第171回直木賞選評を読んで徹底対談。マライ「これといった反対もなく『ツミデミック』授賞。今回のMVPは浅田次郎氏!」杉江「言いたいことを遠慮なく言う人がやっぱり選考委員には必要」

 選評を読むまでが芥川・直木賞。『オール讀物』に掲載される選評を読んで〈職業はドイツ人〉マライ・メントラインと〈書評から浪曲まで〉杉江松恋のチームM&Mがあれこれ考える対談がやってまいりました。台風10号が猛威を奮った8月31日にこっそり行われていた対談の模様をお伝えいたします。
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オール讀物2024年9・10月特大号(第171回直木賞発表!&髙見澤俊彦長篇新連載) [雑誌]
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オール讀物 / 文藝春秋
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■第171回直木三十五賞候補作
青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA)初
麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)初
一穂ミチ『ツミデミック』(光文社)3回目→受賞
岩井圭也『われは熊楠』(文藝春秋)初
柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)6回目

目次
▼『地雷グリコ』(青崎有吾)なぜ多視点がハードルになるのか
▼『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)旧来の評価軸に合わない作品が出てきたときの脆さを露呈
▼『ツミデミック』(一穂ミチ)レッテルを貼らなかった選考委員の評価に感心
▼『われは熊楠』(岩井圭也)事実より奇なる嘘をついてこその小説家
▼『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)人によって褒める作品が違う
▼●直木賞選評総括●黒船来航はもう止めようがない

『地雷グリコ』(青崎有吾)なぜ多視点がハードルになるのか

杉江松恋(以下、杉江) 何がおもしろいのかわからん、のオンパレードで笑いましたねえ。われわれの予想対談で出た観点がそのまま選考会での焦点になっていました。

マライ・メントライン(以下、マライ) ゲーマーとして有名な宮部みゆき氏が『地雷グリコ』に難解さを感じていたというのは一瞬意外に感じましたけど、そうか、RPGゲーマーとパズルゲーマーは根本的に違うしなぁと思ったり(笑)。選考委員諸氏の見解をソフトに総合すると、パズル的小説が文芸賞候補になるのはアリだけど、最終的なひと押しの威力に欠けるから現状では不利です、という感じでしょうか。

地雷グリコ
『地雷グリコ』
青崎 有吾 / KADOKAWA / 1,925円(税込)
あらすじ
射守矢真兎は文化祭の会場使用権を賭けて生徒会役員の椚と勝負することになる。選定された種目は相手に罠をかけて後退させることが可能なオリジナルゲーム〈地雷グリコ〉だ。
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杉江 予想通りとはいえ、みなさんがミステリー嫌いなんだとよくわかりましたよ。
“私には統計とゲームの抜け道を読まされているようであまり面白くなかった。図版に頼るのが小説といえるのかどうか”(林真理子)、“「読んでいるあいだは判った気になってすごく面白いんだけど、読み終えるとどこがどう面白いのかちゃんと説明できない」”(宮部)、“直木賞の候補作でさえなければ面白く読んだはずである。(略)少くとも人間を描くという文学の基準にはあてはまらないであろう”(浅田次郎)などなど。今回浅田さんは、わからなかった小説が三つ、わかった小説が二つで、半分以上の候補作は好きじゃないという姿勢を濃厚に出していたんですが、他の選考委員もそれに近い方が多かったですね。林さんが図で説明するのはどうか、と言うのに三浦さんが、まあまあそれもありじゃないですか、と先輩をなだめるくだりにほっこりしました。館系ミステリーは絶対に獲れないな。

マライ 既存文芸の文脈をどこまで気にしているか、がポイントなのかという気がします。

杉江 おもしろかったのは、視点人物の複数化に二人の選考委員が言及していたことでした。“但し、本作は途中から解明役を含む多視点にスイッチしている。連作としての結構を保つための構造変更なのだろう。(略)通読した際にそのゆらぎがやや気になった”(京極夏彦)、“気になったのは、人称の多用である。(略)この例のように、一人称の当事者や人称が変わるのは甚だ安定が悪く、進行を著しく妨げる”(桐野夏生)。これ、意外でした。こういう評は『地雷グリコ』で過去に出ていなかったと思います。素直に感心しました。

マライ 視点の問題は私、あまり気にならなかったんですよね。ゲーマーだからなのか。なんで視点人物が固定されていないと駄目なのか、という問題は読者にあまり共有されていないかもです。多視点がハードルになるというのは、他業界のクリエイター的には意外と衝撃が大きいかもしれない。

