深沢仁『ふたりの窓の外』の距離感が心地よい!
文=久田かおり
愛だの恋だの、騙すだのかけひきだの、そういうあれこれから遠く離れて幾星霜。いまさら新しい関係を始めるなんて面倒くさくてムリムリ。そんな精神安定凪期のオトナでさえこんな関係なら始めてみたいと思ってしまいそうなのが深沢仁の『ふたりの窓の外』(東京創元社)だ。事故死した恋人の葬儀に彼の浮気相手に乗り込まれた藤間さんと、不仲だった父親の火葬中に親族の視線から逃げ出してきた鳴宮くんの最低最悪の精神状態での出会い。そんなふたりがひょんなことから一緒に旅に出ることになる。自分を裏切っていた恋人と行くはずだった藤間さんの旅行。同情しないしなぐさめもしない鳴宮くんとの不思議な距離感。そしてなぜか季節ごとに一緒に旅に出ることになっていく。このあたりの流れに不自然さや違和感を持たせないのがすごい。読者もまだよく知らないふたりなのに読んでいるうちに妙に納得してしまう。色んな意味で社会という枠の対角線上にいるふたりの距離が少しずつ少しずつ近づいていく。春、夏、秋、冬の4回の旅には、無理に付ける必要のない理由があり、そのあるようでないような理由の向こうを探り始めて動き出すふたりの関係が心地よい。こんな恋なら始めてみたくなるかもかも。
「寺地はるなは裏切らない」と書店員界隈で定説になっているとかいないとか。『雫』(NHK出版)は中学の卒業制作で同じ班になった4人の30年間の物語。廃業が決まったジュエリーリフォーム会社の社長高峰、デザイナーの永瀬、職人のしずく、ビルのテナントで働く森。それぞれの人生や関係、若かったころは見えなかったものが5年ごとに少しずつくっきりと形になっていく。卒業、就職、結婚。いわゆる成功者は一人もいない。ままならない思いを抱えて生きる4人の、重なり合う想いにじわじわと心が潤っていく。想いのバトンをつないでいくって、なんて素敵なことなんだろう、といつも寺地小説を読むと思うのだ。寺地はるなの優しさに惚れてくれ。
廃業の次は廃校だ。町田そのこ『ドヴォルザークに染まるころ』(光文社)は廃校になる小さな小学校の最後の文化祭(秋祭り)が舞台。同じ一日を同じ場所で過ごした5人の女性の、小さいけど大きな心の変化が描かれる。生まれ育った田舎から飛び出したいのに飛び出せない。ずっとここしか知らずに生きていくのかという不安と不満。この狭い世界が自分の全てなんだとあきらめている多くの人の、その心に伏せていた何かを解き放ってくれる一冊。
ザ・ゾンビーズの続編が出るだとっ!?とファンをザワつかせたのが金城一紀の『友が、消えた』(KADOKAWA)。『レヴォリューション№3』(講談社)から24年、干支が二回りもしてしまったではないか。最強最アホ高校生だった彼らも人生半ばの中年期か?なんて心配ご無用。ゾンビーズ時空では数年後の物語だ。もともと頭はよかったのに落ちこぼれ高校に通っていた南方は仲間とのある約束のために一流大学に進学している。なんとなく満たされない生活を送る彼に、ゾンビーズの活躍(!)をリアルタイムで見ていた同級生から人探しの依頼が舞い込む。彼の友人とその家族が行方不明になったという。友人はどこへ消えたのか。その理由は。大学一のサークルを牛耳る男、その男を狙う謎の女子高生、消えた大学生の行方を追う怪しい男たち、南方に迫るキケン。なんの義理もないのになぜ彼は戦うのか。「世界を変えてみたくはないか?」という高校時代の教師の言葉。戦う理由はそこにあるのか。本作単体でも充分楽しめるのだけどやはりゾンビーズシリーズも合わせて読んでいただきたい。新カバーになった文庫4冊は見ているだけで心が沸き立つ。南方が「いまここにいる理由」と仲間への思いが、毎日単調なルーティンに明け暮れるオトナの感情を刺激する。
読み始めてすぐ「うぇええ」と変な声が出たのが村山由佳の『PRIZE』(文藝春秋)。出版業界の光と闇や、文学賞のあれこれなんていままでも描かれてきたけれど、非常にわかりやすく(いろんな方の顔が思い浮かんでしまう)しかもこんなにリアルに赤裸々に書いちゃって大丈夫なんですか?と余計な心配をしてしまった。直木賞を欲してやまない作家の天羽カインが主人公のひとり。出す本出す本ベストセラーになり、本屋大賞も受賞した。けれどどうしても手に入らないのが直木賞。今度こそ、と誰もが太鼓判を押す自信作で大々的に待ち会を開いたのに......この落選したカインの荒れ狂いようがすさまじい。いやぁ、文芸系の出版社のみなさん、ホントお疲れ様です、ご苦労がしのばれます。そしてもう一人の主人公、カインの担当編集者南十字書房の緒沢千紘。彼女が三度目の落選後のカインの絶大なる信頼を手に入れ二人で直木賞に向けて突き進む......なんて美しい話に終わるはずはない。自ら物語を生み出すことなく作家に伴走し手足となり支え続けることが使命の編集者という立場の存在意義とは。「パワハラ作家の直木賞渇望小説」という表の顔を通して、「小説」に魅せられそこにからめとられた人々の喜びと危うさ、「賞」というものが人に与えるナニモノかを描く。それは単なるご褒美や富や栄誉ではない。自分という人間を絶対的に認め、自分の中の芯となりうるナニモノかなのだ。「PRIZE」とは膨大な賞賛と極小の核、それを同時に与えてくれるものなのかもしれない。
最後に一言。昨日から続く今日をなんとかやり過ごして生きているすべての大人たちにヨシタケシンスケの『そういうゲーム』(KADOKAWA)を。明日も生きよう。だってそういうゲームなんだから。
(本の雑誌 2025年2月号)
- ●書評担当者● 久田かおり
名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。
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