パルマのダークサスペンス『怪物のゲーム』がいいぞ!

文=吉野仁

  • 怪物のゲーム 上 (ハーパーBOOKS)
  • 『怪物のゲーム 上 (ハーパーBOOKS)』
    フェリクスJ パルマ,宮﨑 真紀
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    980円(税込)
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  • 怪物のゲーム 下 (ハーパーBOOKS)
  • 『怪物のゲーム 下 (ハーパーBOOKS)』
    フェリクスJ パルマ,宮﨑 真紀
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    980円(税込)
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  • 真夜中の密室
  • 『真夜中の密室』
    ジェフリー・ディーヴァー,池田 真紀子
    文藝春秋
    2,860円(税込)
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  • キュレーターの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『キュレーターの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    M W クレイヴン,東野 さやか,柳 智之
    早川書房
    1,386円(税込)
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  • 1794 (小学館文庫 ナ 1-2)
  • 『1794 (小学館文庫 ナ 1-2)』
    ニクラス・ナット・オ・ダーグ,ヘレンハルメ 美穂
    小学館
    1,430円(税込)
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  • 1795 (小学館文庫 ナ 1-3)
  • 『1795 (小学館文庫 ナ 1-3)』
    ニクラス・ナット・オ・ダーグ,ヘレンハルメ 美穂
    小学館
    1,364円(税込)
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  • 父親たちにまつわる疑問 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『父親たちにまつわる疑問 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    マイクル Z リューイン,武藤陽生,杉田比呂美
    早川書房
    1,298円(税込)
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  • 56日間 (新潮文庫 ハ 59-1)
  • 『56日間 (新潮文庫 ハ 59-1)』
    キャサリン・R・ハワード,髙山 祥子
    新潮社
    1,045円(税込)
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 フェリクス・J・パルマ『時の地図』をご存じだろうか。タイムマシンをはじめ、SFの要素をもとにしているが、奇想に満ちた道具立てのみならず、予想を欺き意表をつく話運びの妙など、あらゆる娯楽性をそなえた極上の長編だった。

 パルマの新作『怪物のゲーム』(宮﨑真紀訳/ハーパーBOOKS)は、またしても虚実の境界へと誘う大胆な趣向に満ちた小説だ。ある夜、小説家ディエゴの七歳になる娘アリが何者かに誘拐された。血まみれの書斎に残されていたのは〈怪物〉からの手紙で、娘を返して欲しければ、三つの課題をやりとげなくてはならない、と記されていた。これは、ディエゴが十年前に発表した『血と琥珀』の中身とそっくりだった。はたして小説のなかの〈怪物〉が甦ったのだろうか。ある種のスティーヴン・キング作品と通底する超自然的な恐怖や現実の暗黒さが横溢している一方、作中作『血と琥珀』の展開や妄想か現実か判然としない場面が続くなど、凝った仕掛けがふんだんに設けられている。パルマならではの、濃密なダークサスペンスである。

 さて、この季節、どどっと刊行されるのが、大物作家のシリーズ新作や話題作の続編だ。

 まずは、ジェフリー・ディーヴァー〈リンカーン・ライム〉シリーズの最新作『真夜中の密室』(池田真紀子訳/文藝春秋)。今回の敵は、〈解錠師〉。ニューヨーク市内の高級アパートへ何者かが入り込んだのち去っていった。住人の女性は在宅中だったが、ものの置き場所が変わっているくらいで、女性本人への危害は一切なく、その侵入の事実がネットで拡散されるという奇妙な事件。しかも出て行くときに外からわざわざ鍵をかけていたという。現場に「因果応報」の文字を残した〈解錠師〉の目的はどこにあるのか。すでに、どんな鍵でも開けてみせる犯罪者が登場するミステリは目新しくないかもしれない。だが、そこは名手ディーヴァー、〈解錠師〉としての興味深い過去や現在をたっぷりと語らせ、ライムに挑む新たな怪人としての不気味な存在感を与えている。この謎キャラの魅力が、読み手のページをめくらせる力をより強くし、得意の多重どんでん返しを成立させているのだ。読む前から期待値の高いシリーズながら、はるかその上をいく面白さである。

 M・W・クレイヴン『キュレーターの殺人』(東野さやか訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、刑事〈ワシントン・ポー〉シリーズの第三作。今回は、クリスマスの時期、切断された人間の指が奇妙な場所から次々に発見され、現場には謎めいた文字列が残されていたという事件だ。やがて背後で暗躍する黒幕〈キュレーター〉の存在が浮かびあがる。犯人探しのまえに、なかなか全貌が見えない事件の捜査過程がスリリングだ。ポーと分析官ティリー・ブラッドショーのコンビもすっかり板についてきたが、今回はティリーの上司ステファニー・フリンの登場場面も多く、事件にまつわる謎とともに、終盤、彼らに迫る危機により、サスペンスはさらに盛りあがる。テンポよく一気に読ませる手腕は本作でも健在だ。

 二〇一九年に邦訳され、大きな評判を呼んだニクラス・ナット・オ・ダーグ『1793』は、激動の時代における大ロマンをユーゴやデュマを思わせる筆致で描き出したスウェーデン発の歴史探偵小説だった。このたび続編の『1794』(ヘレンハルメ美穂訳/小学館文庫)と『1795』(同)が刊行され、めでたく三部作が完結した。物語はこの二作が前後編という趣きで構成されている。今回、風紀取締官カルデルの相棒をつとめるのは『1793』で活躍したセーシルの弟エーミルだ。兄とよく似た風貌ながら、心を病み、酒に溺れていた青年である。物語は、若者エリックが故郷に帰り、婚礼の日をむかえた夜に起こった悲劇の真相を軸に展開していく。事件の背後には、怪しい男のたくらみがあり、カルデルとエーミルは、混乱の都のなか、ひたすらその〈怪物〉の行方を追う。『1793』で登場したアンナのその後の人生も印象的だ。フランス革命の影響が押し寄せた十八世紀末のスウェーデンを舞台に、貧困と暴力が渦をまき、悲惨な状況に押し流されながら、必死でその波に抗おうとする人々の数奇な運命がこれでもかと描かれているのだから、たまらない。今回は謎解きよりも対決に重心が置かれているが、『1793』に衝撃を覚えた読者ならば、完結を見届けずにはおれないだろう。

 マイクル・Z・リューイン『父親たちにまつわる疑問』(武藤陽生訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、私立探偵〈アルバート・サムスン〉シリーズ最新作。父親がエイリアンという依頼人の話からはじまる四つの物語が収録されており、サムスンと娘サムとの軽妙なやりとりなど、どこをとっても、おかしくてたまらず、いつまでも読みつづけていたくなる。

 最後は、なんとパンデミックのために外出禁止令が出されたダブリンが舞台の異色サスペンスだ。キャサリン・ライアン・ハワード『56日間』(髙山祥子訳/新潮文庫)は、市内の集合住宅で身元不明の遺体が見つかる場面からはじまる。その五十六日まえ、独身女性キアラは、スーパーマーケットでオリヴァーという男性と出会った。ぎこちないやりとりのあと、ふたりの関係は次第に深まっていく。だが、そんなとき、町はロックダウンとなった。さぁ、どうする? もちろん単なる訳ありの恋物語では終わらない。警察が捜査を進める現在の章とふたりの過去をめぐる章が交互に語られ、やがて真相が明らかになっていく。二度読みしたくなる見事なミステリだ。

(本の雑誌 2022年12月号)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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