杉江 叙述に死角を生じさせないために複数視点を採用するというのは大衆文芸でもそれほど珍しくないやり方だと思うんです。『地雷グリコ』では、なぜそれが減点されたのか。正直よくわからなかった面があります。

マライ 私もあの見解は容れるべきかどうか微妙だと思いました。やはり文芸的な「異質感」が、いろんな副次効果を生んじゃうんですよ。

杉江 一つ言いたいのは、真兎と鉱田の親密さをもっと強調しないと駄目なのではないか、という意見に対してです。青崎さんは百合好きだから、どうしても滲み出ちゃうんですよ。前面に押し出さなかった節度が本作の良さなので、そっちに押すのは作品バランスとしては間違いだと私は思います。

マライ それはそれで持ち芸に昇華していただければと。

杉江 もっとわかりやすくする方向性はあると思うけど、青崎さんは今のままのほうがいいな。まあ、漫画に基盤がある作品が直木賞の候補に挙がったということで今回は満足しておきましょう。

 

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)旧来の評価軸に合わない作品が出てきたときの脆さを露呈

令和元年の人生ゲーム
『令和元年の人生ゲーム』
麻布競馬場 / 文藝春秋 / 1,650円(税込)
あらすじ
慶應義塾大学1年生の〈僕〉は学生の起業プランを審査するコンテストの主催サークルに入っている。冷笑的な態度で熱い議論に水を差す先輩の沼田を疎ましく思っていたのだが。
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マライ 『令和元年の人生ゲーム』のネット言霊感を選考委員がどう評価していたか、というのが個人的に大きな注目点で、その意味で浅田次郎氏の「オレは理解できなかった」という率直すぎる吐露は、投げやりでなく魂が入っていて好感が持てました。“心ならずも明治維新を迎えた侍の気分、あるいはついに弥生人と遭遇した縄文人の気分である”というのは、なんとそこまでいさぎよく言い切るか! でもこの見解表明によって、浅田氏のもとにいろいろと「オールディーズ読書侍が生き抜く方法」みたいなアイディアが持ち込まれる可能性もあるし、それを踏まえてこの後どうなるかが気になります。

杉江 浅田次郎選評は全部引用したくなるくらい正統派でよかったですね。“麻布に競馬場があったとは聞かぬし、個人的慣例により競馬場に「氏」を付すのはつらい。また、小説の骨格たる「文体」を欠く。よって文学作品として読むことが難しい。それでも選者としては精読しなければならぬのだが、読後には言語的閉塞感と社会的閉塞感がともに残った”って、全部引用せざるをえないです。麻布競馬場さんもSNSで、筆名をいじられたことに喜んでいましたし。

マライ あれは逆説的に最高でした。「言語的閉塞感と社会的閉塞感」の重みが微妙に違うのもよい。選評を超えた話芸のすばらしさがここにある。

杉江 「社会的閉塞感」の六文字だけが作品の批評で、あとは麻布競馬場に対する文句なんですよね(笑)。他の選評で印象に残ったのは、世代論で読んでいる人が多い中で、そうではないところ、一人称主人公の意識と行動の乖離を描くことが主題なんだという読解を書いた京極夏彦さんでした。あれは痺れましたね。もう一人髙村薫さんが、起承転結の物語に終始することが目的じゃないからこれは純文学なんだと指摘していて、あれもよかったです。

マライ あの髙村氏の指摘は凄く同感です。

杉江 小説を舐めるな、とは言っているけど、髙村さんは麻布競馬場を否定していないんですよね。やはり読み巧者だと思いました。あと三浦しをんさんもよかったですね。いわゆる「陽キャ」は小説世界においては無視された存在で「陰キャ」こそがメジャーであると。『令和元年の人生ゲーム』は小説内では存在さえ無視された者たちの闘いを描いたプロレタリア文学である、なんて指摘思いつきもしなかったですよ。他の候補作と比べて、褒めすぎてもいないし一方的にけなすわけでもない。批評的な観点が複数呈示されていたのが印象的でした。それだけ魅力があるということでもある。

