖の島で豪華な結婚式がおこなわれようとしていた。花嫁はウェブ雑誌の創設者で、花婿はサバイバル番組の主演スター。やがてはなやかな婚礼の夜がおとずれようとしたとき、大テントに集まった大勢の招待客のなかに若いウェイトレスがよろめきながら「外に。血まみれの」と口にして入ってきた。そして「死体が」と言ってくずれおちた。ウェディング・プランナーや花嫁や花婿の介添人など主要人物六人が語り手として登場するばかりか、前日の出来事が語られるなど時系列が交錯するため、いったい話がどうつながっているのかもよくわからない。そのややこしさに最初から最後まで困惑するばかりだが、賢明な読者は挑戦していただきたい。

 最後に紹介するのは、痛快な女性コンビもの『ロンドン謎解き結婚相談所』に続くシリーズ第二弾、アリスン・モントクレア『王女に捧ぐ身辺調査』(山田久美子訳/創元推理文庫)だ。第二次大戦後まもないロンドンにおいて、アイリスとグウェンが営む結婚相談所へ訪れてきたのは、グウェンのいとこペイシェンスだった。王妃の部下である彼女は思いもよらない依頼をもちかけた。それは、フィリップ王子の母親アリスのスキャンダルにまつわる脅迫事件だった。さっそくふたりは調査を開始した。

 第一作同様、元情報部員のアイリスと上流社会出身のグウェンという個性の違うふたりによる丁々発止の愉快な会話が繰りひろげられるかとおもえば、戦争がもたらした喪失感にうちひしがれる場面があるなど、人間味あふれた描き方が物語に奥行きを与えている。ただ軽妙に面白がらせるだけの物語ではないのだ。しかも今回は、若きエリザベス女王とフィリップ王子が登場し、英国王室が絡む事件が描かれているだけあって、興味深いエピソードに事欠かない。なにより最高におかしいシーンが事件解決後に控えており、それは読んでのお愉しみだ。

(本の雑誌 2022年2月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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