驚愕の横領事件を調べ上げた地を這うようなノンフィクション
文=東えりか
誰にも迷惑をかけていない。誰も損をしていない。それどころかみんながいい思いをして利益を得て楽に暮らしていける。この暮らしをさせてくれるあの男は神様みたいじゃないか。
窪田新之助『対馬の海に沈む』(集英社二一〇〇円)は、長崎県対馬市という約一万五千世帯人口三万人強が住む島の「JA対馬」で起こった巨額横領事件をつぶさに調べ上げた調査ノンフィクションである。
事の発端は二〇一九年二月に起きた車の海中転落事故である。亡くなったのはJA対馬の正職員西山義治四十四歳。
国内のJA共済事業(金融事業)の営業職「ライフアドバイザー」(LA)二万人のなかで常にトップクラスの成績を残していた。年に一度表彰される「LAの甲子園」で一九九七年以降、とりわけ優れた「総合優績表彰」に一二回も選ばれ『LAの神様』と呼ばれる存在だ。
なにしろJA対馬の契約者の三分の一、島全体の人口の一割以上の契約を一人で獲得していたのだ。歩合給を含む給料も破格で、年間四〇〇〇万近く貰っていたこともある。
ただ西山には、多額の共済金を不正に横領していたといううわさが絶えず、海への転落事故はその中の一つについて調査が始まったところだったのだ。遺書も見つかっておらず、自殺と断定されたわけではない。しかし彼の死後、契約している建物の被害を捏造し、共済金が不正に振り込まれるようにしていたことが判明した。発覚した金額は二二億一九〇〇万円。
調査の結果、この巨額の不正流用金の責任は西山一人に負わされた。しかし巨額の金の行方など全容は明かされていない。
著者は西山の死から四年近く経ってから現場の取材を開始した。たった一人の営業マンが国内で毎年表彰されるほどの成績をあげるほど巨額の不正ができるのだろうか。著者は地元にコネもなく、地を這うような調査過程が続く。読者は同じような手探り感を持ち、少しずつ解明されるからくりに驚愕する。
やがてこの犯罪の本質にあるもの、あるいは西山の共犯者がだれでどういう思いで手を染めていたかに気づく。ふと背中が寒くなる。複数の共犯者のなかに自分に似た顔があるのだ。罪悪感なき犯罪。一番質が悪いかもしれない。
家族の中の諍いは外からは見えない。平穏であるようにうまく隠そうとすればするほど、個人の心は傷ついていく。
『傷の声 絡まった糸をほどこうとした人の物語』(医学書院二〇〇〇円)は複雑性PTSDと診断され自傷を繰り返す若い女性、齋藤塔子が自分の生きる意味を極限まで突き詰めていく自己探索の物語だ。
高校時代から精神科に入退院を繰り返しながら、東大にストレートで合格し、自身が病者でありながら看護師となる。あまりにも聡明な頭脳を持っているがゆえ、答えを見つけるまで自分にも家族にも一切の妥協を許さない。
生きるために自分は何をしたらいいか、理性的に折り合いをつけてるはずが、突然破綻し暴走する。とてつもなく不穏な本なのに読むのを止められない。
二十世紀の最後、南条あや『卒業式まで死にません』(新潮文庫)という日記が話題になった。精神疾患を抱えた少女がその不安を払拭するためリストカットを常習的に行うことを、私はその本で初めて知った。昨今の小説でリストカットの描写が軽々しく使われるのを苦々しく思っていたのだ。それほど複雑な心理を語っていた。
本書はそれを凌駕する。精神科の患者として最悪の「拘束」まで経験したうえで、精神科の看護師として誰かのケアをする。相手の痛みが分かると同時に、自分の痛みが増幅する。彼女の苦しみを理解することはできない。読むうちに口の中がカラカラになるほど緊張する。
これほど自分の病を解析しようと努力して医師やパートナーの助けを得て親兄弟との話し合いもできたのに、なぜ彼女は命を絶ったのか。これはどうしようもない結末だったのか。一生忘れられない本になりそうだ。
『透析を止めた日』(講談社一八〇〇円)はノンフィクション作家堀川惠子が夫の林新氏の二〇一七年七月、最期の瞬間までを伴走した記録であり、現在の透析医療の問題点を暴く衝撃の医療ノンフィクションだ。
堀川の夫、林氏はドキュメンタリ番組のテレビプロデューサー。若くして「多発性嚢胞腎」という難病になり結婚当初から1回4時間週3回、透析クリニックにて血液を浄化しなくてはならない身体であった。
一度は林の実母から腎臓移植を受けて透析の軛から免れたが、9年後、移植腎の衰えにより透析生活に戻る。仕事も引退し、治療に専念するも体力の衰えを止めることはできない。
全身状態が悪化すれば、透析を維持する体力もない。だが命を長らえさせるため透析を回し続けなければならない。「止める」という選択肢がないことに驚く。透析患者の終末期には苦しみから解放される「緩和ケア」がないのだ。透析を止めた死までの数日間、人生最大の苦しみの中旅立った夫。安らかな死を迎えられない病気があっていいのか。
透析は身近な治療だ。友人・知人にも数人いるが、全員仕事を続けている。それがこんなに大変な作業で、救いのない病気だとは知らなかった。
堀川惠子はこの理不尽な医療を検証せずにはいられなかったのだろう。いまや巨大医療ビジネスである透析医療の未来に救いはあるのか。穏やかな最期を迎えることは不可能なのか。
同じ配偶者を亡くした者として本書を書き上げた堀川さんの執念に敬意を表したい。辿り着いた結論に救われる。この作品が透析患者の救いの一手になりますように。
(本の雑誌 2025年2月号)
- ●書評担当者● 東えりか
1958年、千葉県生まれ。 信州大学農学部卒。1985年より北方謙三氏の秘書を務め 2008年に書評家として独立。連載は「週刊新潮」「日本経済新聞」「婦人公論」など。小説をはじめ、 学術書から時事もの、サブカルチャー、タレント本まで何でも読む。現在「エンター テインメント・ノンフィクション(エンタメ・ノンフ)」の面白さを布教中。 新刊ノンフィクション紹介サイト「HONZ」副代表(2024年7月15日クローズ)。
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