マライ そのとおりです。逆にいえば、直木賞には本来的な評価基準が整備されていない、ということが良くも悪くも明確化した印象があります。

杉江 以前から直木賞は、旧来の評価軸に合わない作品が出てきたときの脆さを露呈することが多かったですが、今回は麻布競馬場がその担当になりましたね。しかし、小説としてはむしろ京極さんが言うように、旧来型の性格小説だと思うんです。本音と行動が違う人の喜劇。すごくイギリス喜劇小説っぽいな、と改めて思いました。イヴリン・ウォーの世界ではないですか。

マライ 表現形態での革新性ですね。

杉江 Z世代のディテールを解像度高く描くと同時に普遍的な心理の働きも書く。両方の武器を持っているということなのかもしれませんね。

マライ ただ正直、あれをもってリアルZ世代を描いたと言い切られるとちょっとな、という部分もあります。Z世代といっても時期に幅があるわけで、本作で描かれているのは90年代生まれまでというか初期型というか、そういう雰囲気が濃厚に漂います。上の世代が見て感じる違和感をわりと隠さないタイプ。最近のZ世代はある意味もっと巧妙化していて、知的精神的な階層化が激しくなるとともに、特にそのアッパー層は、旺盛な情報咀嚼力により「いろんな世代に対する接続プロトコルを常備する」ことで相手が感じそうな違和感を打ち消すんですよ。だから新型になるほど「悪目立ちしない」んです。ディックの「変種第二号」みたいですけど(笑)。いっぽう、ロウワー層は「話のつじつまの合わなさに無頓着」とか「パワーワードとか刺さる言葉で最後に上書きすれば平気」とか、コミュニケーション自体が竹槍攻撃みたくなってきた面がある。これはこれで凄い。いずれこのへんの構造についておもしろい作品を書く人も出てきそうですけど。おもしろい以上に怖い可能性もありますが!(笑)

『ツミデミック』(一穂ミチ)レッテルを貼らなかった選考委員の評価に感心

ツミデミック
『ツミデミック』
一穂ミチ / 光文社 / 1,870円(税込)
あらすじ
調理師の恭一はパンデミックが影響して失業中だ。ある日息子の隼が近所の偏屈な老人と知り合った。老人に取り入って金を引き出そうとする──「特別縁故者」他全六編。
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マライ これといった反対もなく『ツミデミック』に授賞が決まったみたいですね。選評を見ると、日常的で誠実で繊細な技巧がよろしくて貴さと救いがある、という感じで全体的にポジティブ評価されています。「生きづらさに対する共感寄り添い小説」が引き続き重要なり、ということでしょうか。それが選考委員諸氏の個性の集合ベクトルなのか、世代の心情なのか、何なのか。そういったベクトルへのアンチテーゼ的な感触を放ちながら大ヒットした<『成瀬』シリーズ>(宮島未奈)を直木賞候補にしなかったことも踏まえて気になるところです。

杉江 宮部さんが「直木賞にパンデミックを記録できた」と喜んでおられました。お気持ちは判りますが、予想対談でも言ったように、新型コロナについては比較的早期の段階でそういう作品は多く書かれていたわけです。現在進行形でも生み出されています。それらを候補にしてこなかった、直木賞の遅さを図らずも露呈してしまった形になりましたね。また、パンデミックは外側の意匠であって、この作品の本質でもないと思います。犯罪小説の要素もそうで、人間ドラマを盛り上げるための演出の一環でしょう。どなたが『ツミデミック』支持なのか、と思って興味深く選評を読んだんですが、支持に回るかと思った林真理子さんが違ったのはちょっと意外でした。

マライ そうですね。今回は林真理子氏の選評が光ると感じました。実は『令和元年の人生ゲーム』推しだったのか! というのもあるけど(笑)、同作について感想や分析を超えて、読者に自律的な思考を投げかけている気配があって「おおっ」とインパクトを受けました。そういう読解をして初めて『令和元年の人生ゲーム』は真価を発揮するんですよ。

杉江 林さんの『令和元年の人生ゲーム』評は、周辺状況しか書かれてなくて小説の内容にほとんど触れてないので、いにしえのニューアカデミズムだと私は思いましたけどね。たしかに、こういう状況を描いている、という分析は正確ですけど。

マライ だからやっぱり、麻布競馬場は台風の目だったんですよ。

杉江 それは同意です。あれをどう受け止めるかが今回の肝でしたね。『ツミデミック』に話題を戻すと、あれをコロナの小説だとか、犯罪小説だとか、レッテルを貼らなかった選考委員の評価に感心させられました。示唆的です。“必ずしも感染爆発に依拠しなければ成立しない物語ではない(略)むしろ日常への回帰という安心できるパターンの反復なのである(略)願わくはこの安定感の上にひりつくような毒を盛りたいと思うのは贅沢だろうか”(京極)、“本作が描いているのは、どんな状況だろうと、それぞれの思いや事情を抱えて生きる人々の姿と生活そのものであり、それゆえに期せずして生じるユーモアと一瞬の貴いきらめきであると思う。(略)ずるさもまぬけさも、断罪や価値判断されることなく、ただ「ある」。”(三浦)。“等身大の若者たちや家族の姿は、どれもエンターテインメントとしての過剰さや歪つさを纏わされていて、実はけっして等身大ではないが、そのセルロイドのような人工的な手触りが読者を刺激するのだろう。(略)個人的にはここまでつくり込まなくても、と思う。”(髙村)などなど。京極さんの「日常への回帰というパターン」重視の評はマライさんも指摘されていた、一穂ミチの戦略をちゃんと見抜いてますよね。

マライ きちんと見抜いてくれたことに感謝です!

杉江 あと三浦さんは、他の誰も曖昧にしか書いていない作家・一穂ミチの特徴をよく拾っていますし、髙村さんは「セルロイドのような人工的な手触り」という言い方で、『ツミデミック』の人工物っぽさを言い当てています。これ以外の人は「一穂さん、すごーい」に近くて、批評性は薄いんですよ。京極・三浦・髙村評を読むと、自分が思っていたより『ツミデミック』はおもしろい小説なのかも、と思えてきましたもの。

マライ それは、英国的な逆説のような(笑)。

杉江 われわれも直木賞に対する修行がまだ足りないですな。

『われは熊楠』(岩井圭也)事実より奇なる嘘をついてこその小説家

われは熊楠
『われは熊楠』
岩井 圭也 / 文藝春秋 / 2,200円(税込)
あらすじ
明治の思想界に輝く巨人・南方熊楠。彼は幼少時から常時頭の中で聞こえる声に悩まされていた。世界のすべてを知り尽くしたいという願望がら学者として立つことを決意する。
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杉江 浅田次郎さんが「わかった」二作のうちの一つです。南方熊楠の生涯を書いた評伝小説なんですが、構成に難があって、天皇に御進講したことが彼の人生におけるクライマックスであるように読めてしまう。その話題はやっぱり選評でも触れられていました。あれはみんな思うよなあ。あと、熊楠の内面の描き方をマライさんがエヴァンゲリオン・システムであると看破されていましたが、京極さん曰く、それが有機的に機能してないと。

マライ 御進講に関しては、あの違和感ある展開に、なるほどそうか的なオチをうまく用意できなかったのがマズかった気がします。エヴァンゲリオン・システムについては、やっぱりみんな期待するんだな、と。あの冒頭のいけてる感からして!!!

杉江  “また、彼の男色指向が、常に仄暗いながらも妖しい夢となって新しい世界を開かせることも、抑圧という深層心理の面から興味深かった”という桐野夏生さんの評もおもしろかったですね。そうそう、意味もなくどんどんさしはさまれる淫夢の数々。あれが入ることで新しい熊楠像を出せた気もします。男色について強い関心を持っていた人のわけですしね。

マライ まあ、それは確かに。

杉江 あと、浅田次郎のブレなさもさすがですよ。『われは熊楠』を“評伝ふう”の小説と書いて、それは“事実に拠りすぎて劇性を欠く、というほどの意味である。事は小説より奇なりというが、事実より奇なる嘘をついてこその小説家である。”と。

マライ あれはまったく同感です。

杉江 こういう小説の場合、創作者としては反「事実は小説より奇なり」の意見を表明しなければならないわけですが、そこで浅田さんが立ち上がったというのが熱いですね。事実を書いて事実を超える吉村昭みたいな作家もいるわけですよ。あ、吉村さんは直木賞じゃなくて芥川賞候補になったんですけど。それも一旦受賞が決まった後に取り消されるという、とても気の毒な目に遭ったんですけど(各自調査)。岩井さんは史実の扱い方が巧い作家という印象ですが、これを機に虚か実、どちらかに振ることを考えてみるのも手かもしれません。

 

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)人によって褒める作品が違う

あいにくあんたのためじゃない
『あいにくあんたのためじゃない』
柚木 麻子 / 新潮社 / 1,760円(税込)
あらすじ
ラーメン評論家の佐橋は失業の危機に瀕していた。超人気店から出入り禁止を言い渡されのだ。詫びを入れ、入店はかなうのだが——「めんや 評論家おことわり」他の諷刺小説群。
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杉江 次の直木賞候補作を取り上げる、という主旨でやっている「日出る処のニューヒット」(『好書好日』連載)でも書いたぐらいで、私はユーモア小説集としては大好きな一冊で、受賞はあるかも、と予想したんですが、残念ながら支持は集まらなかったです。

マライ この作品、 個人的には京極夏彦氏の“ミソジニストへの対処の仕方がどこかミソジニスト的に思えてしまう”という表現にすべてが凝縮されている気がします。

杉江 “やや気になるのは視点人物の内面描写に一律にバイアスが掛けられているように感じられる点だろうか”というやつですね。登場人物がみんな作者の狙ったような性格になり、行動になってしまっているという評です。

マライ だから想定以上に内容が軽くなってしまう。あと角田光代氏の“痛快さを感じたあとで、勧善懲悪のカタルシスではなく、正義による社会的制裁に加担したような居心地の悪さが残る”という言葉もナルホドと感じました。

杉江 読後感は爽快ではない。爽快と言い切ってしまうことに躊躇いを覚えるのが『あいにくあんたのためじゃない』所収の短篇群ですね。

マライ なんか、バランスが悪いという点をいろいろ突かれていた印象があります。

杉江 もう一つ、人によって褒める作品が違うという点に興味を惹かれました。誰かが何か褒めると他の人はその作品の弱点を指摘する。林さんは「マダムショップ」を褒めてますが髙村さんは疑問を呈してます。一作の柱がまだ脆弱だった、ということかもしれません。賛否両論ある作品でも、柱がしっかりしていれば、そこには絶対言及するだろうから。

マライ なるほどその観点は納得です。そのへんの構造の弱さは何が原因だと思われますか。

杉江 難しいんですけど、小説としてのバランスが現代批評に寄っていることが評価されていないのかもしれないな、と思いました。というのは浅田次郎さんに“作者のうちなる鬱屈を引きずり出せれば、すばらしい小説を書くと思うのだが”という評言があるからなんですよ。当たり前のことを書いているようにも見えますが、この場合いちばん有益な助言かもしれません。「おまえの中にあるどろどろを吐き出せよ、それがいちばんおもしろいぞ」ということですよね。浅田さん、いいこと言った!

マライ 確かに! それはナイス指摘。何気に彼は今回のMVPかもしれません。

杉江 言いたいことを遠慮なく言う人がやっぱり選考委員には必要ですねえ。

●直木賞選評総括●黒船来航はもう止めようがない

マライ いやあ、今回の浅田次郎氏は冴えていた。いささか自分の守備範囲を超えていた感もありますが、それもよし!(笑) というのは実際わりと真面目な話で、今回、ついに選評でも「伝統的っぽい構造の」文芸vs「ネット文章系など非伝統的な」文芸の激突が明確化したのが印象深い。個人的には一穂ミチさんの『スモールワールズ』が候補になったときから予感していた展開がついに来た! という感じです。で、実際にそうなってみて改めて興味深いのが、今回「異質感ありあり」だった二作『令和元年の人生ゲーム』と『地雷グリコ』(浅田氏は『あいにくあんたのためじゃない』も異端判定していたが、全体的にはそうでもなかった印象)のうち、個人的には業界のよしみ的にまだ容れられるかなと思っていた『地雷グリコ』に対する否定のほうが激しく刺さるように感じられた点です。『令和元年の人生ゲーム』に関しては、MVPたる浅田評がまさに代表ですけど「ああいう黒船来航はもう止めようがない」みたいな諦念が随所にある。それに対して『地雷グリコ』については「手持ちの文脈と材料で否定できそう」という感触が強く窺えて、いやぁなんか凄いなというか、それもわからないではないけれど、個人的には青崎有吾さんには負けずにがんばっていただきたいなと思いました。麻布競馬場さんについては、ネット民的な観点からも引き続き注目していきたいと思います。

杉江 昔から直木賞はミステリーやSFのジャンル文芸に冷たくて、今でも純粋なSFには授賞していないですよね。そういうジャンル、あっち行け感が『地雷グリコ』には適用された気がしましたよ。ミステリーが何をしたというのか。

第171回芥川賞選評を読んで徹底対談はコチラ

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